おんなのところへ行ったのか。

あたたかみも残っていない、自分の隣の真っ白なシーツを見下ろしながら刹那はゆっくりと瞬きを繰り返した。
昨晩、酷く善がらせて、声を上げさせ、もっとしろと散々言わせて、結局最後は意識を失った。
最後に腕に縋りついた覚えがある。…なぜかは判らない。それでも、快感を通りこした、度が過ぎた快楽は痛みとなって身体中の筋肉を硬直させ、何度目かを吐き出し終えたその瞬間に眠るように意識が沈みこんだ。

「刹那、」
その名前で呼ばれるのは2年ぶりで。
その男の腕に縋り付こうとし、襲い来る暗闇に耐え切れず、意識を手放した。

やはり居なくなっていた。

ゆっくりと腕を持ち上げ、自分の手のひらを見つめる。
何も残っていない。
何も変わった事もない。
ただ全身の倦怠感と、下腹の痛みだけが残っている。あの男は確かにいたのだと、身体と記憶にだけ植えつけて。

何をしているんだあの男は。
いきなりやってきて、人の身体を好きなだけ抱いて、そうしてまた何も告げずに去っていった。
今晩泊めろよと言ったくせに、その夜のうちにロックオンは姿を消している。
どうしろというんだ。
せっかく忘れかけていたのに。

見つめていた手のひらで、目と額を覆った。
伸びた前髪を掻きあげて、そのままベッドへと再び倒れこむ。
朝日が差し込む部屋の中で目を閉じても、完全な暗闇は訪れなかった。
シーツに顔を埋めれば、かすかに女物の香水の臭いが鼻についた。
…あぁ。また遺していった。

嫌いで嫌いで仕方なかったにおいに鼻を埋めながら、再び眠りの中へと戻る。

目覚めても夢ならば、いっそ夢は夢のままで。


***


古びた愛車に乗り込み、ハンドルに凭れながら、ロックオンは煙草に火をつけた。
半年前、ソレスタルビーイングを出たその瞬間に、再び手を出した煙草は、緩やかな煙と慣れた臭いでロックオンを迎えた。
よお。またお前の世話になるわ。

ソレスタルビーイングでも、煙草を認めてくれたらよかったのに。
体力の低下、禁断症状、その他弊害は多くあれど、その全てを補って余りあるこの精神安定。虚無感に唇を噛むよりも煙草に逃げた方がどれだけ楽か。
煙草さえあればあの組織で女を抱く事も無かったのかもしれない。
寿命を縮めるといわれようが、それがどうした。とっくに短い命だろうとタカを括っている。こんな世界に生きて老人といわれるほどの歳まで重ねても良い事などありはしない。ただの老害になるだけだ。

安物のライターの蓋を開け閉めを繰り返して小気味良い音を立てながら、戯れに火をつけてみてはその火を見つめる。
燃え上がる赤と黄と青の光。
綺麗だ。

 ----刹那が、あんなに綺麗になっているとは思わなかった。

中性的な魅力があったのは16の頃からだが、あの頃は無我夢中で世界の流れを変革させようとする小さな背中ばかりを見ていた気がする。
その背中を引き寄せて、身体の快楽を教えたのは他でもない自分だけれど、初めて抱いた時には微塵も感じなかった色気は、しかし4年も経ってみればどうだ。
…20になり、伸びた四肢は長身とはまではいかないが、あの頃よりも随分と伸びた。
骨ばった手の指、子供の頃の柔らかさはなくなり、絡めた手足は大人のそれになっていた。
あの頃のあどけなさを残しながら、喘ぐ声は変わらず、それでも身体があの頃と違う。

(抱かれ方はまったく同じだったてのにな…)

今、なんという名を名乗っているのか。
刹那Fセイエイというコードネームはすでに捨て去ったはずだ。ソレスタルビーイングの名を使う事は許されていない。
もしもその名を使えば、死が待っている。決して使ってはいけない名。
ではどうやって名乗ればいい?生まれた時の名さえ、あの組織で捨て去った。

「…刹那」

それでもロックオンの喉から洩れるのは、白い煙と、かの少年の名だった。