おんなのくちびるが、あんなに柔らかいものだとは思わなかった。

キスをしたことはある。
クルジスで、プトレマイオスで、それは数える事も出来ない程の回数をした。けれど自分からキスをした事は数えるぐらいしかない。そうだ、それはロックオンという存在を許すまでは。

刹那は漠然と唇に触れたあのおんなの感覚を思い出していた。
ふわりと香った花のにおい、柔らかなとろけるような唇。
唇が触れてすぐ、舌を出されそうになって慌てて殴り飛ばした。あんなものだとは思わなかった。鳥肌が一気に立って、罵声を浴びせるのが精一杯。
なんて事だ。

けれど、今、そうして唇を受けた自分が、そればかりを思い出しながら、この男の膝の上に居るのもおかしなものだと腹の内で笑う。

「せーつな」
どうやら酷く上機嫌らしいロックオンは、酒でも煽っているのか。刹那の額やら髪に、唇というより舌を出して舐めているその姿はまるで猫か犬だ。
鼻に触れたロックオンの口から、僅かに酒のにおいがして、やはり飲酒しているのかと舌打したくなった。
次のミッションまで時間はある。今プトレマイオスには4人のマイスターが居るから問題ないといえば無いが、それでも。

「早くしろ…」
「お前が早くすればいいんじゃないのか?」

文句を言ったはずなのに、すぐにロックオンから反撃の言葉が出る。
早くしろと。…つまりは、服を脱がせ、先に進めということか。
気持ちだけ高ぶらせておいて、まったく先へ進む気がないロックオンは、背中に手を回して抱き締めているものの、愛撫にもならない触れ合いをするばかり。
ため息を吐きたい気持ちを我慢して、ロックオンの上着を脱がした。
たくましい腕が露になり、シャツを脱がして上半身を曝け出す。
…自分とはまったく違う筋肉、身体つき。
上半身を露出させ、下半身に手をかけ、ベルトをカチャカチャと音を立てて引き抜く。ジッパーを下ろして、下着を出すところまでして、ようやく自分の上着に手をかけた。
その様をロックオンは至近距離から見つめている。
…いつもの事だ。この男は視姦するのが好きだから。
上着を脱いで、白い肌ではない黄色がかった肌を出し、そうしてようやくロックオンの首筋に手をかけた。…はやく。…はやく。

「おっと」
いつものセックスの流れの通り、ロックオンの後頭部を引き寄せてその唇に触れようとしたその瞬間だった。
ふいにロックオンの顔が離れていく。添えるだけだった後頭部から手が離れ、行き場所を失った腕は宙を彷徨った。

「…キスはしたくないな、刹那」

間近で。
だから、青緑色の目を見てしまった。
その目が、本気で、キスをしたくないというその言葉を聞いてしまった。

何故?
そう考えようとした瞬間に、ロックオンの唇は、首筋に絡み付き、皮膚に吸い付く。
ちぅ、と音を立てて吸われたのがわざとだと判っている。跡が残るほど吸っておきながら、舌でれろれろと跡の上に触れて跡を定着させるかのよう。

何故、キスをされない。

そんなの判りきった答えだ。…されるわけが無い。だってこの唇は他人に。

「ほおら、刹那。お前はココにキスされるの、好きだよな?」

首筋を味見するように舌を出したままでロックオンが言えば、吐息が掛かって鳥肌が立つ。
指で胸の先端を捏ねられたのは不意打ちで、思わず首がのけぞった。「ァ」、と低い声が出て悔しい。一人で先に感じるなどと。
先端をこねた指先が離れた途端、髪が胸にかかり、そしてすぐに唇と歯が先端を捏ね遊ぶ。

「…っ、ぁ…!」
喘ぐ声。
ロックオンに腰を支えられたまま、背中がのけぞる。
…あぁ、そこがいい。そこが気持ちいい。
ずくずくと身体の中心に熱が集まって、自然と尻が揺れた。
早く。…早く。
次への展開を望む、セックスになれた浅ましい身体。

「ロックオ、」
「あぁ、判ってるよ」

弄られた胸はすぐに唇が離されて、勢い良く下半身を覆っていた布を剥ぎ取られる。勃起した中心が鎌首をもたげている。完全な勃起ではなくても問題はない。ロックオンさえ挿れられる状態ならば。

「ほら、おねんねだ」
「ぁ、!」

体勢を変えられたと思った途端には突かれていた。なんて早い。
仰向けになった上に圧し掛かる身体、腰が高く上げられて尻の肉を割る。
「…っ…」
ずぶずぶと音がしそうな程、沈んでゆく。このままロックオンの全てを受け入れてしまいそうな気さえする。そうしたら1つになるのか。…甘い快楽に浸った頭ではそれが良い事のように思えた。
いや、冗談じゃない。
なんて呆けているんだ。
埋められたソレが動き始めたのは、呼吸のタイミングを計った後すぐだった。早くしろと望んだ通りだ。

「ひっ、あ、」
「気持ちいいよな、刹那?」

気持ちいい。…この男はどこをどうすれば一番良くなるかなんて判りきっている。だから気持ちいいに決まってる。
気持ちいいかなんて、答えなくても判るだろう。

「…っ、ぁ、あ、あ…」
「もっと深くか?そうだよな、いっちばん奥がいいんだお前は」
「っあ!!」
腰を抱え直され、さらに角度を変えて最奥まで押し入ってくる。肉のかたまりが熱い。

あぁ、なんて。
こんなにも乱されているのに、何故こんなにも、何かが足りないと感じる?
普段と同じなのに、何かが違う。

まるで確かめられるよう。己を知らしめるよう。

組み伏せられながら、目を開いて顔を覗く。
…いつもは傍にある顔が遠い。…なんて距離だ、手を伸ばしても届かない。

「どうした?なんだ、この手は。刹那」

気がつかない内に、ロックオンに向かって伸ばされていた手は、宙を彷徨ってゆらゆらと揺れていた。
律動を止め、その手を取り、指を絡めるロックオンの表情は穏やかで優しい。…こんなにも奥底を突かれているというのに。

ちがう。
ちがう…!
首を振り、何かを否定する。…何を。
判らない。けれど。

「…どうした、刹那」

語尾を上げる喋り方、なだめるような言い方、いつまでも子ども扱い。している事はセックスなのに。

違う、違うんだ。

「ロックオ、…」

名を呼ぶ。
結ばれた手。
繋がった身体。

なのにどうして、キスだけがない。