刹那にとっては永遠の時間に思えただろうドライブを終え、ようやく戻ったホテルのベッドの上。
色を変え、重くなったジーンズを下ろせば、どろりとした粘着質な精液が、ぼたぼたと零れ落ちた。
自分で立つ事さえ出来なくなるほどに玩具で弄ったのは久しぶりだ。
力のない腕が、シーツにぱたりと落ちる。
噛み殺したような笑いが間近から聞こえる。サーシェスだ。

そうしてしばらく刹那の痴態を眺めて笑い、やがて近づいた気配がし、目に巻いた布を剥ぎ取る。
焦点の合わないぼんやりとしたうつろげな刹那の目が、サーシェスを見つめた。
薄い唇が何事かを呟こうとしている。

車の中で、拘束し、玩具も挿入させたままで、ほとんど1日を過ごさせていた。
仕置きなのだろうと刹那は思っているだろうが、それは違う。
あのスナイパーと出遭ったからではない。それはきっかけに過ぎなかった。あの男を見たことで、見事なほどにうろたえる刹那の姿に、欲情したからだ。
それは嫉妬などという幼稚なものでもない。
この刹那Fセイエイという男は、確実に自分の手駒なのだから。あの男にどれだけ恋焦がれようと戻ってくる。

恋などというものを知らない刹那。
人を恋しがる事も知らない刹那。
父親と母親でさえ早くに殺し、友人も戦争で失う中で、ただサーシェスの元で生きてきた。
そうして生きるうえで、どうしたらサーシェスよりも必要だと思うものが現れるんだ。

知らない、愛というもの。
知らない、恋というもの。
それを与えられてしまった刹那にとって、胸を締め上げるような感覚はただの苦痛だ。

これは面白い。
笑い飛ばしてやりたかった。
なんて滑稽だ。本当にあの男に惚れていやがる。

たった一晩の出来事で、こんなにも刹那の心が揺れるなど、今まで一度たりとてなかった。
凝り固まっていたはずの刹那の心がぐにゃりと歪む様を目の当たりにし、サーシェスは腹の中で笑った。
震える手で車のドアを開け、助手席に乗り込む姿。
あの男が頬を寄せ、そっと囁いた言葉に、どれだけ自分の身体が震えたか、刹那は判っているのだろうか。
車を発進させ、あの男と離れた後でさえ、強張った表情は解かれる事はなかった。
顔色を変えていないつもりだろうが、薄い唇を噛み締めているその姿はどう見ても、怯え怖がる少女のようだ。

ひとつめの信号で、玩具を仕込み、
ひとつめの訪れた先で、玩具を仕込んだままで話し合いに同席させて、顔色を変えさせた。
ふたつめの訪問先では、目を伏せさせて布を巻き視界をさえぎって、車に置きっぱなしにした。そうしてようやく帰ってきてみれば、表情はうつろで唯一自由に動く唇からは唾液が垂れ、意味のない悲鳴を吐き出す始末。
玩具を仕込んだままの下肢は、酷い有様だった。たかが一時間程度で一体何度、吐精したのか。
ただでさえ、下着に沁みて、どろどろになっているというのに、吐き出した精液の量はそれだけでは飽き足らず、ジーンズも車のシートさえも濡らしていた。

「はっ、…しょうべん垂れだな」
「は…うっ…」
枯れた喉で刹那が喘ぐ。サーシェスが股間を掴みあげたからだ。
なんて脆いんだ。

「ぐちゃぐちゃだ」
「っ…あ!」
濡れたジーンズと下着ごとぐちぐちと握るその仕草は乱暴で、刹那は痛みに身体を捩る。
しかし、身体を捻れば未だ体内で鳴動を続ける玩具が奥底に当たって、形容しがたい快楽を生み出してしまい、刹那は声もなく悶えた。
乾電池が仕込まれた小さなローターの威力は、多少衰えたものの、ナカで変わらず動きもがいている。
車が赤信号で止まるたび、サーシェスの手が戯れに目盛りを動かして遊び、その度に苦しげな悲鳴が洩れた。

玩具が嫌いなことを知っている。
無機物な、人間のものではないあたたかみと、変わらない強さで延々に刺激され続ける性感帯。
はじめて玩具を仕込んだ時に、無様な程に乱れた刹那を思い出す。あれは酷い有様だった。
それを思えば今はまだマシになっただろうか。
それでも、これだけ吐精し、身も代も無く乱れる姿は、通常のセックス時からしてみれば、滑稽だ。

「あとどれだけソレで遊びたいんだ」
「…っ、い、…ぁ、…!」
「それともあの男に外してもらいたいか」
「…っ…!」
首を振り、必死で何かを訴えようとする姿を見て見ぬふりをする。
どうせ、刹那の目は閉ざされていて、サーシェスを見る事も出来ない。

気が向けば外すつもりだったが、強情を張ろうとするから、どこまで持つかとそのまま訪れた先で立たせ続けた。
2つ目の訪問先で、また車に置いていかれると思っただろう刹那の腕を取り、目隠しを外して歩かせた。勃起した股間、ジーンズはすでに濡れていたが、サーシェスのコートを与えれば、みっともない程の股間は隠れた。
こい、と言った瞬間の、絶望した目を覚えている。
歩く事さえままならないだろう刹那が、平静を装って、相手との会談に臨む。
重厚な1人掛けのソファに腰掛けたサーシェス。その後ろに立つ刹那。
話を長引かせたつもりはない。それでも、一挙手一投足がぎこちないボディガードの様子を、相手はどう思ったか。
仕込んだままのローターがジーンズを押し上げている。上着が短ければ、股間は見ててしまっていただろう。
「傑作だったな」
あのままあの場所に居れば、おそらく人前でも吐精していた。そうなるように仕込んだからだ。
少しばかり目盛りを動かせば、すぐに身体は反応してみせる。
「あの男にも食わせてやればよかったか。もっといい取引が出来たかもしれねぇな」
刹那の様子に気付き、ちらちらと見ているのは知っている。
下衆な男だが、金はある。
水面下の裏取引、軍需産業に深く絡むその男に、刹那の身体という弱みを握らせるのは悪くなかった。
あの場所で抱かせなかったのは、相手に興味を持たせたかったからだ。今度はきっと、あの男からコンタクトを取ってくるだろう。あれだけの刹那の痴態を見せてやった。男を抱く事に嫌悪を感じるような人間でなければ、おそらくは興味を抱く。ああいった裏の世界で生きる男には効果的な手だ。
その時に、一晩でも貸してやればいい。身体に引き釣り込まれる地獄のように、じわじわと浸食させてやろう。

そう思えば、ほんの遊びで仕込んだ玩具も、役にたつというものだ。
そのきっかけを与えたあの男も。


ようやくのドライブを終え、ベッドの上に戻り、サーシェスとふたりきりになっても、玩具は体内で鳴動を続けている。
外される事がない。
腕も、目も、拘束は解かれているのに。
この玩具を取り出して、そうしてサーシェスに抱かれたがっている。
もう、何度も吐き出した、それでも。
身体の奥底で、この男を望んでいる。
視界もさえぎられ、熱もない玩具だけで奥底を刺激され、何も与えられず、ただ足掻くだけだった。…せめて熱が欲しい。孔の中がいっぱいに埋る、あの熱が欲しい!

「…っあ、…」
ゆらりと揺れた手が、サーシェスに伸ばされる。
何を望まれているのか、判っている。…そうさせたのだから。

「お前のソコは、何でも食うからな」
それが、後孔の事を言っているのだと判る。…何を言う。食べさせているのはこの男だ。
物心ついた時には、この男に生きる全ての事を教えられていた。
人の殺し方も、嬲り方も、セックスの仕方も。
どんな乱雑なセックスでも受け入れろと、多少の麻薬でも淫剤でも意識を失わぬよう、好き勝手に人の身体をいじくって、己の好きなように仕込んだのは他でもないこの男だ。
それが必要だと言われて、学び、見につけた。
複数の男を相手にしてみたり、敵陣の中に一人置き去りにされたり。
この男のやる事は何時でも突拍子も無く、しかし正確で容赦ない。今自分が生きているのがその証拠だ。この男の行いに間違いなどひとつも無かった。

欲しいと思ったものは必ず手に入れる。
望む事は全て叶える。
…そう、望む全てのものを。

ならば、こうして戯れにでも、他人と接触を持った自分に興味を示すという事は、サーシェスのものだと認められた証なのだろうか。

いや、違う。
違うだろう、きっと。

「セックス、したいか?」
言われ、頷く。きっと与えられないだろうと知っているけれど。
玩具が嫌いなのだと知っていて、こうして容赦なく攻め立てられているのだ、そんな状態でこの男が自分の望みを聞くものか。
朦朧とする頭の中で、鍛え抜かれた自律はサーシェスの望む事を正確に読む。

焦らされる。
与えられない、まだ。
サーシェスの気を引き寄せることが出来ないからだ。

どうして、この男はこうも自分を見ない。
何時だってどこかを見ている。
見ているものはなんだ。戦争か?金か?世界か?
それさえも小さいもののような気がしてならない。この男は誰ものにもならない。

…あぁならば、あの男は。
ロックオンストラトス。
あの男なら、自分のものになってくれるだろうか。
抱きとめ、セックスをして、欲しいといえば熱を与えてくれるだろう。

想像して、腹の奥で笑った。
そんなもの、本当に欲しいのか?
あの男が与えるもので、生きていけるのか?
無理だ。
今欲しいのは、ただひとつ。…ただひとり。

したい。
セックスがしたい。
この男の、あの太く熱いものを奥に入れて、こんな玩具を引き抜いて今すぐに…!

エサを前にした獣のよう。
欲しい。どうしても欲しい!

「…す、…か、ら、…」

震える唇で言えた言葉は、聞き取る事も出来ないような吐息混じりの声。

「あぁ?」
わからねぇな。
サーシェスの表情が語る。

伸ばした刹那の手が、サーシェスの服を掴んだ。

「あの男は…」
ふぅ、と息をつき、わななく唇が声を吐き出す。もうどんな事をしても、この男が欲しかった。

「あの、男は…、俺が、ころす、…か、ら、…ぁっ…」

悲鳴のような声。
服を掴んだ刹那の手が、ずるりとすべり落ちた。
もう、布きれ1枚さえ掴めない。

ぜぇぜぇと息をつく、その身体の動きさえも、苦しい。
…こんなにも苦しみ、何も与えられていないのに、快感中枢だけが満たされる。
望むことをする。…アンタが望む事をするから。

殺せというのなら殺す。
ロックオンストラトスが、邪魔だというのなら、殺す。
あの男はスナイパーだ。
アンタの命を狙うスナイパーだ。
この、たまらなく憎らしい男が、あのスナイパーの男の手によって死ぬというのなら、俺はあの男を殺そう。


だからほんの少しでいい。
アンタのカケラを、俺に頂戴。