ビルの最上階に位置する、スイートルーム。
専用の直通エレベーターに、カードキーと暗証番号を入れると、静かにエレベーターは上昇を始める。小さな到着音と共に開いたドア、そこに広がるのは円形のエントランスだ。濃茶色に統一された目に穏やかなエントランスの中央のスペースに設置された小ぶりの花瓶には、季節の花が質素に活けられている。ドアは2つ。一つはサニタリールームへ、もう一つはリビングに繋がるものだ。
リビングに繋がるドアを開ければ、そこに広がるのは横に長い、30畳程のリビングで、ピアノや巨大なスクリーン、バーカウンターが備え付けられているが、リビングルームにベッドは無い。
ベッドのないリビングルーム。そこでサーシェスが刹那に触れた地点で、難儀なセックスを要求されていると判ってはいた。
ソファか、床か。
けれど、サーシェスが選んだのは、窓際だった。
巨大な1枚ガラスに刹那の身体を押し付け、服を剥いでいく。冷たいガラスに頬と胸が押し付けられ、冷たさに身体が怯む。
そうしてシャツ1枚を残して全て剥かれた身体に、慣らしもしないでサーシェスのモノが挿入された時、刹那の喉から零れ出たのは熱い吐息だった。防曇がなされているガラスに一瞬の白い曇。
「…ふ、ぁ、…」
ガラスについた、手がかじかむ。
サーシェスの奇行を受け入れながら、刹那は唇を噛み締めた。
…覚悟ぐらい、している。
けれど。

「…ガラス、が、っ、…」
「割れるのが怖いとでも言うのか、お前は」
「ち、が、…っ、あああ!」
円をかくように腰を回される度に、ふんばり切れなかった刹那の腰も動く。白シャツ1枚を肩にかけただけの、むき出しになった局部が、冷たいガラスに擦り付けられて、先走りの精液が白くこびり付く。
「…っ、…!」
ガラスの向こうは、光輝く夜の街。見下ろせば、眼下には車のランプの群れとビルに燈った光の波が広がっていた。
「…っ、は、…ぁ、は、っ…」
息を吐くたび、ガラスがうっすらと白く煙る。
結露対策をしてあるらしいガラスは曇る事は無いが、外は極寒の気温だ。触れれば、凍るばかりの冷気が皮膚に刺さるよう。
立ったまま、後ろから突き入れられ、刹那は喘いだ。手をガラスについて耐えてはいるが、指先の感覚が無くなってきている。冷たいガラスは、体温を指先から奪ってゆく。突き入れられる腰は灼熱のように熱く、震える内股さえも熱を持っているというのに。この身体の冷温の差は何だ。

「ほぉら、耐えろ」
「…っつ、く、う、…」
無理だ。頭を振る。どうしてこんなところで、カーテンも開けたまま。
立ったままセックスなど、サーシェスにとっても不本意だろう。力づくで犯されたら刹那とて耐えられない。この男の力は強大だ。全てを受け入れるにはあまりにもこの身体は小さすぎる。
「……ここ、で、はッ…」
「なんだ、文句か、ええ?」
後ろから伸ばされた手で、前髪を引っ張り上げられ、反った刹那の喉が、けくっと鳴った。
目を開ければ、巨大な全面ガラスに、快楽と苦痛に歪む自分の顔が映ってみえる。目線を落とせば、勃起した己の中心さえも。

「っ、は…」
ゆっくりと息を吸い込む。サーシェスはまだ続きを望んでいる。
内股に力を入れ、足の指先で上質な絨毯を掴み、踏ん張る。下肢に力を入れてサーシェスを刺激させれば、そうだ、と満足げな声が刹那の髪にかかる吐息越しに聞こえた。

ガラスの外は、人の住む世界。
何も知らぬ人々が、今日を生き、明日を望むために暮らしている、人の光。
…外はこんなにも光を発し、人々の群れは平和そのものの日常を営んでいるというのに、この部屋だけはこんなにも、日常がない。
この男の傍は、常にセックスがあり、戦争があり、命の散る様がある。
そんな生活を、「日常」だと思って過ごしてきたけれど、それが酷く傾いた世界なのだと知った時、この男の怖さを実感した。
戦いのない平和を、感じた事は一度たりとてない。
安らかに眠った記憶さえも曖昧で、昔から研ぎ澄まされた刃のような神経は、僅かな物音でも反応を示す事が常だ。


はっ、はっ、と短い息を吐き、サーシェスを受け入れ、氷のように冷たい指先を丸め込んで、ガラスに縋る。
その先に、きらりと光る小さな光が見えた。
このスイートルームと同じ高さの、向かいのビルの谷間の先に。…距離は遠い。霞む目にうつる僅かな人の影に、小さな、けれど確かな殺気を感じる。

「…っ、…」
こんな時に。
刹那の緊張が、身体を通し、サーシェスにも伝わったらしい。喉を鳴らして笑う姿に、刹那は歯痒さを覚える。
だからか。だから、ワザとここでこんな事をしようと。
気付けもしなかった。銃口を向けられ、殺気を感じる今の今まで。…なんて醜態だ。

「…っ、…」
目を閉じ、息を吐き、そうして意を決して、上体を起こす。
この身は、サーシェスに比べれば小さいものだが、それでも腹や胸、肩は覆う事が出来る。
上半身を起こし、ガラスから手を離して、背後へと手を回す。サーシェスの髪が指に絡んで、そのまま後頭部を引き寄せた。首を回せば唇が傍にある。キスを望んで首を伸ばすが、サーシェスは刹那が望むそれを与えなかった。
「…っ、あ、」
背後から受け入れたままの結合部がにちゃりと音を立て、ぐちゅぐちゅと掻き回す蜜壺のような音が響く。
「っひ、ぁ、あ、…」
ガラスで踏ん張っていた手が離れ、サーシェスの髪を緩く掴みあげるだけの手。支えを無くながら、サーシェスの身体を後ろから受け入れ、手は不安定なまでに赤い髪に絡む。
「つめてぇ手だな」
言われて、強く掴む事さえ出来ない。…身体はこんなに熱いのに。

銃口は、まだ向いているのか。
あの男は、今、この姿を見ているのか。

きっと見ている。こんな哀れな姿を、卑猥な状態を、勃起したものさえ、きっとこのガラスの向こう、ビルの谷間から!
見ればいい。そのぐらい、あの男だって判っていただろう。
この男を殺しに来たんだ。
狙い済まして、ライフルを構えて。

(…殺させない…)
狙えるなら、狙えばいい。
狙いは定まらないはずだ。身体を揺さぶられ、動かし続けている。激しいセックス。
狙いは外れて、きっと、この身体を撃ち抜くだろう。
ライフルは、どれほどの威力だろうか。これだけ離れた位置からでも狙撃できるほどの銃ならば、威力は並外れているかもしれない。…弾は、ガラスを貫通して、この身体を撃ち抜き、サーシェスの身体にさえ達するかもしれない。
(…そうすれば、共に、…)
「…余計な事考えてるじゃねぇ」
「ひっぁっ!」
言われたサーシェスの言葉と同時、円を描くように動かされていた腰が、激しく打ち付ける動きに変わる。刹那は喘いだ。喉の奥から悲鳴が飛ぶ。
ダメだ、そんなに乱さないで。
今は、あのライフルが、あの男が、あの…!

「お前は、コレだけ考えてればいい」
「…っあ、あ、あ!」
「もっと声を出せ。あいつに届くぐらいに」
ぱんぱんと肉の当たる音、そのたびに揺れる刹那の中心は、白い蜜を吐き出そうとふくらみ、硬くなって揺れる。
ガラスにへばりつく汗と体温。
冷たさを、もう感じなくなっていた。

頭の中にある、あの男の姿が揺さぶられる度に消えていく。
狙われている。殺されてしまう。
いい。もう、いい。
殺してくれ、いっそ。ともに。

「ぁ、あ、あ---------ッ…!」

考えいた答えが吹き飛ぶ。
あぁ、何も考えられなくなっていく。この快楽に、目の前に響くハレーションと真っ白な画面が広がる。ブラックアウトしてしまう、ダメだ、今は、…それでも、

「…ソラン」

囁かれた言葉が、意識を失う直前に聞いた最後の言葉だった。
壊れたかのように吐き出される刹那の精液は、ガラスに飛び散り、白く点々と模様を残す。
全てを吐き出し終え、ガラスに散った精液が垂れ落ちる頃、刹那の身体もまた、ぐずぐずと床に倒れて伏せた。

スコープを覗く目は、もうそこには無かった。