「遅かったな」

声に促されるように足早に歩けば、足音が広い部屋の天井にまで響いていた。
部屋の最奥で、男は片肘をついて待っている。

「お前でもあの男を手なづけるには手を焼いたか」
「…俺が流した情報は」
「正しかった。先発隊がもう向かってる」
つかつかとサーシェスに近づきながら、顔色も替えずに情報の正しさを問いただして、サーシェスの横に立つ。
すかさず、少年兵が、ライフルとナイフを手渡した。何も言わずに受け取って、腰にナイフホルダーを巻きつけてライフルの予備カートリッジと小型の拳銃をホルスターにセットし確認しながらライフルを肩に担いだ。久しぶりの装備だ。

目的地に乗り込み、相手を懐柔させて情報を手に入れ、抜け出す。
2週間。こんなに時間が掛かったのははじめてだ。

「余りにも遅い。俺はてっきり死んだかと思ったけどな」
「冗談」
「本気さ、ベッドの上で犯り殺されてるかとばっかり、な」
それこそ冗談を。この男の腹の上で死ぬ確率の方がよっぽど高い。
あの男のセックスは、サーシェスとの夜に比べたら、子供のままごとのようだった。
判っているくせに聞いてくる。
…俺は、お前が育てた。お前が望むように育った。それだけだ。
ほかに何を望んでいる。こうして男に抱かれてくる事さえ、お前の望んだ事だろう。

「ふん」
鼻を鳴らし、隣に立つ刹那の肩を、ぐいと強引に引き寄せる。
抵抗する事なく、サーシェスの顔面に身体を近づけ、肩口の服を捲り上げてみせた。
「やっぱりか」
首筋の布を引っ張って広げ、刹那の鎖骨と首筋を露にすると、その箇所に赤く散った幾つもの跡を見てサーシェスは眉間に皺を寄せた。
「お優しく抱かれたようだな、お前はあいつの心まで盗んできたのか?」
「……、」
何を今更。
そうだ。あの男に惚れられていた。そうする事を望んだのはこの男だろうに、気に食わないのか。
それならば少しはあの不満足な男に抱かれた甲斐があったというものだ。

あの組織の頭を懐柔しろといったのはサーシェスだ。
そうしろと言われたから潜り込み、頭に近づいて興味を持たせた。時間は掛かっても、あの男の興味を引き、閨にまでもぐりこむのに1週間掛かった。そこからあとは、身体の相性だけだった。
夜の場所を共にするようになって1週間でようやく欲しかった情報を掴んだ。
その男からの施しのキスは身体中にある。
冷酷な作戦指揮官でもあったはずのあの男は、閨ではまるでおとなしい獣のようだった。女を抱くように刹那を抱いた。

「まぁいいさ」
引っ張られた服をたくし上げ、サーシェスの傍から離れる。距離は2歩。それ以上は離れない。これが決められた位置。
ほんの一時の嫉妬を抱かせた。それで刹那は充分だった。

アリーアルサーシェスという男は、甘いセックスなど一度たりとてしていない。キスさえも数える程しかない。
刹那を傍に置き、片腕として全ての事に利用している。
諜報、先鋒、暗殺。
仲間内では、一番の見目優れた逸材だ。特別優れて美しいわけではない。それでも、その立ち居振る舞いは誇り高く美しい。
サーシェスの片腕でありながら、誰にも懐かない男。
武術に優れ、MSの操縦をさせればアリーと互角に渡り合うと聞く。それは誇張され先行されただけの嘘っぱちの噂だ。
サーシェスがMS戦に赴く事は少ない。その上、模擬戦でも実践でも、この男が全力を以って渡り合う事は殆ど無い。そんな情報がどれだけ正確か。

「お前は使える男だからな」
子供の頃から、知っている。あのクルジスで育てた子供の内、一人だけ生き残った。
ほかの子供は全て死に絶えた。死ねと命じて爆薬を持たせた事もある。…この刹那という子供さえもそうするつもりだったのに、生きている。
いつも、その大きな目を見開いて見上げてきた子供。銃の腕はからっきしだったが、ナイフに篭もる殺意と生きると呟きながら前線に突っ込んでいくその後ろ姿を見ていく内に、殺すのが惜しくなった。
気がつけば、こうして隣居る。

「本当に、使える男だよ、お前は」

笑い声と共に言われた言葉を、刹那は目線を逸らす事なく、聞きとめた。