セックスの後、サーシェスが酒に手を伸ばす時は、大抵が、そのセックスに満足していなかった時だ。
つい今しがたまで抱かれていた刹那は、それが手に取るように判ってしまった。

瓶を傾け、豪快に飲み干して中身が殆どなくなった強い酒が、ベッドサイドに転がっている。
ほのかな室内照明に当てられて光る瓶のガラス。そこからにおう酒のかおりと、何処かの国の言葉で書かれた瓶のラベル。
刹那に読めない文字を、サーシェスはいとも簡単に読んで、言葉を使い、話してみせる。
AEUに向かったサーシェスが使用した言語は幾つだろうか。
今とて、かかってきた電話に応対しているが、どこかの国の人間らしく、刹那には判らない言葉を巧みに使っている。
電話口に向かって流暢に話される言語。内容が気にくわないのか、酷く不機嫌な顔をしているが、話す言葉は柔らかいように感じる。
刹那とて、教育は受けているが、それでも公用語を幾つか話せるぐらいで、サーシェス程ではない。
腕の立つ庸兵、戦争屋、けれどそれだけではないサーシェスを知っている。
この男は底が知れない。

電話を切り、それをベッドへと投げ捨てる。シーツの上でバウンドする電話機を、刹那の素足が床へと落とした。
こんな無粋なものは、もういらない。

「明日、お前が先にいけ」
「…偵察か」
「地の利もないお前が何が出来るっていうんだ、先に行っておけばいい。それだけだ」
「………」

AEUへの出立があるのは聞かされていたが、明日とは。
しかも、サーシェスと同時には行かないところを見ると、相手側とのトラブルでもあったのか。
落ち合う場所、ホテル、向こうでなすべき事は聞いてる。
行けと言われたのなら、一人だろうが行くだけだ。先に行って、彼を待つ。刹那に課せられた仕事だ。

この灼熱の砂漠の国を出るのは、もうすぐ。
熱い大地から離れ、今は冬であろう欧州の国へと向かう。

…あの凍える国へと向かうのか。

白いシーツを手繰り寄せ、戯れに指を動かしてシーツの皺で遊びながら、刹那は男の背中を見つめた。
酒を飲み終えて手持ち無沙汰に外を見つめるその背が、満月の月明かりの下に照らし出されている。
月の下には広がる砂漠、遠くのオアシスの緑が、窓の外に影を映していた。

サーシェスが投げ捨てた瓶が、シーツの上に転がっている。ベッドにうつぶせになったまま、瓶に手を伸ばせば、ほんの僅か、瓶の底に残った酒がちゃぷりと音を立てた。
上半身を起して、残りの酒を喉へ流し込んだ。なんて苦くて強い酒。

「そんな程度でいいのかお前は」
底に残った僅かな酒を飲み干した刹那を見て、サーシェスは笑う。
何を言う。
お前が残したものだろう。
自分に与えられるのは、いつもこの男の残り僅かなカケラばかりだった。
今夜とてそうだ。
この部屋に来る前に、今夜は何処で楽しんできた?
甘い香りもしないところを見ると、男を抱いてきたのか。それでも飽き足らず、自分を抱くなどと、どれだけ飢えているんだこの男は。

「酒も身体も足りねぇなぁ…」
ぼやく言葉を聞いて、刹那はベッドから足を下ろし、ガラスケースの中の酒を取り出す。
封がされたままの瓶を捻って開け、においをかいだ後、口をつけた。一口、喉に流し込んで飲み込んでから、サーシェスに投げて渡す。
「うまいか?」
「いや」
顎を伝う琥珀色を手の甲で拭い、ガラス戸を閉める。酒の味など解らない。必要以上の酒など飲んだ事はない。
あれは、人の感覚を麻痺させるものだ。殺気も戦う腕も何もかもの神経の感覚を奪ってしまう。
酒に強いわけではない。毒やら媚薬には免疫をつけることは出来ても、アルコールは別物だ。
あれは、何もかもを考えられなくさせるもの。
たった一口、口に含んだだけでこんなに苦い。あぁ、これこそが、まるで毒だ。

「こい、ソラン」
名を呼ばれ、やはり酒では満足できなかったらしいサーシェスの元へ、歩く。
下肢からぽたぽたと精液が零れ落ちていた。構うものでもない。

筋肉のついた太い腕が伸ばされて、即座に組み敷かれるのかと思えば、抱き寄せられるから、驚いた。
何を。…まるでこれは女にするようなものだ。

サーシェスの胸に抱きとめられ、その顔を見上げる。
渡したばかりの新しい酒に口をつけて、飲み干すその唇と喉を見ていた。

「お前は飲む量が少な過ぎるんだ」
もっと飲めばいい。もっともっと身体の中にこれを入れて、アルコールで体内を満たせば何もかもを忘れることが出来るのに、それをしないからそういう顔になるんだ。
「俺の胸の中でそんな顔をするのはお前ぐらいだな」
まるで表情が無い。
この胸に抱かれた人間は大抵表情を変えてみせるのに。
刹那とて、喜びも驚きもあるのだが、それは他人が思う程に表情豊かではないらしく、いつも無表情だと笑われる。

「お前、男を取り込む時もそんな顔をしているのか?ん?」
顎を持ち上げられ、目を合わせて鼻で笑う。
…酷い事を言う。
感じている顔、善がる顔、官能を与える顔。それを全て教えたのもこの男だというのに。

サーシェスの胸に収まりながら、刹那は顔を伏せた。
無表情だというのなら見なければいい。

「お前はそういうやつだよ」
酒瓶を傾けて、サーシェスは喉にアルコールを流し込む。その身体に抱きとめられながら、酒が入っていく逞しい身体に耳をひたりとくっ付ける。
「熱いか」
言われて頷く。
自分の身体ではない。サーシェスのこの身体だ。確かに、身体の内側から熱くなるような体温を感じる。
目線のすぐ側に、サーシェスの胸があり、乳首があって、思わず舌を伸ばした。
舌先でその先端に触れる。

「それじゃねぇよ」
笑う声。
「お前が飲むのはコレだ」
サーシェスの胸先から離された刹那の唇に、酒瓶の口が触れる。
傾けられた瓶から、刹那の喉に一気に酒が流れ込んでくる。

「ッ…ん、っ、…」

熱い。喉を下るたびに、熱を注ぎ込まれているようだ。
抵抗を許すことなく、刹那の喉に流し込まれる強い酒。
「…っあ」
「もっとだ」
まるで哺乳瓶からミルクを飲む赤子のようだ。
サーシェスの胸にしな垂れるように抱かれながら、後頭部を押さえこまれて顎を天に向けた状態で、強引に流し込まれる。容赦なく酒瓶を傾けられ、刹那は眉を顰めた。
飲みきれなかった酒が、顎を伝って胸へ落ち、腹を辿って股間の隙間に流れ落ちる。ぽたぽたとアルコールがシーツに沁みてゆく。
熱のような、なんて強い度数の酒なんだろう。

「熱くなってきただろう」

瓶の中身の半分程を刹那の喉に流し込んで、投げ捨てる。パリンと瓶の割れた音を、頭の奥深くで聞いた。
「はしたないな、こんなに零しやがった」
アルコールの垂れた股間に、サーシェスの手が伸び、ねちねちと精液とアルコールを絡める。
はしたないと咎めながらもサーシェスは笑い続けている。股間を揉みしだいた手が、尻の隙間へと入っていく。
「ほおら」
「あぅっ…!」
指を2本纏めて入れれば、刹那の背中が撓った。胸に縋り付く。
頭の中が朦朧としていく。心臓の音が強い。あぁ、酔っている。こんなにも、深く。
思考が奪われていくようだ。何も考える事が出来ず、ただ目の前のこの身体に縋りたくてたまらない。
指が、刹那の体内の深くへと沈んでいく。3本、4本と増やされていくにも関わらず、身体は自然と力を抜いて、サーシェスの指を難なく受け止めた。
吐き出されたサーシェスの精液を絡めとって、体内深く、深くへ。
「…も、ぉっ、…あ、あ…」
喉が震える。望む全てが声となる。
「可愛い声で鳴くようになった」
サーシェスは満足げに笑った。

心臓が、ドクドクと音を立てている。身体の隅々までが熱くなって、頭の中を叩き鳴らされているようだ。いや、違う。これはマシンガンの発砲時の衝撃か。あぁ、この胸の鼓動も、覚えがある。この身体の熱の高まり、朦朧とする意識、なのに身体中が高揚している。
そうだ。これは戦場の感覚と同じだ。

「たまにはいいもんだろう?酒に溺れるっていうのもな」

欲しい。
欲しい、欲しい、目の前のこの男が。

胸に伸ばしていた手を、太い首筋に絡め、口角を上げて笑うサーシェスの唇に絡みついた。
熱い吐息、アルコールのにおい。重なった唇に、サーシェスは答えない。
もどかしい。舌を動かして、サーシェスの舌を引き摺り出す。ちぅ、と吸うように刺激しながら、酒に濡れた身体をサーシェスに縋りつける。
体重をかけて、逞しい身体をシーツに押し付け、身体の上に乗りあがる。
サーシェスの指は刹那の中へ埋没したまま。ナカに与えられる刺激は緩いものへと変わってしまった。

「…セックスを、」
望めば、笑う声。
ついこの間までは、誘うことさえしなかったのに、一度堕ちてしまえばなんて容易い。
ぬちぬちと動く指。絡まされない舌。それに焦れて、誘う声。

「してやる。…お前がそれ相応に鳴けば、な」

笑う、サーシェスの目の中に、絶望を見た。
この男の機嫌が悪かったことを、今更のように思い出す。

きっと今夜は、イかせてもらえない。