踏みしめる大地の乾いた砂が、強い風に煽られて舞い上がり、刹那は目を細めた。
砂漠が近いこの場所に、花が咲く事さえ奇跡に近い。
けれど、

「…残っている…」

花畑が。
一面の白、それは小さな小さな花の集まりだ。
白い絨毯を見つめ、足を踏み入れようとして、戸惑った。
花を散らしたくはない。…けれど、この広い白い絨毯の中を歩いてみたい。

「…ごめん」
小さな謝罪の言葉の後、白い絨毯を踏みしめ歩き始める刹那に、穏やかな風が吹いていた。

おもえば。
出会ったのは、4年も前の事になる。
クルジスの空で出会ったひかり、それに惹かれて行き着いた先に待っていたもの。
血反吐を吐くような訓練の先、待っていたのはもう一つのひかりだった。

『エクシア、あなたのガンダムよ』
案内された先に、待っていたガンダム。そして3人のガンダムマイスター。
馴れ合う気は無いと、固めた身体を容易に触り、話をはじめ、そうしてやがていつかは迎え入れていた。

「お前が居なくなってから、1年以上経っている」

白い雲の上を歩くように、刹那は花の上を踏みしめる。振り返らない。踏まれた花は、きっとまた起き上がるだろう。

「宇宙は、寒いか?…今何処にいる?」

乾いた風が、花を揺らす。花弁が散っていた。
こんな綺麗な花。
あの温室の花ではない、生まれたままの姿の花はこんなにも美しい。

「俺は…生きている。答えはまだ見つかっていない。…けど、それでも」

さく、さく、と踏みしめる花。
流れる風、遠くの山々、砂漠の砂。

「生きている……」

どれだけ踏まれても、どれだけ失っても、どんなに望みが薄かろうとも。
それでも。
それでも、
どうしても、
信じている自分が居る。

『お前は強いから。きっとだいじょうぶだ』
熱に浮かされるような熱い灼熱を受け入れながら、囁かれた言葉。
強い。
…ああ、強いさ。
お前の家族を殺し、自分の親さえも殺し、それでもこうして生きてる。存在し、変化を望み、世界のゆがみを見つけるために。そのためだけに生きている。生きて生きて殺して、生きて!

「…生きてるんだ、…」

呟いた言葉は、一際強く吹いた風にかき消された。
白い花に溶け込むような白い服が、ひらひらと揺れる。

それでも。
そうして、強く強く在って、生きていたって、何かを失くし、命を散らし、そうして表情も変えずに生きていく事が出来るほど、心がないわけじゃない。
それなのに、強くあれというから。
お前が、それを望むから!

「……だから、 …ずっと…なんにも心配 いらない……」

いい聞かせる言葉。呪文のように、何度も唱える言葉。
俺はここに居るから、お前が何処にいようと、何にも心配いらない。
強い。強いさ、俺は。

「…だから…」

歩く、白い、花の上。
歩く、どこまでも。
歩いたその先に、だって、居ると知っていた。

「……ックオン、…」

白い花の中、埋もれるように。
真っ白な花の中、真っ白な肌と真っ白な服で。
埋もれてる。

ゆらゆらと花が揺れていた。
薄茶色の髪も揺れて、なびいて、肌を揺らし、ひくりと動く。
生きてる。

「…ッ…」

手を、伸ばすのが怖い。
消えるまぼろし、消える幻想ならば、どうかこのままで。
…あぁ、でも、その肌に、その熱に触れたい。

大好きだからずっと 何にも心配いらない。

でも本当は、好きだからこそ、こんなにこんなに苦しかった…!

肌が触れぬギリギリで跪き、眠るその顔を見つめながら落とした涙は、ロックオンの頬に流れて落ちた。

   大好きだから
   ずっと

「…何で泣いてるんだ、お前は」

それは。
それは、アンタが今喋っているからだ。
アンタが、今、ここにいて、生きているからだ。

失った痛みに流す涙は、アンタに教えられたんだ。
マリナが泣き方を教えてくれた。
人は、泣いてもいいのだと。
嬉しい時も、悲しい時も、心が痛む時も、泣いてもいいのだと、彼女が教えた。

「そうか。…じゃあ俺は、お前に触れてもいいのかな」

その涙を拭いてもいいだろうか。
なあ、刹那。

ほろほろと落ちる涙、それに手を伸ばす、ロックオンの。
触れる、指。
触れる、涙。

ああ。

伸ばした腕、起き上がった四肢で、刹那を抱きとめるロックオンのその胸があたたかい。
鼓動の音、生きてる。
生きてる。


「刹那、お前ちょっとみない間に、抱き心地が変わってやがる」
「…背が、伸びた」
「あぁ、そうだな。反則だぜ、あの頃から成長するとは思わなかった」

何が反則なものか。あんな小さな四肢のまま一生を終えてたまるか。
せめてアンタぐらい大きくなってやらなきゃ、いつかはアンタを見下ろしてやらなきゃ

「それは勘弁しろよ…お前…」

ぎゅっと抱き締めた身体、ロックオンの鼻が刹那の首筋に埋まり、すんすんとにおいを嗅ぐ。背中に伸ばされた腕が、刹那の身体を抱き締めるように擦りなそる。

「刹那」
名を呼ばれて、こんなにも涙が零れ落ちる日が来るとは思わなかった。

「刹那、…刹那、俺と戻ろう」
どこに?
戻る、あの日に?

「ソレスタルビーイングに。また戦いになるけれど、それでもあそこで皆待ってる」





   大好きだからずっと
   何にも心配いらないわ
   無邪気にわらって くださいな
   いつまでも



遠く、白い花弁が舞い上がったような気がした。
王宮の、テラスの上で。
眼下には雨季を望む人々の祭りの長い群れ。
それに手を振り答えながら、遙か彼方で舞い散る白い花弁を確かに見ていた。
刹那、ようやく行くのね。

見守ったその遙かなる花の先に、輝く金色の太陽を見た。