刹那の頭が規則正しく上下に動いていた。 俺の、股間の上で。 刹那の髪がふにゃふにゃと上下に揺れている。 なんとなく可愛くなって、髪の中に手を入れ、くしゃくしゃとかき回してみた。思いの他、猫っ毛だった。 こういう時でないと、刹那の髪なんて触る事が出来ない。滅多にないことだから、今のうちに触っておこうと思う。 刹那は、生まれは中東らしいが、この髪といい、顔つきといい、確実にアジアの血が混じっている。砂漠地帯に住んでいた割に肌の色も白いし。 くしゃくしゃと頭をかき回し、存分に堪能した後に、うなじへと指を滑らせて、生え際に触れてみる。僅かに熱を持っているような気がした。さすがにコイツでも、ちょっとぐらいは熱くなる身体を持っているのか。そりゃいま、こんな事してりゃあな、刹那。 いつもより高い体温が気になって、刹那のうなじに、手のひらをぺったり合わせるようにして触れ、そのまま首筋、耳たぶあたりをなぞる。刹那はさっぱり反応しないが、身体は熱くなっているのは確かだった。首筋もうなじも熱を持っている。 (俺、よくも教育したよな。まさか舐めるところまでいくとは思わなかった) ゆらゆらと動く、刹那のつむじを見ながら思う。 まさかここまで成長するとは思って居なかった。俺の教育の賜物だろうか? (セックスっていうより、俺が一方的に刹那を開放してやった…って感じだったもんなぁ…) 刹那は1人で処理をしようとしないから、俺が手を出してやる。やり方を教えてやって、冗談のつもりでおもちゃまで与えてみた。 刹那は生きる為の最低限の事以外は、やらないようだ。だから言ってやる。これも生きる上での摂理だぞ、と。 精液を出してやるってだけの関係ならまだいいが、俺が刹那の身体に手を出してしまったから、まあ人よりも深い関係にあるのは確かだ。 無表情、無感情の塊のような刹那だが、時折暴走するその癖あり、それを止めるのは大抵俺の役割だったし、アレルヤやティエリアが言うように、刹那のお守り役は俺、なんだろう。 やぶさかではないけれど。 セックスをしている関係ではあったけれど、刹那から誘うような事はありえなかった。 俺が一方的に、そろそろかなと思えば、押しかけてヤっていたし、それを拒まれる事もなかったから、まあそれでいいかと思い。 刹那は身体を開いてはくれるが、そこに声やら感情が滅多に乗らない。人形を抱いているみたいだ。体温のある人形。 (…ってぐらいだったのに、今日はいきなりフェラチオかよ) 冗談まじりで「やってみるか」と言い、ちょっと腕を引いてやっただけだ。強引にはやらせてない。…はずだ。 刹那は、案外簡単に咥えてくれて驚いた。 はじめてだったのだろうフェラチオは、やはりへたくそなのだが、まぁ今日はじめての行為なら当たり前だろう。 やり方も判らず、ただねろねろと咥え込んでいるだけだ。しかもその小さい口をめいいっぱい開けても、根元まで咥え込めていない。 俺から刹那のモノをしてやった事はあるから、それを見て、見よう見まね、というところだろうか。 ぬちゅ、ぬく、にゅぐぐ、と、擬音にもならないような肉と唾液と呼吸が交わる音だけ。刹那が声を出さないからだ。 俺もある程度は気持ちいいが、どうしようもなく感じ入っているわけでもないから、こうして刹那の後頭部を観察しつつ、こいつもちょっとは身体が大きくなったよな、なんて背中を見て満悦中。 どうみても、まだ少年の身体だ。16歳にしても小さく細い。 それでも、嫌がりもせずに、一心不乱に俺のをくわえ込んでいる刹那。 どんな顔をしているのか、ちょっと知りたくなった。 刹那お前さ、…なんかこう、もうちょっと感情的にやってくれないもんかね?なんか機械的になってるんだよな。 「せつな、顔上げろ」 言ってみたけれど、言う事を聞く気は無いらしい。 なんだよまだ咥えてたいのか? 「せーつーなー」 もう一度呼んで、頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。けれど無反応。 ならばと、刹那の顎と髪を持って強引に顔を上げた。きゅぽっと、中途半端に勃ち上がったモノが抜け、刹那のとろりとした表情が俺を見上げていた。口端に泡立った精液。 「おまえ、その表情、いい」 言ってやって、濡れた唇を指で辿った。刹那の表情は変わらない。ゆっくりと瞬きをする。いつもよりゆっくりとした動きだ。 「ほら、俺の上に乗れよ?」 だらりと脱力した刹那の脇に手を入れて、胡坐をかいた俺の膝の上に身体を落とし、猫をだっこするように持ち上げて胸に収めた。 刹那の下半身は脱がし済みだ。そこらへんは抜かりない。 刹那の身体を抱きしめながら、恥骨を辿って尻の肉に手をかけると、身体中の力を抜いているのか、俺に体重を預けてきた。ぺたりと熱い身体が引っ付く。 「おいおい、刹那、どうしたんだ、今日は一体」 珍しいというよりありえない。 まるで甘えているかのように身体を投げ出してくる。 フェラチオもするし、今日の刹那は一体どうしたっていうんだろう。明日は槍でも降るのか? 「どーせなら、もうヤっちまいたいんだけど」 言うと、こくりと頷く。なんだ今日は無言プレイか?いつもに増して刹那は口を開かない。 刹那は何も喋らないから、全てを肯定ととって俺は行動する。 じゃあまぁ、やっていいっていうなら、いただこう。 対面座位で向き合ったまま、刹那の中に潜り込めば、いつもよりも狭く熱いナカが、迎えてくれた。 *** 「…なんでこうなるんだ」 医療セットの中に入っていた、冷却ジェルのシートをはがしながら、ティエリアが吐き出すように言う。 ベッドで眠っている刹那の額から、温くなったジェルを一気にベリ、と剥がし、新しい冷却ジェルを貼り付けた。乱暴な動作だったが刹那は苦しげに目を閉じたままだ。 椅子に反対向きに腰掛けたロックオンは、背もたれに腕を置き、さらにその上に顎を乗せ、ベッドを見つめた。その姿は、少しばかり反省しているようにも見えたけれど。 「普通判るだろう。常識的に」 不機嫌を隠そうともせずに、乱暴に言われた言葉に、反抗する言葉を捜してみるが見つからなかった。ティエリアの言うとおりだ。 「君達がそういう馬鹿馬鹿しい関係にあるのは承知していたけど、こんなデメリットを犯すぐらいならば、改めて欲しいね」 「…まあ、そうなんだけどな…」 ティエリアの言葉に反論するだけのボキャブラリーが、ロックオンには無い。確かにティエリアの言うとおりだとは思うが、しかしまさかこんな事になるとは思っても見なかった。 まさか、あの刹那が。 「昨日の夜、もう刹那はおかしかったんだよ」 「じゃあ尚更だ。なんで辞めなかった」 なんでって、刹那が大人しく咥えてくれた地点で、辞めるって選択肢は吹っ飛んでたんだよ。 …言えない。そんな言葉を、このティエリアの前では。 「薬もらってきた。…どう刹那は」 「まだ40度から下がらない」 「じゃあ、もうちょっと安静にしてないとだめだね」 貰ってきたという薬と、水が入ったコップをベッドサイドの机に置き、アレルヤはため息をついた。 刹那は風邪を引いていた。 こうなった理由は良く判らないが、熱が高く下がらない。37度や38度の微熱ならば、身体を鍛えている事もあって大した事なく済むのだが、いかんせん熱は40度を超えている。それもどうやら、昨日からずっとおかしかったようだ。 普段、無口な上に、構おうとすると離れていく、懐かない猫のような刹那。 こちらが黙っていれば、逃げる事も無いのだが、それではコミュニケーションも取れない。 昨日も、具合が悪そうには見えなかった。いつもと同じように見えた。まっすぐに歩いていたし、報告書を作成していた時も、食事をしていた時も、何も変わってないように見えたのだが。 「あー…そういえば、いつもよりナカが熱かったな…」 ロックオンがぼそりと言った言葉に、ティエリアが鋭い眼光で咎めた。当たり前だ。 アレルヤも、数度まばたきをした後、何の事なのか判ったらしく、ため息で返す。 「だから子供のお守りをよろしくって言ったんだ」 「…お守りたって…」 椅子の背もたれに顎を乗せて、ため息を吐く。無理だろう、幾らなんでもそこまで面倒は見切れない。 刹那が、自分自身の事に関心が無いのは、ロックオンはもちろんの事、アレルヤもティエリアも判っていた。 あれ程、自分自身を粗雑に扱い、ガンダムという存在へ強い憧れに似た感情。それが刹那の強さであり不安定さでもある事も判っている。 その2つが、刹那が自分で保っている精神の均衡なのだ。 「判ってた、つもりなんだがなー…」 懐かない猫。離れていく刹那。なんとか懐いて欲しくて手を伸ばす人間。 けれど、手を伸ばすたびに嫌われていくんだ。中途半端な感情を向けられるのは不快だといわんばかりの、目で。 それなのに、どうして彼の全ての面倒を見ろというのだろう。 「とにかく。僕はミッションだよ。…ロックオン、君もだろ」 アレルヤが時計に目をやり、ロックオンも、やれやれと髪をかき回しながら立ち上がる。ティエリアが睨んでいた。 「俺が面倒を見ろって事?御免だけど」 「…そー言われてもな。刹那は戦力だろ?とりあえず面倒見ておかないと、熱の所為で余計に馬鹿になっちまうかもしれねーぜ?」 「俺の知った事じゃない。自分の身体もメンタル出来ない人間がマイスターだなんて」 「…そういうな。刹那がどーかなっちまったらエクシアを操れるやつが居なくなる。…それに、だ。ティエリア。その手。どうすんだ」 「……」 ベッドを指さすロックオンの先には、ティエリアの手があり、その指先に絡まっているのは、眠っている筈の刹那の手だ。 知らぬ内に、手近にあったティエリアの手を握ってしまったんだろう。 「こんなの、すぐに剥がせるけど」 言いながらも、ティエリアは手を離さなかった。 それを了承と取って、ロックオンとアレルヤは顔を合わせ微笑む。 「頼むな、ティエリア」 「薬、飲ませておいて」 言うだけ言って、責任を押し付けて、部屋から出て行く。 無責任な2人が出て行ったドアを、ティエリアはしばらく睨み続けた。 おちゃらけたフリをして、本当はカンの鋭いロックオンは苦手だ。この指も、気づかれないようにしていたのに。 強い力で握られた、刹那の熱がうつったように熱い指先。 しっかりとティエリアの指を握ってくる刹那の手は、16歳の、まだ発育途上の少年の手だ。熱にうなされ胸を上下させながらも、本能的に縋ったのがティエリアの指だった。 「…まったく」 刹那に手を握らせたまま、アレルヤの置いていった薬を取り上げて、片手でカプセルを割る。 割って驚いた。これは座薬だ。 「そこまで面倒見きれない」 あけてしまった薬をどうする事も出来ずにゴミ箱に捨て、常備薬しか入っていない箱の中から、通常の解熱剤を取り出す。強引に口の中に錠剤を入れて、水を流し込んだ。顎や頬に水が垂れるが知った事か。 けほけほと咽た刹那が、なんとか錠剤を飲み込んだのを確認して、ティエリアはまだ離されない指先を見つめた。 いい加減に離してくれないと、ティエリアとて暇ではない。仕事がある。いつまでの刹那の風邪に構っているわけにはいかない。 ここまでの高熱者の傍に居れば、うつされる可能性も充分ありえる。 「…君、わがまま過ぎるだろう」 赤い顔のままぜえぜえと息をつく刹那に、ティエリアの声は届いているのか。判らないけれど。 何も無いはずだったのに、身体の開放を与えられ、肉体の温かみを知り。 そうして今も、熱に浮かされるまま、眠り続けている。 これは甘えだ。 甘えであり、わがままだ。 何故、自分で全ての事か処理できないんだ。性欲にしろ追懐にしろ。 自分で処理出来ないからと、さも興味が無いかのように、それを投げ捨てたフリをする。 「ロックオンに甘えるなら甘えきってしまえばいいんだ。中途半端にお情けだけの関係を持って、実際は逃げてばかりいる。だから君は不安定だっていうんだよ」 ほら、こうして握ってくる、この縋る手が証拠だ。 あんなにもあからさまな優しさを貰っておいて、いざ手を差し伸べられると逃げる。 けれど、身体に触れる行為は拒絶もしないで、受け入れて、心だけは硬く閉ざす。 戦闘とてそうだ。いくらエクシアが近距離戦闘用だとはいえ、刹那の特攻は時に無謀だ。何故そんな事が出来るのか。それは援護があると判っているからだ。それが作戦といえばそれまでだが、刹那の戦い方は人に頼ったものになっている。 「それは君の弱さだよ」 人に頼らずに生きてきたこども。 大人になりきれていないこども。 自分の感情から逃げて、押し殺す事でしか捌け口を探せない。 「だから俺に縋られても困る」 握りしめられた熱い手を、ティエリアはゆっくりと剥がし、毛布の中に戻した。 *** 『ねぇ』 ミッションだと示された場所へ飛行中だった。隣接して飛んでいたキュリオスからの通信は、アレルヤからのものだ。 「どうした?」 間もなく現地へ着くというこのタイミングでの通信に、知らず身体に緊張が走った。何かよからぬ事か。 しかしアレルヤの声は少しも緊張味は無い。 『…刹那を、ティエリアに任せてきてよかった?』 言われて、なんだそんな事かと息を吐いた。 「問題ないだろ」 『そうかな』 おや。随分と含みを持たせたような言い方をしてくれる。刹那をティエリアに任せた事がそんなに心配なのか。 『ティエリア、今頃困ってると思う』 「何故」 『僕が渡した薬、座薬なんだけど』 「…………」 『てっきり君がやると思ってたから』 「おいおいおいっ!??」 ちょっとまて、ちょっとまてよ。だから、なんでそうなるんだ!? 俺だから座薬が良くて、ティエリアだとまずいわけか。…それは大きな誤解だアレルヤ! 「俺は別に刹那の尻に興味があるわけじゃないぞ!?」 慌てて訂正を入れる。 『…それは知ってるんだけど。薬、どうなったかな』 「薬よりも、刹那の貞操だろ!!?」 思わず叫んでしまった俺に、アレルヤは今度は無言の抵抗を示した。…おい。こら。 「…いや、あのなアレルヤ。俺が言いたいのはそういう事じゃなくてだな」 『座薬使ってないとしたら、常備薬使ったんじゃないかな』 「ああそうだな…ってそういう事じゃなくてだな…」 あー。どう言ってやったらいいんだろうか。 「そういう話をミッション前にするなよ」 『逃げたね』 「逃げてない。頭切り替えろ」 言葉に詰まった俺に、逃げたと咎めたアレルヤを、今度はこっちが咎める。今はそんな事を考える場合じゃない。 けれど、アレルヤは今度は引かなかった。普段から言いたい事はきっぱり言う男なのだ。アレルヤハプティズムは。 『心配なら心配って言えばいいんだ。刹那の身体が心配って』 「…それこそ馬鹿だろう。風邪ごときで」 『君は、優しいし気も回るけど、言葉も態度も圧倒的に足りない』 「アレルヤ」 言いたい事だけ言って、通信がぷつりと切られた。あ、ちくしょう。 言葉が足りないと。態度も足りないと。 そんな判りきった事を言って、一方的に切りやがった。 そんなの判っているんだ、知っている。自覚している。 刹那の身体だけをいいように使ってると判っている。…けどそれ以上に何をどうしろというんだ。 もう関係を持ってしまった。 それも1度2度じゃなく、何度も。 刹那の性欲処理だという建前で、自分の好きなように抱いている。 理性も摂理もとっくに吹っ切れてしまっているんだ、今のこの状態は。 「どうしろってんだよ!」 通信が切れたコックピット内で叫べば、ハロが反応して喋り出した。それを静かにしろよと音声命令で黙らせて、コックピットモニターに映し出された近隣地図とキュリオスを見つめた。ミッション開始時刻まであと少し。…このミッションが終わり巧く行けば、また紛争は1つ無くなるはずだ。…それを期待して仕事につく。…集中、しなくちゃならない。 大きく息を吸い込んで吐き出し、さぁいくぞと気合を入れたところに、またキュリオスからの通信が入った。強制通信だ。音声が勝手に届く。 『そういえば、このコックピット内の声や行動って録音されてるんだよね。報告書につけて提出しろって言われてた』 「何ッ?!おい、アレル…」 叫ぼうとした途端、また通信がプチ、と切れた。 「あー!こんちくしょうッ!」 いたたまれずに怒鳴ったけれど、静かにしろと言った所為で、ハロは返事もしてくれなかった。 完全な俺の敗北だった。 |