国連軍とソレスタルビーイングが主戦力を注ぎ込んだラグランジュワンでの戦いが終わった、直後。
大破した3機のガンダムから回収されたマイスター達の負った傷は深かった。
運ばれた当初、意識もなく、脈拍も低下していた刹那とティエリアは即座に回復カプセルに収容され、唯一、意識が残っていたアレルヤでさえ、頭部の傷の深さゆえに、カプセル入りを余儀なくされた。
右目は完全に機能を停止し、失った目の眼球の再構築は難しく、数ヶ月の時間を要した。
刹那、ティエリアもまた、完全に回復するまでに、3年という長い回復期間を必要としていた。

『今はソレスタルビーイングも動けないわ。…力を蓄えなくちゃ、戦いも武力介入も出来ない。それは国連軍だって同じよ。マイスターに必要なのは休息と完全な回復だわ』

スメラギ李ノリエガの言葉どおり、マイスターは完全な復活のために、長期間カプセルに入る事となる。


***


ガンダムが地上に姿を現した5年前に始まったソレスタルビーイングの武力介入は、4年前、双方の戦線維持の困難を理由に、一応の終結を見た。
ソレスタルビーイングが被った被害は甚大であったが、それは国連軍とて同じだ。
エースパイロットの多くをなくし、擬似太陽炉を搭載したMSもそのほとんどが大破した。虎の子であるMSを失った国連軍は、新たなる力を蓄えるべく、一時の休戦につく。それと同時に、一つにまとまりかけた3大勢力を纏め上げるべく、平和維持軍の発足も同時に始まる。
一方、ガンダム4機の大破、輸送艦であるプトレマイオスさえ失ったソレスタルビーイングもまた、今までのような武力介入に及ぶ事も無くなった。

つかの間の平和、それがお互いの力の蓄えるための時間だということは誰の目から見てもあきらかだった。
世界は再び戦争に突入する。
力を蓄えれば、すぐに。

「だから、それまでは眠っていていいんだロックオンは」

囁いたアレルヤの言葉が、広くは無いカプセルルームの中に響く。
低く鳴る駆動音、その中心で、一台のカプセルが動いている。
棺桶のような細長い中には、ロックオンストラトスが静かに眠っていた。4年経った今でも、目を醒ますことはなく、変わらぬ姿のまま眠りについている。

「刹那」
カプセルにもたれるように眠りについてしまった刹那の身体に触れても、彼からの反応はない。
深い熟睡に入っている。アレルヤが触れて、その身体を抱き上げても、何の抵抗もないほどに。
彼が、このカプセルルームを知ったのは、つい最近だ。ロックオンストラトスの身体が回復し、あとは身体機能の再開を待つばかりとなった頃、この施設に移し運ばれた所為で、刹那がロックオンの存在を知る事は無かった。

『黙っていてごめんなさい。ロックオンの身体の損傷が激しくて、命を繋ぎとめるのがやっとだった。でもようやく安定したの』

立ち尽くす刹那の前に、カプセルが運ばれる。窓を覗き込めば、そこには良く知った男の顔があった。
息が、止まる。
呼吸さえ忘れ、その顔を見つめた。

あぁ、ロックオンストラトス、だ。

つぶれたはずの目がある。
傷一つない。
今は目を閉じ、眠りについているが、この目はやがて開く。

『彼は生きているわ、刹那』

スメラギに肩を支えられ、その言葉を聞いた刹那の、我に返ったかのような驚きの表情を、アレルヤは忘れない。

それからというもの、刹那が日ごとにこの場所に訪れるようになったのを知っている。
カプセルのロックオンを見下ろし、ただ見つめ続けている。
言葉をかけることも、表情を変える事もなく、ただ、見ているだけの日々。
立ち続けていることに疲れれば、床に座り、まるでカプセルの駆動音を聞くかのように、耳を傾けて眠る。

今日とて、同じだ。
つい数時間前まで、テスト飛行で体力を消耗しきった後だというのに、刹那はここに来て、カプセルの鼓動を聞く。

幾らなんでも、こんな場所で眠っていては風邪を引いてしまう。
刹那に手を伸ばし、身体を抱き起こす。
膝の裏と背中に腕を回し、まるで眠り姫を抱きかかえるようにして、身体を持ち上げる。
ずしりと重みを感じるのは、彼が成長している証だ。ノーマルスーツのサイズが合わなくなったと、ここ数ヶ月でに何度か作り直している。足のサイズ、手の大きさ、胸板、すべてが少しずつ成長していく姿は、カプセルに入ったまま形を変えないロックオンとは正反対のように見えた。

変わらないロックオン。
変わってゆく刹那。

少しばかり大人びてきた刹那の顔を凝視し、カプセルを見下ろす。
小さな窓の先に、4年前と何一つ姿のかわらないロックオンの顔が見える。
もう、目を醒ましてもいいはずなのに。
アレルヤはいまだ目を醒まさない彼の姿を見つめ、眉を顰めた。
医師からは、いつ目ざめてもおかしくはないと言われているのに、カプセルの中に入ったままの彼は依然眠りについている。
再生治療は終わり、身体の四肢は問題なく稼動する。僅かな時間リハビリさえすれば、筋肉とて前と同じように動くだろう。

「…早くしないと、刹那がどんどん変わってゆくよ、ロックオン」

眠り続けている彼は知らない。カプセルに寄り添う刹那を。
聞こえていないと知っていながらも、ロックオンと名を呼ぶ、そのはかない声を知らない。

死んでしまったと思っていた。生きているなんて、どうしたら思えるものか。爆発に巻き込まれ、焼かれて死んだ。生体反応など無かった。宇宙空間に放りだされ、万が一、生きていたとしても、地球の重力に捕まって燃え尽きる。
死んだ。
ロックオンストラトスは、跡形も無く。
燃えて、宇宙の中に溶けて、死んだ。
だから、もう会えない。
だから、もう声を聞けない。
あの声も、あの身体も、あの体温もない。
漆黒の宇宙に、刹那の慟哭が響いたのは一度きりだった。

エクシアから聞こえてきた慟哭を、フェルトとクリスが聞いている。
人を失う事ぐらい、理解できる。
今までどれだけでも見てきた死だ。
人は簡単に死んでゆく。形も残らず、業火に焼かれ、殺意の篭った弾丸に撃ち抜かれて。
そうして挑んだ戦いで、己も傷つき、宇宙を彷徨い、全ての終わりを悟って目を閉じた。

「でも、刹那は生きていてくれた」

アレルヤの胸と腕の中で眠りにつく刹那を見下ろす。
上下する胸の動き、穏やかな寝息。彼が見る夢は、どんな夢か。
中性的な容姿を持ち合わせた刹那の姿は日を重ねるごとに美しく成長してゆく。伸びた四肢は細く、うっすらとしなやかについた筋肉が男のそれであることを知らせるけれど。

「…だから、ロックオン、早くしないと」

告げて、胸の中に収まった刹那をそっと抱き起こした。腕を持ち上げ、アレルヤの唇に刹那の頬が触れるか触れないかの距離まで近づける。

だから、はやく、しないと。僕が。

刹那の髪がさらりと揺れ、唇がひくりと動く。
柔らかな唇に、アレルヤのかさついた唇が近づき、吐息が重なり、唇が触れ合う。
それは刹那の吐息を奪うほどでもなく、また呼吸さえも妨げない柔らかな自然のキスだった。
初めて触れた刹那の唇。
ゆっくりと唇を離した。
刹那、とアレルヤが小さな声を上げる。
と、同時に、小さな電子音が部屋中に響いて、アレルヤは驚いて顔を上げた。
電子音のアラームは、いまだ眠り続けるロックオンのカプセルから発せられていた。