カプセルの開閉スイッチが赤く点滅している。
静かだが、確実に響くのはカプセルの駆動音。それは今までこのカプセルから発せられる事のない音だった。

「…ロックオン?」

驚いた。
まさに今、「早く」と念じていた事が、その通りに。
電子音が止み、ゆっくりとカプセルの上部が動き出す。
ぷしゅ、と空気が出てゆく音が小さく響き、ロックオンの眠る表情が写っていただけの窓が、空気の挿入によって曇る。
ゆっくりとゆっくりと、カプセルの上部が外れてゆくのを、アレルヤは見ていた。胸に抱きとめた刹那に振動を与えないよう、注意を払ってはいるが、指先が緊張に震えてゆくのを感じる。
やがて、ゆっくりとスライドされて開くカプセルの中から、4年間触れる事も出来なかったロックオンの姿が現れた。
カプセルのガラス越しでもなく、触れれば届く、生身の身体が。

「…ロックオン…」

以前と何一つ変わらぬ姿、髪型、顔、形。
病衣の薄布一枚に包まれただけのロックオンの身体が、ひくりと小さく動いた。
アレルヤの胸がドクリと波打つ。

覚えている。
あの日、ロックオンの姿がなかったデュナメスを見つめた事を。
名を呼ぶハロを抱きとめたフェルトの泣き声、声をなくしたクルー、そして泣くことさえ出来なかった、この刹那Fセイエイの姿。
ロックオンが生きていると聞かされた時の安堵感と、身体の大半を負傷しカプセルに入り通しだった彼の姿を見たときの絶望と胸の苦い苦しみ。
全てを思い出しながら、アレルヤは唇を噛んだ。

ロックオンストラトスの姿は、4年前と何一つ変わっていない。
あのラグランジュワンでの戦闘の日の光景と何一つ。ただ変わっているのは、負傷したはずの目は完治し、眼帯も無いところだけだ。

「ロックオン、」

眠る刹那の代わりに、アレルヤは静かに名を呼んだ。
ロックオンが繋がれた計器には、脈拍も体温も、正常値を示していた。異常なものなど何もない。

眠る丹精な表情が、ひくりと動く。
やがて、閉じられていた瞼が、両目そろえてゆっくりと開いた。綺麗な青緑色。
つぶれてしまった右目も、左目と何一つ変わらない。
まるで怪我などなかったかのような。

「…ロックオ…」

ため息のような声が洩れる。
いいようのない感情が胸の奥から沸きあがっていた。

開いた青緑の目は、天井を見つめた後、ゆっくりと眼球を動かし彷徨わせて、やがてアレルヤの位置でぴたりと止まった。目があう。
その数秒後、互いに言葉を言い出せない固まった空気の中で、今度はロックオンの唇が動いた。
乾いた薄い唇が、ゆっくりと開き、白い歯が見え、そして声が洩れる。

「…なんで…」

4年ぶりの声だ。小さな声だった。

「…え?ロックオン?」

聞き返すアレルヤの腕の中で、眠ったままの刹那が揺れた。
今度はロックオンの身体が動く。億劫そうに開いた唇が一度閉じ、しかし次の言葉は、はっきりとした声だった。

「なんで、そんな事になってんだよ…」
「え?」

なにが、と問いかける前に、ロックオンの感情の篭もった低い声。

「刹那だ」
「ええっ?」

言われてようやくアレルヤは胸に収まる刹那を見つめた。確かに居る。ここに、アレルヤに抱かかえられた眠りについた刹那が。

「お前が、なんで刹那をそんな抱き方…、しかも刹那がデカくなってんじゃねぇかッ…」
「そりゃあ…あれから4年経ってるし」
「4年ッ!?」

カプセルに入っていたロックオンは自分の置かれた立場がわかっていないらしい。
身体を起こそうとして、それが酷く困難な事だと判ったらしい。自分の上半身を持ち上げようとして腕が震え満足に動かす事も出来ず、腹にも腕にもロクに力が入らない。

「無理しないほうが」
「っ…!」

アレルヤも手を差し出そうにも刹那が眠りについたままだ。どうすることも出来ない。
それでも、足掻くように起き上がりながら、ロックオンの目線は、部屋の中をきょろきょろと彷徨わす。
起きたばかりだというのに元気な事だ。アレルヤは肩の力を抜いた。どうやらカプセルの治療は完璧だったようだ。

「…ここ、はトレミーじゃないのか」

あたりを見渡し、何もない部屋の中の医療器具を見つける。

「トレミーはもう無いんだロックオン」
「…沈んだ?」
「君が居なくなった後でね」
「そうか、」

静かにロックオンが告げる。

「そりゃ…4年も寝てたんならな」
「うん。助かってよかった」
「…そうか、あのあと」
「ロックオンは宇宙を彷徨っていたんだ。けど見つかった。運がよかった」
アレルヤが、ロックオンに望む答えを与えた。
4年前、彼がデュナメスだけを残し、かえることのなかったあの日のことを。
悲嘆に暮れるトレミーのクルー。
救出に、間に合わなかった刹那。
深手を負ったマイスター。沈んだ母艦。

「君は、宇宙を彷徨って、心拍も停止した状態で凍り付いていた。カプセルに入ったけど、助かる確率は低かった。…本当に運がいいね、ロックオン」
「あぁ…人生の運を全て使い果たしたかも、な…」

ようやく上半身を起こす事に成功し、筋肉がロックオンの思うとおりに動くようになったのを確認して、足も床に下ろした。立ち上がる事はまだ出来ないが、筋肉は動いてくれる。

「…でも、起きるのが遅すぎたね」
「え?」
「4年も掛かるなんて。状況は変わってる。…ロックオンが驚くぐらいに」
「だろうな。ソレスタルビーイングはどうなってる」
「…話す事が多すぎるよ。こんな状態で僕に何を話せっていうんだ」

笑うアレルヤの笑顔が苦い。
もしかしたら、彼は泣きたいのだろうかとロックオンは思った。心優しいアレルヤ。彼の心根は変わっていないのか。それが嬉しくもあり、けれど今この状況に納得も出来ない。
なんといっても、アレルヤの胸の中には、あの頃よりも随分と大人びた刹那が眠っているからだ。

「…とりあえず」

アレルヤが上半身をかがめた。ロックオンが考えている事が手に取るようにわかった。
彼の目線が、刹那の寝顔に固定されている。

「ロックオン、腕」
「え?」
「はい、君のだよ」

伸ばしたロックオンの腕、刹那の身体を乗せる。

「うおっ?!」

ずしっと感じる重みに、目覚めたばかりのロックオンの筋肉が悲鳴を上げた。
力を抜けば、腕が落ちそうになる。
リハビリも何もなく、こんな事をさせるとは!
いやそれよりも、刹那を渡されたのはいいが、しかし!

「…ちょっ、お、っ…俺のって、お前!」
「じゃあね、ロックオン」
「おいっ!お前な!アレルヤ!」
「そのぐらい、ロックオンがやるべきだ」
「そうかもしれねぇけど!…お前、ちょっ、性格悪くなってないか!?」

そうそれはまさにハレルヤのように。
部屋を退出しようとしたアレルヤがひたりと止まり、僅かな時間を置いてくるりと振り返った。ロックオンの目に映ったのは、金色の目と銀色の目だった。

「ハレ…、」
「違う」
「っ…?」

振り返ったその表情。
不機嫌そうにゆがめられた口元。
まさにハレルヤだった。

「…お前、まさか」
「じゃあ、ロックオン。あとはよろしく」

しかし、金色の目は一瞬で隠れ、残されたアレルヤの顔をした彼は、にこりと微笑んだ。
メディカルルームのドアが開き、アレルヤの姿が消える。

「…あいつ…」

囁いたロックオンの腕の中で、刹那は静かに眠っていた。