『刹那はずっと待ってたんだ、ロックオンを待ってた。』

アレルヤの言葉を思い出しながら、膝の上で眠りについたままの刹那を見下ろす。ふいに触れたくなって、手を伸ばして幾分か長くなった前髪に触れ、目にかかる髪を払えば、知っている刹那とは変わった寝顔があった。

(何時の間にこんなに成長したんだよ…)

まつげはこんなに長くなかった。
鼻筋ものびたと思うし、唇は薄くなった。
まだ目を開いている姿を見ていないが、おそらく子供のようだった大きいばかりの瞳はもうないのだろう。

それが、ロックオンが眠っていた時間の長さを証明させる。
思い知るのは刹那の成長があったからこそ。

回復しきれていない身体で、刹那を抱きとめ続けている事が出来ずに、カプセルのベッドへ刹那の身体を下ろし、膝の上に刹那の頭を乗せた。

『刹那は待っていたんだよ。すっと。』

待っていた。…刹那が。

(…本当かよ…?)

ロックオンが覚えている最後の刹那の姿は、エクシアに向かう後ろ姿だった。
いつも一人で凛と立って、自分の敵を正面から見つめあう。
自分の考えを曲げもしないで、ただ前ばっかりを向いて後ろを振り返ることをしない。

(いや…)
後ろなんて振り返る事が出来ないんだ。あいつは。

振り返るなといったのは俺だ。
あの海に浮かぶ孤島で、戦えと刹那に告げた。
言葉の全てと己の過去を受け止めて、実行したのは刹那だ。
死ぬのは楽な事で、何もかも失う覚悟さえ出来れば、死は酷く優しいものだった。…それを許さずに覚悟して、向かった刹那は誰よりも強かったのだろう。
死に甘えて、エゴに向かったのはロックオンストラトス、自分だった。

(…こいつは最後まで戦ったのか…)

だからこそ、生きている。
死に永らえた自分とは違う、確かに成長したのがその証だ。

もう一度、髪に触れて一房を持ち上げる。黒髪はさらさらとロックオンの手の中で流れてゆく。
肌に触れればあたたかい。
生きている証のあたたかさ。

ふいに刹那の身体がひくりと震えた。
目覚めるのか。
揺らいだ刹那の目を見つめた。
やがて、ゆっくりと瞼が開き、変わらない濃茶色の目が現れる。
焦点の定まらなかった目が、ロックオンの姿を捉えても、刹那の目は蕩けたまま、まるで現状を理解していないかのような不安定さで、ロックオンを見つめた。

「刹那」
名を呼べば、刹那の目がひくりと動いた。
口がかすかに開き、赤い舌が僅かに見えた。
けれど、言葉はない。
ただじっとロックオンを見つめるだけだ。

「…刹那、」
もう一度名を呼び、今度は頬に触れた。寝起きの高い体温、以前と変わらぬあたたかさがそこにある。
…確かに、あたたかい。

唇が、そっと動いた。
空気さえ壊さぬほどの静かな声。

「…ックオン、」

「ああ、そうだよ」
「夢…?」
「はは、夢か。…そうかもな」

夢、みたいだよな。
だって、俺達生きてる。
生きて、触れているんだ。


***


「ロックオン」
「あぁ」
「ロックオン」
「刹那」

何度呼んでも、帰ってくる声。
カプセルの中で眠っていた姿を見下ろしていた。ずっと見下ろしていた。
今は、こうして見下ろされている。

「…刹那」

閉じられたままだった、瞳が見える。
聞くことはなかった、声が聞こえる。
後頭部に触れるこの感触は、ロックオンの肌のあたたかさか。

手を伸ばし、ロックオンの頬に触れ、さらさらと流れる薄茶色の髪に触れる。
くすぐったいのか、微笑みだけを残して、青緑色の瞳が静かに閉じられた。
「…っ…」
髪に手を入れ、引き寄せた。
もっと近づいて、もっと、もっと、…そして。

触れ合った唇は、やわらかかった。
唇の全てを触れ合うように、覆い尽くすように触れれば、確かに返されるキス。
唇を舐め、吐息を分け合うようなキスを繰り返し、ゆっくりと唇を離せば、困ったように微笑む瞳がある。

「お前から、キスを誘うようになるとは思わなかった」

何時の間にそんな風に成長したんだと、苦笑まじりに笑ってみせた表情で、今度はロックオンが刹那の頬を取り、おかえしとばかりに絡みつくようなキスが降って来た。
目を閉じて受け止めれば、あの頃と何も変わらないキスが確かにここにあることが判る。

あぁ。
ここにいる。
ここに。

手が震えた。
間違いなくここに、ロックオンストラトスがいるのだと理解した途端、身体中が歓喜に震えて止まらない。
病衣に手を回し、背中を抱き締める。引き寄せようと身体中の力を入れているのに、引き寄せられない。震えているからだ。力が入らずに空回る。

「大丈夫だ、刹那、焦らなくていい」
「…っ」
「ごめんな刹那、…待たせたな。…酷く長い間、待たせた」
「…ックオ、…」

ロックオン。ロックオン。
抱き寄せられて、そのあたたかさを身体全てで受け止めて、息を吸い込む。変わらない。…何一つ、変わらない。

ロックオン。
俺は戦った。戦ったんだ。
エクシアは破壊されて、太陽炉しか残らなかった。
この身さえ粉々になったと思っていた。
でもアンタが戦えと言ったから、だから戦って、失って、何もかも失くしたら、心だけが、何も残らないからっぽになっていた。
それでも生きていたんだ。
だって、言わなくちゃいけない言葉があったから。
ずっと待ち続けていたから。
ロックオン。…アンタに。


「おかえり」

と。