傷つけあうぐらい 愛してた 夢は絶望になった 知らぬ内に 唇のあたたかみが触れると同時に、まるでむさぼりつくように唇を重ね合わせたくなる自分を抑えるのに必死になったのはいつからか。 覚えていないほど前の事なのか。いや、そんなはずはない。 きっと、徐々に体内に浸透して自覚さえ生まれなかった所為だ。 ぬちゅ、と音がした唇の角度を変える。ぬるりと舌が触れ合って、出していた舌先が顎に触れた。眉を僅かに顰めて粗相をやり過ごし、もう一度咥内に舌を差し入れた。 キスの仕方など知らないとばかりに、タイミングさえ読まない。 唇が触れてから初めて差し出される舌も、唾液を飲む仕草も、まるで初心な少女のようでロックオンはそのたびに体内で笑った。なんて茶番だ、身体は腐る程に抱き合っているというのに、今更にも程がある。 たかがキスだ。 唇を合わせるだけの行為だ。 セックスよりもずっと簡単で、この程度のキスならジュニアハイスクールのガキだってもっとまともにやってみせるだろう。 跳ねた黒髪を両手で掴む。地肌に触れる程に強い力でひき寄せれば、まだ幼さが残る身体がひくりと震えた。 ほら、まるで処女のようだと苦笑を交えて唇を離す。 「お前、本当にキスが下手クソだな」 唇を舐めながら、笑いを含んだ声で囁かれて、それがどうしたと無言で返す目が強い。 「んな目で見るんじゃねぇよ。ほら、慣れろって」 そうして、舌だけを差し出す。 唇は触れ合わせず、刹那の目の前に赤い舌だけ差し出せば、僅かに顎を引いて拒絶を示すが、頭を引き寄せればいやいや答えるように、ちろりと舌を出した。 こんなのはキスにもならない。 唇さえ触れ合っていない。 宙で、舌と舌だけを出し、はしたないばかりに先っぽを絡み合わせている。唾液が滴り落ちて、二人の間に糸を引いて落ちた。 刹那の頭はロックオンが抑えている所為で、顔と顔がそれ以上近づくことはなく、ゆえにキスが触れ合う事もない。 舌先だけのキスがしばらく続いた。 唾液がぼたりぽたりと落ちる。 刹那に、キスというものを教えたのはロックオンストラトスだった。 ぬるぬると唇と舌をあわせるだけの行為だと思っていたものがキスだと知り、そしてそれが酷く甘いものだという事も知った。 「…刹那、本当はキスをしたんだろ」 ちゃんと唇が触れ合うキスを。その証拠にほら、 「お前の頭が動いてる」 ロックオンが押さえていなければ、触れ合ってしまう唇。 無意識の行動に、刹那の眉間に皺が寄った。 「したけりゃすりゃいいじゃねぇか。ほら、お前からしてみろって」 刹那のクセ毛からぱっと手を離し、笑ってみせるロックオンを睨む。効果はなかった。わずかに肩を竦めたぐらいだ。 これ見よがしに唇を見せ付けられ、ほら、ほしいんなら吸い付いてみせろという。 なんて意地の悪い。 「……」 刹那の手が伸びた。しかしそれはロックオンの上半身ではなく、下半身に。 「…キスじゃなかったのか」 うるさい。 キスをしてもイけるわけでもないのは知っている。だったら。 「ならしゃぶって見せろよ刹那」 むず、と掴み出し、口を開けてくわえ込んだ途端、ロックオンの手が、再び刹那の髪に絡みついた。 「今度はちゃんと、な」 言葉を耳で受けながら、徐々に大きくなっていくそれに、刹那は大きく口を開けた。 生暖かく脈づくそれが口の中、奥深くへと入ってゆく。ずぶずぶと埋めて、つつつ、と引く。 その度に、硬く大きくなっていくそれを確認しながら、再度口の中に招き入れる。 先端の皮のたるんだ部分に舌先を立てて刺激しながら、根元を指で動かす。足の付け根、皮膚の僅かな隙間。この男の感じる場所を知っている。 ロックオンは喘ぐ事もない。刹那の髪に絡む指の力が僅かに強くなるぐらいだ。 それもセックスの回数を重ねたと同時に、慣れてしまったらしく反応さえ返って来ない事もある。 マンネリになるのは嫌なのだと、ロックオンは笑うが、それでも刹那の口淫で感じてくれるのは確かだ。まだロックオンを喜ばせることは出来る。 「もういい刹那」 顔をぐいと持ち上げられ、出していた舌先から唾液が落ちる。 勃起したロックオンのそれに滴り落ちて、刹那は目線をロックオンの青い眼へと移した。 キスは、もうされない。 この唇は汚いものだと思われているからだ。 「今日は前からでいいか」 問う言葉ではなく、自分に言い聞かせるような言葉だ。刹那の足を抱え上げ股間を押し付ける。ぬるりと唾液に濡れたソレをまだ硬い穴の入口へ押し付けるようにして塗りこめ、刹那が息を吐くタイミングを見計らって一気に突いた。 「…っう、…!」 背中を仰け反らせたのは刹那だけだ。声を上げたのも。 ロックオンから聞こえたのは薄い息遣いだけ。 目を見開けば、ロックオンの姿がある。腰が動かされる度に薄茶色の髪が揺れていた。 青い眼が、ふと刹那の表情を見、しかしすぐに目線はそらされる。 (あ…) 伏せられた目、閉じられた唇。 …あぁ、ついさっきまではあんなにも唇は絡み合っていたのに。 本当は。 …本当は、この男の唇が、好きだった。 両手も好きだ。いつも嵌められたグローブ。あれが外される瞬間がとてもとても好きだった。 砂漠の土地にはなかった、白い肌も、青い眼も。 つかみたいと思った。 この男の肌を。魂を。心を。 手にしてみたい。…掴みたくて無意識に伸ばしたその手はゆらゆらと宙を舞って、ロックオンの肌に届く事はない。 「刹那」 ずくずくと腰を動かしていたロックオンが、刹那を見下ろす。揺れている手に気付き、ふと笑って、揺れる手を取り上げて、握りしめる。 「…ぁ…」 触れた、あたたかみ。満たされる。 宙を掴みきれなかった手は、ロックオンの中の中に収まって、胸の中心に小さな火がともったように、ぽぅ、とあたたかくなった。 「ゆらゆらさせてるんじゃない刹那」 「…ックオ、…」 「この手は、シーツでも掴んでろ」 伸ばした手は、白いシーツの上に落とされ、触れていた手は離れた。触れるほどの近かったロックオンの上半身さえ、起き上がってもう手を伸ばしても届かない。 「……あ…」 ずん、と深い衝撃が身体の中心に響いた。脳天から爪先までをかけめぐるような鋭い衝撃に、刹那は思わず身体を強張らせて耐えた。衝撃は一度で終わらない。 続くのだ、この衝撃は。どれだけでも、ロックオンが終わりだというまでは。 「ぁ!…あ!」 挿入されるたびに、声が溢れた。止めようもない。喉の奥、いや、腹の底から湧き上がってしまうような声だ。痛みと強烈な刺激に頭のてっぺんが痛みを訴えてくるほどに。 ロックオンの腿の上に乗せられた刹那の細い腰は、両手で持ち上げられて固定され、スライドさせるようにずりずりと動かされて逃げる事も拒む事も出来ない。広がりきった尻の孔がぐぽぐぽと音を立てる度に酷い激痛が走った。挿れている箇所も痛いが、それ以上に身体の内部を破壊されるような衝撃が辛い。 「…あ、…ぁ、あ…ぁあ…」 苦しい。呼吸さえ出来なくなりそうな酷い痛みの中で、喘ぎ声だけが洩れてしまう。熱い息が刹那の口からついて出る。 ロックオンの肌へと伸ばしたかった腕は、シーツに絡み付き、白い布地を力任せに引き寄せる。破ってしまいそうなほど、強く強く。 「捕まってろよ、ちゃんと」 言われた言葉を頭の奥深くで聞く。…ああそうだ、捕まっていなければ。人の肌ではなく、体温ではなく、すがりつくものはそんなものじゃない。 許されていない。必要とされていない。 そんなもの、この男と初めてセックスをしたときから判っていた。 人を求めてはいけない。その「人」というものを殺しているのは自分だ。人を殺して生きている。幾百人、幾千人もの人を。 捕まるのは、シーツだ。この男じゃない。 「…そうだ、…ちゃんと持ってろよ…」 そうしないと、流されてしまうから。たどり着く目指していた場所と、違う所に行ってしまうから。 目を閉じた。 目に映るロックオンの青い眼を、もう見ていたくはなかった。 どれだけ手を伸ばしても手に入れることの出来ないもの。 胸の奥で燻るこの気持ちを吐き出す事は出来ないもの。 気付かなければ良かったのに。 …気付いてしまった。その気持ちを忘れたい。 忘れたいから、目を閉じた。 目を閉じ、声だけを聞く。 この男は他人だ。ただ性欲を吐き出す相手だ。 けれど、ならばなぜ、今こうして身体を合わせることを許されてるのだろう。 アンタの家族を奪ったのは、俺なのに。 なぁ、本当は、アンタ、俺をどれだけ憎んでるんだろう。 閉じた瞼の奥に、かすかに痛む何かが生まれても、刹那はそれさえまぼろしだと言い聞かせて目を閉じて耐えた。 贖罪の終焉は、もうまもなく、くる。 |