ジジジ、と明かりの周囲を五月蝿く飛び回る虫の下で、サーシェスという男とセックスをしている。

…セックスというよりファックだろうか。
壁に押し付けられた背中、服はずり落ちて、身につけていたはずの白い服の上に、尻の孔から垂れた精液がぼたぼたと落ちている。
足は高く抱え上げられ、地についていない。両足ともだ。
僅かでも身体を捻れば筋肉さえ傷めそうな体勢で、それでも快楽を手繰り寄せようと足掻く自分が滑稽で仕方ない。何をやっているんだ、俺は。

「どうした?もっと鳴けるだろうがよ、お前は」
「…うっぁ!」
骨を突き破りそうな苦しみ。腰骨がぎしぎしと音を立てて割れていくよう。反射的に逃げようとした背中は、壁に擦り付けられて皮膚が裂けそうになった。
「ぁ、あ、ああ、…あ、あっ、」
腰が入る度に声が洩れる。甲高い声が止め処なく流れ、そのたびに唾液が顎へと落ちてゆく。
苦しいのに、痛いのに、どうしようもないのに。
なんで、こんなにも気持ちがいいんだ。
…こんな痛みばっかりのセックスの中でどうして。

全部失った。全部持っていかれた。
愛、のようなものを分け与えてくれたあの男さえ殺してしまったのに、それでもどうしても。

「お前は虫だな」
「…っ、は…?」
言われた言葉を理解しようと頭を巡らすけれど、意味を飲み込めない。
思考は全て喘ぎ声となって喉から出てゆく。こんなセックスの中でまともな事など何一つ考えられるものか。

「虫、だって言ったんだよ、お前は。…明かり一つ向ければそこに戯れる、よわっちい虫だ」

そうかもしれない。
あぁ、そうかも。親から生まれ、神を崇め、全てを投げ出した。命さえ。
やがて、親を捨てて神を捨てて、そうして全てを失った自分が求めたのは、唯一の力だった。
太陽を求めて、あの光に手が届かないと判れば、手近な光を目指す。けれどそれは、触れてはいけない光だった。
ジジジ、と明かりに戯れる虫が、ジュッ、という小さな音と共に燃え尽きて落ちた。

「あ、あ、ああああっ…!」
一際深く、突き刺すような痛みの抽送に、しがみ付いていた手が離れた。かくりと喉が仰け反り、後頭部が、ゴリ、と音を立てて壁にぶつかる。
それでも角度を変えて揺さぶられるから、喉からは、「あーあー」という赤ん坊のような鳴き声だけが響き、唾液も涙もぼたぼたと落ちて、髪に吸い込まれて沁みてゆく。
しがみ付いてるはずの腕は、サーシェスの首後ろで、赤い髪と共にゆらゆらと揺れていた。
なんて酷い有様だ。

身体中の力が抜けて、抵抗一つ出来ない中で、ただ壁とサーシェスに挟まれてセックスをしている。
力など入らない。
孔に出された精液がぼたぼたと落ちる。とめどなく、どこまでも。
声も、身体も、何もかもが自分の思うままにならない。それなのに、目だけが。この頭の中だけが。鮮明にいま自分がしている事を映し出す。
乱暴にただ孔の中に受け入れているだけ。
身体を差し出しているだけ。
他に、この男に何を差し出せるっていうんだ。何もかも差し出してしまった。
あぁ、そうだ。いのちだって、身体だって、なにもかもすべてを。

ほら、屋根にぶら下がる、あの明るすぎる灯りに惹き込まれた、いくつもの弱い弱い虫のように。

「…あ、ぁ、ああ、ぇあ…あ、…」
「きたねぇガキだ」

ドクッ、と吐き出された精液が、開ききった尻の孔から流れ落ち、床に水溜りを作って服をぐちゃぐちゃに汚した。
体内のものを全て吐き出す孔。どろどろと濁った色が流れ落ちて、サーシェスはきたねぇと鼻を鳴らす。
繋がっていた凶器が、ずるりと引き抜かれたと同時に、力を失った身体が、がくりと床へ落ちた。

びしゃびしゃになった水溜りの上に倒れこむ身体に、上から残滓がかけられて、身体中が汚れに満ちる。
泥に塗れた靴が、すうっと目線の高さに上げられ、それを何とはなしに見ていると、顎に靴先がかかり、顔が上がる。
喉奥を爪先で押し込まれて喉が詰まる。
白く染まった顔を見る、サーシェス。
「ぁ…んた、…が、…」
「ああ?」
「あんた、が、…」
「聞こえねぇな」
「ぐっ…!」
顎にかかった爪先が、深く喉奥にめり込む。そのまま喉の感触を楽しむように、靴裏で喉を押し込んだ。
サーシェスの香り尾は何一つ変わらない。
「っぐ、が、ぁ…!」
気道を塞がれて、呼吸が出来ない。胸がひくひくと痙攣した。サーシェスの足へと伸ばそうとした手は、力を失って地を彷徨い、塞がれた喉は抵抗の言葉さえ出ない。
「…ぁ…あ、がッ…げえっ…」
堪えきれず、湧き上がる嘔吐感のままに口の中にせりあがったものを吐きだした。
どろりと粘ついた白い精液と体液が、どろどろと口の中から溢れて止まらない。食事など与えられたことはない。喉から出るのは体液ばかりだ。
サーシェスの靴を汚し、胸を伝って床へと流れ落ちてゆく。
「…っあ、…あ…」
そうしてようやく喉から離された足が、ゆっくりと去っていくのを、薄くなる意識の中で確かに見ていた。


虫だ。
俺は、火に、光に、群がる虫だ。
あれに飲まれれば、行く先など決まっているのに。
それでもあの熱を、あの光を、知ってしまったから。

「アンタしか、いないんだ…」

囁いた声は、倒れこんだ精液の水溜りの中で、苦く響いただけ。薄れる視界の中、光を求めて地に落ちた虫が、羽をかすかに動かして果てるのを、見ていた。