刹那はセックスの時、とても辛そうな顔をする。
苦しいって表情に出ている。
大丈夫…?って聞けば、大丈夫だって途切れ途切れに答えるけど、どうみたって平気そうじゃない。
たぶん、僕とのセックスは刹那にとってすごい負担になっているんだ。
挿入する時は、ぎゅううと目をつぶって、シーツを握りしめて耐えているし、動いたら動いたで、声もないぐらいに顔を真っ青にさせて震えている。これって絶対に辛がっていると思う。セックス、刹那は嫌いなのかな。僕はそれを無理矢理にやっているのかな。…ねぇ、…どう思います?

「どうってな…」
問われたロックオンは困り顔で首を傾げた。濃い色のグローブが頬に乗っている。目線を逸らされながら、「おまえらの悩みはそんなことなのか」と口の中で呆れたように呟く。聞こえてます…ってか、唇は読めますよ、ロックオン。

「でも、刹那が僕とのセックスがイヤっていうなら…」
辞めたくないけど辞めるしか…。言おうとして言葉を飲み込んだ。
刹那と恋人同士をやめなきゃいけない?ああいやだな…そんなの。刹那を身近で感じられるせっかくの行為なのに!
セックスをただの性欲処理だと思うのは嫌だった。だって刹那は僕にとって、たいせつなたいせつな人だ。だからこそああして裸で身体を繋げる行為はもっと大事にしたいし、刹那をもっと知るためには一番判りやすくって。だってセックスをすると、機嫌とか体調とか悩み事とか、全部手に取るようにわかるから。
でもそれを刹那がイヤがっているのなら…。

「そんなに自分の行為に自信がないのかお前は」
ずーんと沈んだ僕にロックオンはデコピン。いたっ…。
額を押さえるけれど、ロックオンはむっつりした顔をしている。
自信がないのか、なんて…。
「あるわけないよ…」
「まさか刹那とヤるのが初めてか」
えっ、ロックオンなんて事聞くの!
でも、相談を持ちかけたのは僕だったから、ロックオンの問いに答えないなんて卑怯な事は出来ない。額を押さえていた手で赤くなってしまっただろう口元と頬を押さえながら、しどろもどろで答えた。
「…えっと…男の人を抱くのは刹那がはじめてで、」
「ふうん。抱かれたことは?」
「あ、あるわけないよ!」
全力で否定する僕に、ロックオンは、あー、と声を出して後頭部を掻いた。
なんて事を聞くんだろう!男の人を抱くなんてそう簡単に出来るもんじゃない。僕だって刹那を抱くのにどれだけ迷ってどれだけドキドキしたか!…あぁでもあれは刹那だったから、なのかも。だって刹那のことがとてもとても好きだから。
ロックオンは、僕の顔を見つめ、なんだか悲しそうに眉を曲げた。
「経験が無いのか…。そりゃあまぁ…しょうがない…かぁ…」
「経験って…だってそんなの誰とでも出来るわけじゃないでしょう…?」
「お前はそういう純粋な考え方ってことだよな」
「…え?」
ロックオンは苦く笑った。
その表情と仕種で、ロックオンはどっちも経験があるのだとわかってしまった。
そ…そっか、そうだよ、ロックオンはとても綺麗な顔をしているし、すらりと背の高い美人だ。きっとこの人をほしがる人は沢山いるんだろう。女の人も男の人も。
そういう目で見れば、たしかにロックオンは魅力的だった。
綺麗なひとだから。

僕がそんなじろじろした目でロックオンを見た所為だろうか。
無粋な目も受け止めてみせたロックオンが、さらりととんでもない事を言った。

「俺を抱いてみるか?」

って。…えっ、…っと?

「……は?」

待って。どういう意味?
僕が、ロックオンを抱くってこと…?
えっ、それって…?

「だから、俺をお前が」
「……う、うん、判るけど、な、なんで?えっ、ちょっとまって、なんで僕がロックオンをだ、だ、抱くって…えええ!?」
「だから、お前が嫌われてるかもしれないって思ってる刹那の反応は、実はセックスならフツーの一般的な反応なのかもしれないだろ?…いや、でもお前は好きでもない相手とはセックスなんかしないんだよな。わるい、忘れてくれ」

そういってさもなんでもない事のように笑った。
冗談冗談って言いながら、ロックオンは席を立とうとする。
「ま、待って…!」
僕は思わずその手を握った。
セックス、ロックオンと。…したいとかしたくないとかじゃなくて、その時の僕は、刹那との関係が上手くいくなら試してみようって考えていた。だって刹那と会う前は、女の人なら抱いた事はあったから。…今更不義理も何もないよね。
相手はロックオンだし、僕と刹那の事も判ってくれてる。だったらいいかなって思った。
握りしめたロックオンの手に力を篭めた。

「お、お願いします」



***


……アレルヤ。
とりあえず、これだけは言っておく。

悪かった。俺が悪かった。すまない。

あぁそうだよな、おまえは純粋なやつだったのに、ちょっとの助言と気の迷いで抱いてもいいぜなんて言った俺が馬鹿だったんだ。こんな事していいことじゃなかった。…今まで散々男や女を抱いたり抱かれたりしていたのに今更だとは思ったが、いや…お前があまりにもまっすぐに俺を見てくるから、半分からかうつもりで、つい。
だから俺が悪かったって、ホントに悪かった。

シングルベッドの中、180オーバーのガタイのいい男が二人、覆い被さるように乗りあがってる。
俺はベッドに突っ伏して、息を整えるのに必死だ。あぁくそっ…たった1度や2度イッただけでこの有様。
ちくしょう、刹那、お前すげぇよ…。
こんなのを受け止められるだけ刹那はスゴイと思った。
アレルヤが「いつもどおり」のセックスをしているだけで、俺の身体はズタボロだ。ピストン運動を繰り返している孔の入口は、とっくに擦れてヒリヒリしていてたまらない。受け止め切れなかったわけじゃない。コイツのがデカすぎるから。

「ロックオン、僕のやり方がわるい?」

アレルヤは実験結果が聞きたいらしく、俺に答えを促す。
あぁ、そうだよな、お前はそれが知りたいだろうな。
率直に言えば、悪くはない。悪くはないんだが…。

「あー…いや、…」
言葉を濁すと、アレルヤは、ふにゃりと顔をゆがめた。

「ロックオンも刹那みたいなことゆうんだね。僕から目もそらす」
「いや、これはだな…」
言えるわけがない。おまえが立派過ぎるから刹那か痛がってるんじゃないか、なんて。
尻がひりひりしてたまらない。しばらくぶりに抱かれたとはいえ、この体はセックスに免疫があるし慣れている。それなのにこの有様だ。

「やっぱり僕がダメなのかな…」
まるで捨てられた子犬のように見つめてくるくせに、しょんぼりと長いまつげを伏せる。
アレルヤの目線から逃げたかった。その為にはこのベッドを逃げ出す他、なかった。
ベッド下に散らばった下着に手をのばし、パンツを履く。

「ねえ、ロックオン…」
聞くな!俺にどうしろっていうんだ!
悪かった。俺が悪かったから!
「…アレルヤ、俺はアドバイスはできそうにない」
「えっ、なんでっ?ダメならダメって言ってくれたら僕は…!」
「いや、だからダメなわけじゃない」
「だったらなんで!」
言えるか馬鹿!
「……強いて言うならアレだ。…刹那と相談しろ、って事かな」
「なんですか、それ…」

答えになってない。
アレルヤがあからさまに不満足げな表情を向ける。
それでもこれ以上何を聞かれも答える事は無理だと思った。逃げるに限る。
さっさとジーンズを身につけ、ベルトを通す。靴、靴はどこだ。

「ロックオン…」
だからそんな声を出すな!くそ、指が震える!
アレルヤが全裸でベッドの上から憎らしいげに見つめた。
「とにかく、刹那と納得いくまで話すしかない!俺が言えるのはそれだけだ」
「ロックオン…」
上着はどこだ。ああ、あった。
立ち上がろうとして、腰から力が抜け切っている事に気付いた。…1度や2度ヤっただけでこれかよ…。
しゃんとしろ、と自分の身体に無理矢理言い聞かせて、それでもゆっくりと腰にダメージを与えないように立ちあがった。上着を拾えた自分を褒めてやりたい。

「あと、このことは刹那にいうなよ!」
いえるわけないよ、
アレルヤが返そうとしたまさにその瞬間、あけようとした部屋のドアが、ぷしゅっと開いた。
「なっ…」
「えっ?」
「……」
ドアの外で佇んでいた少年は、まさしく俺とアレルヤが噂していた張本人だった。
その赤茶色の目が、全裸でベッドに横たわるアレルヤと、ジーンズを身につけただけの俺を交互にゆっくりと見つめた。
その間に、背中に流れたのは冷や汗で、すぅーっと血の気が下がっていくのを感じるには充分だった。

「せ、刹那…、これはな、…ええと」
時間が固まったかのように感じた。
やがて弾かれたように通路を駆け出して逃げ去った刹那を、アレルヤも俺も追うことはできなかった。
あまりの事態に、身体はうんともすんとも動かなかったからだ。

「…アレルヤ」
「は、はい」
「なんでドア、鍵かけなかった…?」
静かに告げる自分の声が、恐ろしいとさえ思った。

その後、アレルヤと刹那が仲直り出来たかどうか、俺は知らない。