ゴウンゴウンゴウン。 低い音を立てて廻る乾燥機から眼を離す事なく見つめる刹那。その後ろで、ぶっかりと白い煙がのぼった。煙草だ。 外はあいにくの雨で、だからこそこのコインランドリーというものが重要になるのだが、夜も遅い所為か、コインランドリーに人は居ない。 アレルヤと来たはずだったのに、いつの間に入れ替わったのか。 ハレルヤが吸う煙草が、石鹸のにおいに包まれたコインランドリー内に浮かんでいる。 ゴウンゴウンゴウン。 20台近くあるランドリーで、ただ1台稼動している乾燥機。中に入っているのは、4人分の洗濯物だ。 数時間前。 それは唐突に響いた、ロックオンの叫び声が発端だった。 「あ----!」 激しい声と共に、すばやくダッシュしたロックオンが、ベランダの窓をカラカラカラと開ければ、雨に濡れた4人分の服があった。 「うわまずいなこれは」 「どうしたの」 頭をかくロックオンの隣で、アレルヤが顔を出した。夜の雨を見上げて、寒いねと一言つぶやく。 「まいった明日着るものがない」 「え!全部洗っちゃったの?」 「洗濯は一気にやった方がいいだろ」 ただでさえ、取るものとりあえず地球に降下して、金のない生活を送っているのだ。少ない衣類を洗濯でなんとか回して着ていたのに、大量に洗濯をしていた事を忘れていた。 「仕方ないな、おい刹那。コインランドリーいってきてくれ」 「……?」 ちゃぶ台でホームワークを片付けていた刹那が何の事かと首をかしげる。コインランドリー。聞きなれない言葉だ。 「いいよ、荷物も多いし僕もいこう」 「そうか?じゃあアレルヤ、刹那と頼むな」 「了解」 とりあえず、朝までに乾けばいいから、と500円玉を1枚渡されて、アレルヤと刹那はコインランドリーに来ていた。 …はずだったのに。 「あと何分かかるんだ」 ハレルヤの声に、刹那が洗濯機上部に出ていた電光の数字を読む。 「……4分」 「乾くのか」 「わからない」 「お前が見てるだけじゃ、乾かないぞ」 がらがら廻る乾燥機を一心不乱に見つめる刹那。 小さな椅子に腰掛けて洗濯機を見つめる刹那の背筋が伸びている。姿勢がいい。 コインランドリーなんて初めてきたよ、とアレルヤが言っていた。 その言葉が幾分か楽しそうだと思った。2人で両手にたっぷりの洗濯物を抱えて、夜の雨の道をてくてく歩く。 コインランドリーに、人は誰も居ない。乾燥機の中に服が入ったままのドラムがあった。おそらく誰かが入れてそのままにしてあるのだろう。もうすぐ取りにくるのかもしれない。 こんなの使った事ないけど、と言いながらもアレルヤが説明書を読んだ。乾燥したいものを入れて、金を入れる。100円で5分乾燥してくれる。 乾かなかったら、もう5分。 すごいね、とアレルヤが言った。意味もない言葉だ。 けれど、低い音を立てて大量の洗濯物がガラガラ廻るのを見るのは、少し楽しかった。アレルヤの言葉にこくりと頷く。 ごろごろ廻る洗濯物から、なんとなく眼が離せなくなって、じっと見つめていると、なぜか背後から煙草のにおいがした。 振り返れば、金色の目。あぁ、ハレルヤだ。 また勝手にアレルヤを押しのけて出てきたんだ。 ロックオンから500円もらったけれど、ハレルヤが煙草を買ってしまったから、乾燥に200円しかかけられない。これだけ大量にあって乾くのか。いやそれ以上に、ハレルヤと刹那で、衣類の分別が出来るかどうか。刹那にいたっては、自分のパンツがどんなだったかも忘れる始末で、履いてみた後に「…大きい…?」と、脱いだりする。 下着の趣味など4人とも違うのに、何故間違えて履くのかが判らない。刹那とロックオンなど下着の趣味は正反対だ。 今度、パンツに「刹那Fセイエイ」って書こうな、と冗談でロックオンが言っていたが、あながち冗談にも取れなくなってきた。刹那が間違う事がなく自分のものだと判るのは、ターバンぐらいだ。 ぴーぴーぴー。 乾燥が終了したらしい。200円分を乾かし終えた乾燥機は、大人しく止まってしまった。開けば、温かい空気がぶわっと溢れてきた。触ってみれば衣類は温かい。どうやら乾いたようだ。 手に持てるだけいっぱいの洗濯物をよいしょと取り出して、センターテーブルに置く。大量だ。 「ハレルヤ、アレルヤに戻れ」 「何故」 「服の分別が判らない」 「そのまま持って行けばいいだろう」 煙がゆらゆらと刹那の髪にかかる。おそらく衣服にも匂いがつくだろう。 あぁ、またロックオンの眉間に皺が寄るなと思った。 たたまない事には持ち帰れない。 とりあえず、大きなものをたたんでしまえばいいんだ。そういえば、アレルヤとロックオンがベランダの傍で、そんな事をしていたような気がする。 手を伸ばした。これは誰のだ。淡い色の上着。 「そういえばお前はロックオンとどうなったんだ」 「どうにもなってない」 ハレルヤが話しかけてくるから、とりあえず答えるが、刹那の意識は慣れない「洗濯物たたみ」に夢中だ。この黒いのはなんだろう。そういえば同じような黒が何枚もある。 「それはアレルヤのだ」 言われて、あぁこれがそうなのかと知る。じゃあこの黒いのは全部アレルヤのものでいいか。 「おいその黒いパンツは違うぞ」 言われても。じゃあ誰のだ。面倒くさい。自分のでいいか。 「いや…お前はそんなの履いてないだろ」 誰にものか判らなくてつっこんだ袋の中は、刹那のターバンと下着がぐちゃぐちゃに入っていた。他人の下着と自分の大切なもの(らしい)ターバンは一緒にしていいのか。 「あいつしばらく泣いてたぞ。刹那が言う事きかないとか俺じゃダメかもしれないとか」 無視をしていたのに、話がロックオンに戻ってしまった。 「おい」 言われて、うるさいなと目線だけ向けた。 知っている。酒びたりして人の布団に入ってきて、アレルヤもティエリアも居るのに、なんだかよくわからない事をぶつぶつと言っていた。面倒くさいからボディブローで済ませたが。 けれど、あの男が、そう簡単に落ち込むものでもない事を知っている。人に固執しているように見せかけて本当はそんなに情深く思っているわけでもないことを。 なんだか派手な下着を見つけて、これは誰のだと考え、あぁ見たことあるこれはロックオンのだと紙袋に投げ入れる。 「…下着が判るあたりは、そう捨てたモンじゃないと思うがな」 「なにが」 「いや?」 ハレルヤがにやりと笑い、煙草を最後のひとふかし。 短くなった煙草を最後まで吸わないのはハレルヤだ。根本は味が不味いだとか言って、半分程しか吸わない。ロックオンはもったいないといっていたがそういう問題でもないかと思う。マイスターが喫煙などともってのほかだ。 それよりも、とりあえず今はこの洗濯物の選別だ。酷く面倒くさい作業になってきた。 手を動かしてはいるが、温かい洗濯物を持ち上げては、これは誰のか判らないから適当に纏めておこう、これは見覚えがある多分ロックオンのもの、と勘と記憶で作業をすすめる。 「判らないもの」に分別した洗濯物は山となっていた。洗濯物の殆どが判らないものになった。 しかし、その中にはハレルヤから見ても判る程、刹那本人のものもあるのだが。 ふ、と判らないものゾーンの洗濯物に、ハレルヤが手を出す。 自分のものを、ぽいぽいと分別すると、刹那がじっとこっちを見ていた。 「お前は、なんでロックオンなんだ」 「……?」 またハレルヤが問う。刹那は首をかしげた。今度は何の話だ。 「何故、ロックオンに抱かれた、と聞いている」 言うと、ハレルヤの頭の奥深くに閉じ込めたはずのアレルヤが、(ダメだよハレルヤ)とたしなめる声が聞こえた。うるさいと一喝して黙らせた。お前だって知りたい事だろう。 本当の事を知りたくて、脅迫じみた目線を刹那に投げかければ、思いの他あっさりと答えが返ってきた。 「……何故か判らない」 「判らない?」 「………」 刹那はそれ以上答える気がないらしく、洗濯物の分別作業を続けた。 誰のものか判らない洗濯物はどんどん溜まっていくが、誰のものか判る洗濯物も、少なからずある。それが殆どロックオンのものだと判って、ハレルヤがそういう事かと息を吐いた。 無表情のまま洗濯物を見つめる刹那の腕を、ぐい、と取った。顔が近づく。 「……、」 キス、の距離にまで近づいても、刹那は表情を変えなかった。 何をされようとしているのか、想像ぐらいつくだろうに。 ロックオンと関係があるのだろう?キスも愛撫もセックスもフェラチオも、なんでもしているのなら、判るだろう。 俺が、何を望んでいるのか、何をしたがっているのか。 (ハレルヤ!) アレルヤが叫ぶ。知った事か。 刹那を見つめる。顔を近づける。吐息が混じる。それでも刹那はまばたき1つしなかった。 「つまらんな」 ちっ、と舌打を1つして、ハレルヤは刹那の腕を離す。 「俺にしとけ、と言ってみようかとも思った。けどつまらなそうだ」 「…そうか」 言えば、いけしゃあしゃあとそんな答えが返ってきて、笑った。乾いた笑いが深夜のコインランドリーに響く。 「お前はそういうやつだよ!」 あぁ、なんて掴みどころのないやつなんだ。ロックオンの事が好きなのかと思えば、こっちには、猫のように懐いている。けれど手を伸ばせばするりと離れてしまうんだ。 (アレルヤ、お前も苦労するな) (……っ、なに言ってるんだハレルヤ!) アレルヤが明らかに動揺しているのが判って、ハレルヤは腹の中で笑った。 なんて滑稽な関係なんだろう。 「アレルヤに変わる」 それだけを言って、ハレルヤが静かに眼を閉じた。 次に眼をあけた時には、困ったような表情をして苦笑する、アレルヤが居た。 「…ごめんね、刹那。片付けて帰ろう?」 まっすぐにアレルヤを見つめる刹那の目線から逃れたくて、アレルヤは山となった洗濯物に手を伸ばした。 本当に、これだから困るんだ。 |