買い物の途中で、アレルヤがハレルヤに変わってしまったから苦労した。
「おまえ荷物ぐらい持てよな、くそ!」
玄関についた途端に荷物をどさどさと置いたロックオンは、猫の額程の玄関に手をつき、ぜぇぜぇと息を乱していた。
ガンダムマイスターともあろうものがそんな事でどうする、とハレルヤは他人事で白い煙を、すー、と吐き出す。両手に抱えきれない程の荷物を持ったロックオンを置いて、さっさと帰ってしまったハレルヤは、ダイニングの古びた椅子で煙草を吸っている始末だ。
「くそ、お前がハレルヤになるならこんなに買うんじゃなかったぜ…」
2人で抱えて帰れると思ったから、トイレットペーパーも醤油もサラダ油も米も買ったのに。
玄関に荷物を出しっぱなしで息をつくロックオンは、ふと起き上がって白いビニールの中をごそごそと漁った。
「げ、マズイ!醤油置き忘れてきた!マズイ、ちょっと行って来るから!刹那、これあと片しておいてくれ!」
まったく忙しい男である。言い終わった直後に、スーパーに引き返すロックオンの背中の残像を見つめ、刹那は首を傾げた。
荷物の片付けを頼まれたのは刹那だが、さて、これはどうしたものか。

「お前、片付け出来るのか?」
ハレルヤが、まあるい煙を吐き出しながら言った。子供はこれを見て観賞でもしてろと刹那の前でたまに丸い煙をぷかぷかやっているが、あいにくとそんなものに感動を覚えるでもない。こう見えても一応16歳だ。
「…多分」
「たぶんかよ」
ぱんぱんになったビニール袋を冷蔵庫の前まで移動させて、ドアを開く。中から冷気が出るのも構わずに、ええと、と考え込む。
野菜は、野菜室に入れろと言われた。きゃべつ、レタス、だいこん、たまねぎ。このへんは全部野菜室に押し込んでおけばいいか。
入りきらずにぎゅうぎゅう押したら、どこかで何かが割れる音がした。まぁいい。どうせあとで切り刻むものだし。
「ほんとに大丈夫かよ」
だったらアレルヤに変われと言いたいが、ハレルヤは楽しそうに2本目の煙草に火をつけた。まったく手伝う気はないらしい。
トイレットペーパーはトイレにおいておけばいいか。便座の上にとりあえず置いておく。
次に入った人間が、どかせばいいだろう。
みかんはいつもコタツの上においてある。赤色の網を破って、コタツの上にどさどさと置く。みかんだらけになった。まぁ食べたら無くなるからいいか。
肉は全部冷凍?値引きシールばっかりで、どうしたらいいのか判らない。冷やしておけば問題ないだろう。よし全部冷蔵庫。

「おまえ、ホントに、どんだけ暮らしてても生活感ねぇな」
うるさい。だったら手伝え。
ハレルヤはまったく手伝わないが、アレルヤと同じ脳なんだから、こういう事が出来るのは知っている。やろうとしないだけだ。

見た目だけ見れば、てきぱきと片づけをしているように見える刹那だが、その行動はやはり少しおかしい。
賞味期限間近の肉は冷蔵庫、コタツの上はみかんで一杯。野菜室の底には割れたタマゴ2パック。ミルクは今から飲むつもりなのか、ダイニングテーブルに出しっぱなしだ。

「よし」
「ホントにいいって思ってるのかよお前!」

片付けもなんとか終わり、さて残りは、何に使用するのかよく判らなかったこれ1つなのだが、はたしてこれは何か。
ロックオンがこっそりとカートのカゴに入れていたのは知っている。多分何かの日用品だ。
試しに箱に鼻を近づけて匂ってみるけれど、食べ物のにおいはしない。ためしに原材料を見た。ラテックス。なんだそれは。
開けてみればいいだろうか。なにかのゴム製品のようだから、輪ゴムと同じ場所に入れておけばいいのか。…とりあえず開けてみるか。

「おいお前本当に開ける気か。それロックオンが買ったんだろ」
言われて、あ、と思ったが、刹那の手は小さな箱をバリッと開けてしまっていた。
中からぱらぱらと小さなビニールに入ったものが幾つか落ちる。
「あーあ、開けちまったな、どうすんだ早速つかうかこれ」
言われても。
何に使うっていうんだ。
中から出てきたのは、円型のゴム製の何かが入った、真空パックのビニール4つと、おなじく使い捨て醤油のような袋に入った液体のようなもの4つ。なんだこれは。
液体が入っているものを持ち上げて、これが醤油とするのなら、ロックオンはわざわざスーパーに買いにいかなくたって良かったじゃないかと思った。ならこれは醤油の場所に置いておけばいいのか。

「刹那、お前小学生みたいな事してるんじゃねぇよ」
なんだ馬鹿にされているのか。なんで。
醤油じゃないのか。
あからさまに馬鹿にしたような目で見てくるハレルヤにムッとなって、刹那は手に持っていたそれをバリッと開けた。
中からは無色透明などろどろした液体が刹那の手を濡らす。
「あーあ1つ無駄にしちまった。使うか?俺と」
ハレルヤの手が伸びてきて、刹那の肩を抱く。抱き寄せようとしたところで、刹那はすいっと腕から逃げた。
「ちっ」

小さな醤油入れのようなものから流れ落ちた液体の所為で、刹那の手はどろどろになっている。
「お前、それが何か判るのか」
「判る…」
「へー判るのか。なら、何に使うか言ってみろよ」
さすがにローションぐらいはロックオンも使ってたのかと笑うハレルヤに、余計むっとなる。何故馬鹿にされているんだろう。
「挿れる時、楽になる…」
「そうそう、よーく知ってるじゃねぇか。ならこっちだって知ってるだろ?」
ハレルヤは楽しげにゴムを1つ取り出して、火がついたままの煙草をビニールに押し付けた。外装が焼けて、中から熱されて溶けた、穴の開いたゴムがべろりと出てくる。
「ほら、お前だってこれ使ってるんだろ?」
刹那の目の前にぶら下げられた、煙草の穴あきのコンドーム。開いた穴にハレルヤは指を入れて、さながら大きな指輪のようにして刹那の前に突きつける。
ゆらゆらと、揺らされても。
何が言いたんだ。というより、それはなんだ。

「知らない」
「ぁあ?」
「それは、知らない」
あっけらかんと、顔色1つ変えずに刹那が言う。ハレルヤは目を見開いた。口に咥えた煙草がダイニングテーブルにぽたりと落ちた。
なんだと?

「ローション知っててゴムしらねえのか、お前」
本当に知らないのかと詰め寄られて刹那は身を引いた。俺に触れるな。
それよりも、今落とした煙草がテーブルを焦がす方が気になる。手を伸ばして煙草を拾い上げ、灰皿の中に投げた。じゅっ。
見れば、ハレルヤがまじまじと刹那を見つめている。
なんだ一体。刹那は首を捻る。

「お前……」
なんだそりゃ。
あえりえねぇだろ。
肩を落として笑っているハレルヤの肩が揺れている。
なんでゴム知らねぇんだお前は!ローションしか使われた事ねぇのか!てか、あいつはそんな抱き方かよ!…そんな事を散々言って笑い続け、けれど、その揺れている肩は、途中でぴたりと止まった。
「……刹那ぁ…」
そこにあったのは、アレルヤの情けない顔だった。
「刹那、やっぱり君達おかしいよ…圧倒的に順序がおかしい…」
泣きそうな顔だな。刹那は冷静に思う。ハンカチとかティッシュとか用意した方がいいのか。手を伸ばそうとしたのをアレルヤが止めた。
「うんいい、僕は泣かないから大丈夫。泣きたい気持ちだけどね、うんでもそんなのはどうでもよくて、そうじゃないよ、あぁなんて言ったらいいんだろう…」
アレルヤが俯く。けれどその目線の先に、先程ハレルヤが焦がしたゴムと、ローションでべたべたになった刹那の手があった。
…居た堪れない。

「ただいま!おー、片付け済んだのか!」
そこに現れたのは、タイミングが良くて悪い男、ロックオンストラトス。
けれどその笑顔は、目の前で展開されている光景を見て、氷ついた。
刹那の手はローションにまみれている。アレルヤの手には穴の開いたコンドーム。ダイニングテーブル越しに見詰め合っていた2人。泣きそうなアレルヤ。
持っていた醤油がガタンと落ちた。

「お、おまっ、おまえら何をっ!!??」
「それはこっちの台詞だよ…ロックオン…」
刹那になんて教育してるの。…っていうより、君達の性行為ってどうなってるの!
さすがにそれは恥ずかしくて聞けなかったアレルヤと、口をぱくぱくさせながら立ち尽くすロックオンを、刹那は首を傾げて見ていた。