世界に喧嘩を売りつけて、武力介入する程に力と覚悟を持っているのに、なんでこんな狭いボロアパートで、チャーハン4人前作っていなくちゃならないんだろう、と中華なべをあおりながらロックオンはため息を吐き出す。
チャーハンの具は、半額引きで買って来た、合びき肉と、レタスだ。
健康のためのレタス投入でもあるが、実際は、足りない肉と米のかさましの役割でもある。これが無いと量が増えず、3人分程度しか作れない。
うちは、育ち盛りの男4人所帯だから、腹をいっぱいにさせてやらなくちゃならないし、その責任があるとロックオンは日々の家事に必死だ。
妙な使命感を持って、家事に当たっているロックオンは、家事当番は交代制でと決めた約束事さえいつの間にか忘れていた。
確かここに住む事になった時、「当番制にしよう」と決めたはずだが、誰一人として料理や家事を出来る人間が居ない事に気づいたのはすぐ。
刹那は料理なんて作らずにカロリーメイトを用意するだけだし、ティエリアも自分の分の食事しか用意しない。唯一、アレルヤがまともに料理を試みたが、結果は失敗に終わった。食材とは思えぬものが出来上がってしまったからだ。
結果、料理本片手で、なんとか調理する事に成功したロックオンが、家事役になってしまっている。また、貧乏くじだ。…いや、いつもの事だが。

狭い集合アパートだった。
今頃こんな家があるのかと思う程の、旧時代に作られた遺跡のようだ。
そういえば数十年前に、こういう20世紀のモデルハウスが人気になったんだっけな、と電気コンロのレタスチャーハンから目を逸らし、擦りガラスと格子の嵌った窓を眺めながら思う。
あぁ、知っている。こういうのを「昭和40年代」っていうんだ。

擦りガラスの向こうは夕闇。もうすぐ完全な夜になって、午後7時と決めた夕食の時間がやってくる。
さっさと作ってしまわなくては。
程よく炒めたレタスチャーハンを、4つの皿に均等に盛る。その後、自分の分のチャーハンからおたまでひとすくい米を取って、刹那の皿に盛った。小さな愛情だ。
16歳の刹那は、現在ハイスクールの1年として学校に通っているが、どうやら同じ16歳でも、クラスの中で、背は小さい方に入るらしい。
沢山食べて少しでも大きくなれよと願うロックオンの親心だ。
(あ…いやまてよ。今抱き心地いいんだよな…あーでももうちょっと柔らかくなってくれると抱きがいが…)
刹那の身体の具合を思い出しながら、うっとりと目を閉じる。
そんな妄想に浸ったロックオンの背中をちらりと見つつ、ティエリアがぼそりとつぶやいた。
「気色悪い…」

4人で団体行動。
そんな事をマイスターに求める方が間違っている、と今なら思う。
何故よりにもよって、こんなボロアパートで身を寄せ合って暮らしていかなければならいのか。
一応理由らしきものはあった。
それは、数日前に、プトレマイオスの予報士から知らされた、「指令」だった。


『マイスターの正体がバレそうなの。仕方ないわ、マイスターを一度地球に下ろします。しばらくはマイスターではなく、ただの少年と青年よ。歳相応の行動を心がけて。家は用意しておいたから、そこで4人で住んで頂戴。それが一番自然だわ』
予報の的中率98%を誇る、ソレスタルビーイングの頭脳は、あっけらかんと言い放った。
それの何処が自然なんだと言ってみたが、スメラギの意思決定を変える事は出来なかった。

世の中の戦時状態が膠着しつつある現在、ソレスタルビーイングの活動は極端に制限されていた。戦争の火種を消し続けた成果が出たと悦ぶべき事態だと言ってもいいが、そうなると、今度はガンダムマイスターの居場所に困る。ガンダムを隠す事は、エージェントやスメラギさんに任せてしまえばいいが、生身の人間が一番隠すのが難しい。
マイスターの4人の正体を探るべく、各国機構も全力で調査に当たっている。
しばらく身を隠すのが一番だと、スメラギは断言した。
『歳相応の事をしましょ。刹那はハイスクールへ。アレルヤとティエリアも…ちょっと年上だけど、ハイスクール3年生になったらいいわ』
お断りします、と即座にティエリアは反対したが、スメラギの行動は早かった。勝手に家を賃貸し、荷物も送ったからと言われて、強引にマイスター達を地球に下ろしてしまった。

そうして4人に与えられた部屋は、旧世代の異物とも言うべき、ボロアパートの1LDK、1室だった。

「いや、おかしいだろ、いろんな意味で」

部屋を見た途端、言葉を無くした4人の中で、ロックオンがため息のように呟く。
随分と古いアパート1室。経済特区東京の、近代化を逃れた片隅にぽつりと建っていた、かなり昔に立てられたと判る建造物。等間隔に並んだドア、2階に上がるには鉄板で出来た階段を上がるしかない。エレベーターなどつけるだけ無駄だ。そんなに高さのないアパートだった。
ドアを開ければ、猫の額程の玄関があり、靴箱はとてつもなく小さくて、どうやら靴は出しっぱなしになりそうだと思った。
擦りガラスの嵌められたキッチンの窓。その前には広いとは言えないシンクがあり、蛇口も旧式。唯一、ガスコンロでないのが救いだ。昔の建物のままガスを使用していたとしたら、調理が出来ない。ガスは今や高級品だ。
キッチンと一体化したダイニング。
その先には、広いとは決して言えないリビングがあり、窓は1つ。テレビやらカーペットは敷いてあったが、スメラギの趣味なのか、ピンクだの派手な色合いのものでとてもじゃないが趣味は合わない。これはもう一度買いなおさねば。
さらに奥、横開きのふすまを開けると、そこは六畳間だった。それがこの家の全てだ。

「…おいおい冗談だろ…?」
「スメラギさんを呼び出す」
「無駄だよ、もう僕達はしばらくプトレマイオスとは連絡は取れない。…マイスターだと感づかれているからね」
アレルヤの言葉に、踵を代えそうとした、ティエリアが止まった。が、ショックにか怒りにか絶望にか。肩がふるふると震えている。

玄関に立ちつくしたまま、再度言葉を失う。どうしろっていうんだ。…いや、どうしようもない。
ふと、玄関ドアに備え付けられた郵便受けを見ると、ダイレクトメールに混じって、茶封筒が1通投げ込まれているのが判った。
ロックオンが気づいて手にとり、中身を見ると、1ヶ月分の生活費ですと書かれたメモと、20万円。
「…って、4人で20万円かよ!??」
ロックオンの絶叫。
「20万円か。何処までの生活費なんだろうね。電気代や食費のみなのかな。それとも、家賃なんかもこれでまかなえって事だろうか」
「おい、妙に冷静になってないか、アレルヤ。良く考えろよ、おかしいじゃないか、刹那はこの東京で、あんだけいいマンションを貰ってたんだぞ?しかも1人でだ、1人で!俺達はこの扱いっておかしくないか?おかしいよな?なあ?」
冷静になってないのはロックオンの方だ。
肩をゆさぶられながらも、アレルヤは冷静だった。
もうミッションだ指令だといわれてしまえば、やるしかないのに、今更がたがた言っても仕方がない。
「…まあ…随分経費削減されたなぁって思うけどね。でも言ってたじゃないかスメラギさんが。歳相応の事をしろって」
「でもこのマンションは酷いだろ!?いやこれはアパートだ!なんでこんなボロアパートの、しかも1LDKなんだ。刹那の東京のマンションはどうなったんだ!?」
「”あんないいマンションに、16歳の男の子が1人で住んでるなんて怪し過ぎるでしょ?”ってスメラギさんは言ってたと思うけど…まあ確かにお金のない学生みたいに見えるのかもね今の僕達は」
何を言ってももう決定事項だ。仕方がない。
『歳相応の事、しててよ?お願いね。それが自然だから』
スメラギの言葉が、蘇ってくる。これはあんまりです。スメラギさん。これならば、もっと抗議をしておけばよかったと思っても後の祭りだ。
『これはミッションです。よろしくね。またしばらくしたら連絡するわ』
蘇ってくる言葉は、スメラギの、容赦の無い笑顔だった。
後に残ったのは、4人の重苦しい雰囲気だけ。

ここで生活するしかないと判っていても、身体が動かない。
どうするんだと思う中で、最初に動いたのは刹那だった。
靴を脱ぎ、つかつかと部屋に入って、六畳間の一番奥に荷物を置き、座り込んだ。
どうやら荷物を取り出しているらしい。
「……刹那?」
「覚悟を決めたのか?」
玄関に未だ立ち尽くす3人が、部屋の奥の刹那に声を掛ける。
「……これが指令…」
ぼつりと一言だけ刹那がいい、後はもう口を開かなかった。
ミッションだから、一緒に住むと。

「お前は凄いなー、刹那」
言いながら、ロックオンも靴を脱ぎ、部屋の奥に入って刹那の横に荷物を下ろす。お互い、持ち込んだ荷物は最低限だ。ボストンバック1つで事足りる。
「どうする?ティエリア。僕はいくよ」
「………仕方ない。ミッションだというなら」
踵を返していたティエリアも、覚悟を決めて靴を脱いだ。
「馬鹿らしいだけだけどね、こんなのは」
そんな言葉を言いつつも、ロックオンや刹那とは離れた場所に荷物を下ろす。
それを見つめたアレルヤもまた、靴を脱いだ。4足置いただけで、玄関から靴が溢れそうだ。
皆が部屋に入った事を確認して、後ろ手で、ドアを閉めた。

ガンダムマイスター4人による、ボロアパート貧乏共棲が始まった。