夕暮れが終わりかけた、赤と黒に染まる空。
くすんだ血の色みたいだとアレルヤは空を眺め思う。

アパートに戻る道すがら、ふと前方を見ると、スーパーの大きなビニール袋を幾つも抱えた刹那の背中が見えた。
随分と大きく膨らんだ袋には、おそらく今夜の食材がたんまりと入っている。
バランスを取りながら運ぶ姿に、アレルヤは読みかけていた文庫本を閉じて、刹那の元へ駆け寄った。
「持つよ」
背後から接近する足音と気配に気づいていたらしい刹那は、何も言わず、ビニール袋の1つを手渡した。たいして重くは無い。アレルヤはさらにもう2つを取り上げた。これで刹那が持っている袋は2つだけだ。
「…すまない」
「どういたしまして」
普段、感情らしい感情を出さない刹那だが、アレルヤには素直になり始めたのはいつごろか。
気がつけば、同じ布団で眠る事も多くなり、食事の席も隣同士で食べている。
ロックオンは、そんな刹那を「アレルヤだけの懐くんじゃない」と怒っていたが、アレルヤとて、特別刹那に優しくしているわけではない。
弟がいるとしたらこんな感じだろうかと、可愛がっているのは確かだが。

「食材、1週間分買ってきたのかい?」
「……あぁ」
「でもこれは…ミルク3本も。小麦粉、にんじん、キャベツ。肉の買いだめも凄いね。今夜は肉料理かな」
「…キッチンのホワイドボードに…」
ぼそりと告げる刹那の言葉に、あぁそういえば、今夜は唐揚げ、あしたはシチュー、と書いてあったのを思い出す。そうか刹那はあれをきちんと見た上で、買い物をしてきたのか。
料理なんてまったく出来ない刹那は、そのメニューを見て、材料が必要なものを調べて買ってきたんだろう。
けれど、小麦粉とミルクを大量に買ってきたあたり、既存品のルーを使うという選択肢は無かったようだ。どうやら刹那が見た料理本は、本格的なものだったらしい。
まぁ、あのロックオンなら、刹那が買ってきたならしょうがないなと、意気揚々とホワイトソースから作りそうだが。

夕暮れの町並みを、2人で肩を並べて歩く。
アレルヤと刹那は、3つ程、歳が離れているが、背は30センチ近く違う。
刹那の目線の高さは、アレルヤの顎あたりだ。
(僕の3年前ぐらいは…もうちょっと背があったと思うけど…)
あの頃は、ただがむしゃらに戦闘訓練やらトレーニングばかりだった。背も順調に伸びていたから、16歳ぐらいの頃には170を越えていたと思う。しかし刹那の身長はどう見ても170もない。これから伸びるのだろうか。しかし、刹那は中東の生まれだし、子供の頃は満足に食事にもありつけなかった内戦国出身だ。もしかしたらこのまま止まってしまうのかもしれない。
(ロックオンは喜びそうだけどね…)
あの、庇護欲やら保護欲やら、独占欲を丸出しにしてくる24歳の「主夫」は、刹那をいたく気に入っていて、この身長差が抱きしめやすいのだと隙を見計らっては刹那にタックルをかけている。
そのタックルも殆どが刹那の危機回避能力によって避けられるのだが、なんだかんだといいつつ、2人が深い関係になっているのもアレルヤは知っている。…知っている、というよりも、見てしまった。少し前に、風呂場で。
狭い1LDK、自分のプライベートスペースも満足にもてない狭い家。誰もまだ帰っていないと思っていた家の風呂場から聞こえてきた声は、確かにロックオンと刹那の声だった。

(…こんなに小さいのにな…)
それでも、あんな大きな男を受け入れているのか。想像して驚く。
たかが3つの歳の差だが、されど3つ、だ。
16歳で、そういう関係に目覚めるのは、早いとも遅いとも言えないだろうが、相手はあのロックオンだ。
うざったいと、刹那が異様に避けているロックオンだが、それでもああして身体をあわせるまでに至っているのだから、関係は良好と見るべきか。
(ロックオンの一方的な思いだったら、それもそれで問題だけど)

「ねえ、刹那。君は彼のこと……」
どう思っているの、などと口に出そうとして、アレルヤは口をつぐんだ。
それはあまりにも下世話な話だ。彼らがどういう気持ちでセックスをしているのかなど、聞いてどうなるというんだろう。
慰めあうために、自分の足りない何かを埋める為にセックスをしているのだとしたら、アレルヤが口を挟める事など何も無い。本人達の問題だ。

「ごめん、なんでもないよ」
不思議な顔をしてアレルヤを見上げてくる刹那の表情は、歳相応の少年に見えた。
もう一度、微笑みかけて、刹那から目を逸らす。
アレルヤの顔を覗き込むように見つめる刹那が、まるで何も知らない無垢な少年のようだと思った。