「刹那はミルクを沢山飲もうな」
どん、と刹那の前に置かれたコップは、通常の3倍サイズだった。
何処でこんなにデカイ、ガラスのコップを買ってきたのかと思う。これはもはやコップじゃない。花瓶だ。
コップに並々と注がれたミルクは、1リットルをゆうに越えている。
確かにミルクは好きだが、これだけの量を置かれるとは。
刹那は、目の前にそびえたつミルクを見つめた。

”刹那はミルクを沢山飲もうな。”

どこかで聞いたことのある台詞だ。…ああ、昨日の夜、そんな事言ってたな。
言われて、実際に飲まされた。生温かいミルクのような液体を。
今目の前にあるようなとてつもない量ではないけれど、最後の1滴まで飲めといわれたから結構な量だろう。
「…刹那。眉間に皺寄ってるよ」
アレルヤに言われて、けれど表情が緩まない。
昨晩の飲んだミルクも、確かにこんな色だったなとか思い出してしまい、不味い味がリアルに口の中に蘇った。生臭くて鼻をしかめたくなる匂い。喉の奥に飲み下せなかった液体が舌の上に残ってぬるぬるしていた。吐き出したいのに駄目だと言われて、唾液を混ぜて一緒に呑みこめば、喉の奥から精液の匂いが込みあがってくるようで吐き気が酷くなる。
あのミルクを飲んだ後は、しばらく口の中からにおいが消えない。
…まったく同じ色だ。違うのは粘着性ぐらいか。高タンパクなのは変わらないし。

ミルクが嫌いになりそうだ。
刹那の眉間に寄った皺が取れない。むー、と口をへの字に曲げる。どうする。飲むべきか。これはミルクだ、ミルクである。言い聞かす。…いや、けれど何が不愉快だ。

「朝から君達のポルノ会話を聞くのは耐えない。俺は先にいく」
「あ、おい!ティエリア!」
会話を静聴していた(せざるを得なかった)ティエリアが、鞄を取ってメガネをかけ、部屋を出て行く。
時計を確認して、1本前の電車で行けるなとつぶやいた。早めに行って、授業の準備をしておきたい。どうせならカレッジの図書館で昔の書籍を調べたいし。
「あれ?ティエリア、今日、朝の授業はとってないだろう?」
「図書館に居る」
玄関先にたむろする靴を掻き分けて、自分用の革靴に足をするりと入れる。常に磨いてある靴が、朝日に反射してきらりと光った。

スメラギからの指令は、『ティエリアとアレルヤは、ハイスクールの3年生に』というものだったが、御免です、と真っ向から否定したのはティエリアだった。すでにハイスクールなどいく年齢ではないし、今更何故あんな学校にいかねばならないのかと散々文句を言えば、年齢からいって学校に通っていなければおかしいと言われてようやく、「じゃあ大学にいきます」と進路を決めた。
その日の内に編入試験をパスし、晴れてカレッジの仲間入りを果たした。
アレルヤこそカレッジに通う歳なのだが、刹那と同じハイスクールに居た方がいいだろうというアレルヤ本人とロックオンの希望で、刹那と同じハイスクールに通っている。1年と3年という立場だが。
「僕らは時間通りにいくよ」
「あぁ」
「ほら刹那の分のパンが焼けたぞ」
6枚切りの食パンをトースターから取り出して、刹那の皿の上に置くと、焼き上がったばかりのパンに、そのままかじりついた。
「おいおい刹那、せめて味をつけろ味を」
ジャムもバターものっていないパンをかじりつくから、慌ててロックオンが横から手を出し、ブルーベリーのジャムを載せる。
「ヨーグルトもね」
刹那は味覚オンチなのか、食に対する希望や好みがない。強いて言うのならば、面倒にならないような食材を好むようだった。放っておくと、バランス栄養食ばかりを食べている。
あまりに無機質な食べ方をするから、なんとかさせたいと思うのが、今のロックオンとアレルヤの親心だ。

「こら、ミルク残さず飲むんだ、刹那」
その台詞も昨日聞いた。
…そう思いながら、刹那はちらりとミルクを見た。
目の前に置かれていたミルクは、いつの間にか横に避けられていた。それでも刹那の目の前には乳白色のヨーグルトがたんまりと置かれたままだった。