「ただいまー」 4人で暮らすようになってから、家に入ったと同時に挨拶をするのが日課になった。 ともすれば当たり前の事なのだが、ロックオンにとっては新鮮なもの以外の何物でもない。 学生という身分である刹那やアレルヤ達と違って、24歳という建前上、スクールに行く必要は無いのだが、それでも日中は何かと所用がある。 ガンダムを離れているとは言え、情報収集は抜かりなく行わなければいけないし、その合間を縫って、タイムサービスにも出かけなきゃならない。隣町でフリーマーケットがあると聞けば、徒歩で出かけてみたり、そういえば窓ガラスを拭き掃除しなくちゃらないなと思い立った。 確か今日はタマゴが安売りだ。先着順だから、早めにスーパーに行こう。窓ガラスの拭き掃除用のクリーナーも買ってこなきゃいけないし、あぁついでに風呂のカビ取り剤も買ってくるか。 ドラックストアとスーパーに寄って、戻ったアパート。 まだ昼過ぎだ。この時間には誰も戻ってないと判っているものの、つい、ただいまと言ってしまう。 返事が戻ってこないのは当たり前だと、大して気にも留めずに靴を脱ごうとしていたロックオンに、しかし返事が返ってきた。 「遅かったじゃないか」 「っっうわあ!?」 びくうっと身体を撓らせて、閉めたばかりの玄関ドアに背中をぴたりとくっつけた。 聞きなれないような聞きなれた声。 …この声はそうだ、間違いない。 「ハ、ハレルヤ…!」 ダイニングキッチンで煙草を吸う姿があった。 「よお」 にやりと口端を上げる笑い方に、ハレルヤだと確信する。 現れやがったなこの野郎…、というのがロックオンの素直な感情だ。 その素直な気持ちは顔に現れているらしい。眉を寄せて、威嚇するかのようにハレルヤを睨む。 しかしハレルヤはそんな殺気じみた目線さえも、何事もなかったかのように受け流して煙草をひと吹かしした。白い煙がダイニングキッチンに広がって消える。 あぁ、換気扇を廻さなくては。 「ロックオン、お前しか居ないのか。…刹那はどうした。ティエリアも」 「お前に刹那はやらん」 「だからどうした。あぁ学校か。まだ帰ってこないのか」 聞いておきながら一人で自己完結させ、1本目の煙草を吸い終わったハレルヤが、灰皿代わりにと、飲み終わったビール缶の口で火を消す。 「…いつの間に入れ替わったんだこのやろう…」 ロックオンの威嚇は最高潮だ。テンション急上昇中で、ダイニングテーブルを挟んでの攻防は、ロックオンだけが臨戦態勢に入っている。 「アレルヤは!」 「俺の中」 「中って…出してやれ、アレルヤを!てかこの時間はハイスクールに行ってるはずだぞ、アレルヤは!」 「アイツ真面目だからな、単位は充分とってある。これ以上スクールに居る必要は無いだろう。…もっともあぁそうか、刹那が居るなら、俺が行けばいいのかスクールに」 「ああああ、ちょっとまて!」 立ち上がるハレルヤをロックオンが慌てて止める。 「今行ってどうする、もうすぐ下校時間だ」 「刹那と一緒に帰ってくるさ。知ってるだろう?アレルヤは刹那と登下校一緒の事が多い」 「…っ、や、だからお前まで行かなくていい!!」 玄関に向かおうとするハレルヤの身体を止めようとするも、ガタイの良いハレルヤが少し力を入れると、簡単にロックオンをねじ伏せてしまう。どれだけ馬鹿力なんだ。 「おいハレルヤ!」 思わず叫ぶロックオンに、ハレルヤの足が止まる。 じっとロックオンの顔を見つめてくる。身長は1センチしか変わらないのに、なぜか見下ろされているようだ。何故なんだ。それはロックオンの腰が引けているからだ。 「…なんだよ」 無言で顔を凝視するハレルヤに、せめてもの威嚇。そんなロックオンをハレルヤは笑った。 「その様子じゃ、まだ刹那に懐かれてないんだな」 笑われて、ロックオンが固まる。 「ヤる事はヤってるのにな、お前らは。なのに全然懐かれてないってのも、むなしいな」 「うるさいぞ、ハレルヤ!」 怒鳴ってみるものの、無駄な遠吠えのような気がした。 このハレルヤという男は一筋縄ではいかない。 刹那はアレルヤに懐いているが、なぜかこのハレルヤにも懐いていて、なんだちくしょうその身体だったらどっちでもいいのか刹那!と怒りを覚える程に、ロックオンとしては切なく不憫だ。 アレルヤは常識もあり、節度もあるが、このハレルヤにいたっては、まるでチンピラだ。ふいにアレルヤの身体をのっとって、飲酒喫煙なんでもする。 その内、刹那に懐かれているのをいい事に、さらりと掬って自分のものにしてしまいそうだ。 ロックオンがティエリアの次に苦手とする人物だった。 「…とかなんとか言ってる間に、刹那が帰ってきたみたいだな」 ロックオンの睨みを涼しげな顔で受け止めていたハレルヤが、ふと耳を澄まして言う。 耳を傾ければ、確かに鉄の階段を昇る、カンカンという音が聞こえてくる。この足音は刹那だ。寄り道をせずに帰ってきたらしい。 玄関先を見つめる2人は、固まっていた。 ロックオンとしては、ハレルヤを隠してしまいたいぐらいの気持ちだったが、そういうわけにも行かない。どのみちこの大男を隠す事など不可能だ。 ガチャリと旧式のドアが開き、いつもと変わらぬ無表情な刹那が、声も無く帰ってくる。 ダイニングで立ちっぱなしのロックオンを見、そしてハレルヤを見る。 「……ハレルヤ…」 「ご名答」 迷いもせずに、アレルヤと同じ身体を使うハレルヤを言い当てると、それで満足したらしい刹那は、部屋へとスタスタと入っていく。 その背中を見送って、ロックオンは大きくため息を吐き出した。 あんなそっけない態度だが、刹那はハレルヤにも懐いている。 刹那を良く見ているから判る。自分の時の態度と、まるで空気が違うからだ。 なんでだろうな…思わず遠くを見つめたくなる。といってもロックオンが見つめたのは、刹那の後頭部だったが。 「お前の抱き方が悪いんじゃないか」 ロックオンの思考回路を読んだかのようなハレルヤの言葉に、思わず、ぐっと喉が詰まる。 「そんなわけ…」 ないとは言い切れない。 そうだ、そんなわけがないと、言い切れないのだ。ロックオンストラトス。 抱き方悪いのか俺は。 なんだ刹那、どうやって抱いてやればよかったんだ。 もっと強引に抱けばよかったのか。それとも今以上に甘く抱いてやればよかったのか。 あぁもしかして風呂場でヤるのが飽きたのか。お前のためならホテル代ぐらいは捻出してみせるんだが、毎週は厳しいぞ刹那。 「手本、見せてやろうか」 「丁重に断る。てかお前早くアレルヤに戻れよ」 「煩い。そう簡単には戻らない」 「マジかよ!」 普段の温厚なアレルヤは何処へやら、絶句するロックオンに、鼻を鳴らして笑うと、再び煙草に火をつけ、新しいビールの缶を開ける。 …困った事になった。 とにもかくにもまず、今夜の布団の場所取りじゃんけんは、絶対に負ける事は出来ないと、小さな決意がロックオンの中で固まった。 |