思った以上に凍りつくようなアラスカの気温。 肌を刺すような痛みに、刹那は剥き出しだった手を上着のポケットに押し込んだ。 手袋がないことに気付いて舌打ちをする。大気圏突入の際に外してしまった。手袋はデュナメスのコックピットに置いてきてしまっている。 (マズイな…) このままでは凍傷になるかもしれない。肩をすくめ、体温を逃がさないように心がけても、指先の体温は奪われていくばかりだ。これでは銃もまともに撃てないかもしれない。 指先の他にも、剥き出しになっている顔の皮膚も凍り付いてきた。口から取り入れた酸素は刹那の喉を凍らせるほどに冷え切っている。唇などとっくに感覚を失った。 唇-----。 ロックオンが口付けたその箇所に指を伸ばして触れる。そこは冷え切って、温度も感じない。触れた途端に痛みの方が先に走った。 本当にこのままでは凍傷になる。 まったく、あの男が与えるものはどうしてこうも冷たいものばかりなのか。 デュナメスのコックピットで触れたくちづけ。 あたたかいと感じたのは一瞬で、唇が離れた直後にはアラスカな寒風の中で凍り付いたように冷たくなった。 あんなものを今更のように与えたのは何故だ。 さようならと言ったはずだ。 もう二度と触れないと。 なのにあんなに簡単に触れて、まるで何かを分け与えようとするかのようなキスを。 唇に触れた指先を離し、これ以上の寒風を肺に入れないようにと口を結ぶ。 踏みしめた雪と氷の感触を確かめながら、白い闇に覆われた道をひとり、歩く。 *** 針葉樹の林を抜けながら、雪深い先を目指す。 ほんの数メートル先さえ見えない状態だが、この先に街があるはずだ。 以前ソレスタルビーイングに対する反抗活動でテロの標的となった街だと聞いている。 1年のほとんどが霧と氷で覆われた閉ざされた街に、少人数ながらも街があるらしい。 不確定情報ではあるが、テロの活動拠点らしいその場所で、出来る限りの情報収集をするのが刹那に与えられたミッションだった。 以前、アザディスタンでやった事と同じことだ。あの時は人種が同じであったから、エージェントよりも自分が動くのが正しかった。今回とてそうだ。 硬くなった雪を踏みしめながら、薄ぼんやりと霧の向こうに見え始めた街の形を見つめる。冷えて感覚を失いつつある手を握りしめた。感覚を研ぎ澄ませなければ。…あとをつけられている。 右の林から、3人。左にも数人が居る。 銃を抱える僅かな金属音と、雪を踏む足音。殺気を殺す事もしないで、遠くから淡々と狙いを済ましている。 (正規兵ではない…) あまりにも尾行が乱雑だ。まるでこれは子供のかくれんぼのよう。感覚を研ぎ澄ませながらも、刹那は平静をよそって街へと歩く足を止めない。 今すぐ発砲されるわけではないのは、気配でわかるが、10人近い人数が一斉に銃を向けたら、いくら刹那とて避けられるものではない。 あの男なら、銃の特性を理解しているから、それも可能なのかもしれないが、刹那にそれほどの能力はない。 精々銃口が向けられる方向から逃げる事ぐらいだ。 (…テロリスト、か…) 正規兵でなく、けれど外部からの侵入者にこれほどの殺意を抱いている。 間違いない。この街にテロリストが居る。 どうする?手を上げて攻撃の意思が無い事を明示するか。それとも何食わぬ顔でこのまま街に入って姿をくらませるか。街に入れば一般市民が居る。即座に発砲される事もないだろう。 殺気を受け止めながらも足を進め、研ぎ澄ませた感覚で相手の動向を探る。 先に動いたのは、相手側だった。 「…どこへいく?」 まるで霧の中から響いたような声に振り返る。幼い子供の声だった。声変わりもしていない声は、少年なのか少女なのか。それさえも判らなかった。 振り向けば、刹那より小さな少年が一人立っていた。右手には拳銃をかかえ、左肩にはライフルを背負っている。どうみてもただの少年ではない。見上げてくる目が、うつろに刹那を見ていた。 ゲリラ兵か。 その姿に、数年前のクルジスでの自分が重なった。10にもならない自分は、この少年と同じような武装で、あの国を駆けていた。こんな寒い場所ではない、熱い熱い灼熱の大地で。 「ねえ、どこに行くの」 告げてくるその声に殺意を感じない。確実に狙われているというのに。 僅かに目を細めて、刹那は口を開いた。答える事は決まっている。 「…旅を、している」 「どこからきたの?」 「遠くから」 「それでこの街に来たんだ?」 「そうだ」 淡々と繰り返す言葉のやりとり。少年は顔色も変えなかった。刹那から目線を逸らす事もない。 冷たい風が山から下りて、林の木々を揺らし、積もった雪が少年と刹那の肌に突き刺さるように舞い降りてくる。 雪深いこの国で暮らしているのだろう少年の、透き通るような白い肌。なんて色のない。…ああそういえばあの男も白かった。アイルランドも冬になれば、雪と氷の国になる。 太陽の光ばかりが降り注ぐ、クルジスの砂漠とは違う。 色素の薄い少年の目を、じっと見つめた。数秒。 ふいに、少年の拳銃が降ろされた。 「…いいよ。街にくるといい」 そんな簡単な言葉一つで刹那から目線を逸らし、すたすたと街へ向かって歩き出す。その後ろを刹那は歩いた。 なんてあっけない。 林から向けられていた銃口と殺気が一気に失せた。 少年が迷いもせずに街へと進む後ろを、刹那もついて歩く。小さな背、高い声。どうみても10歳程度だ。 「…何故赦した」 「何故って。だってあなた、旅人なんでしょう?」 信用したというのか。そんな言葉を。 こんな何も無い、雪と氷ばかりの街に、何の武装もない一人の少年が旅をしていると? ありえない。これは罠か。 けれど、刹那が不審者だと判ればすぐに射殺していたはずだ。 少年は、楽しげに笑う。なんで旅人を殺さなくちゃいけないのさ。まるで歌うように。 「それにね。神様が、君を入れていいって言った」 「神…、」 「そう僕らの神様がね」 そう言って振り返った少年が、にこりと微笑む。 その歳相応の幼い笑顔に、刹那は目を見開いた。 神、だと? 「神様は僕達を守ってくれるんだ」 街を囲む城壁は、雪と氷に圧迫されて真っ白に凍り付いている。その中にぽっかりと取り付けられた大きな門が開く。まるでトンネルの入り口のようなそれに、刹那は驚く。 これは街というよりも、まさに城砦だ。 街の周囲をぐるりと囲った高い壁、その中にぽつりぽつりと住居らしき建物が立っている。人一人歩いていない、まるで死んだような街。 街の中を迷うことなく進みながら、少年はぽつぽつと話を始めた。 「神様が居るから僕達ここにいられる。神様は僕らに武器をくれる」 ほらみてよ。 小さな指が伸ばされた先、うっすらと浮かび上がる何かに目を凝らす。 「…これ、は…」 建物などではない。これは寒冷地仕様のヘリオンだ。武装ライフルまで置かれている。雪に凍り付いていながらも、それは火を入れれば動くようにメンテナンスをされているのが良く判った。 「僕らが戦うんだ。戦えば神様の近くに居られる」 淡々と語られる言葉に、数年前の自分を見た。…あぁ、同じだ。同じ。 「だってみんな死んじゃったから。僕達を守ってくれるの、神様しか居ない。神様しか」 (なんてことだ…) 数ヶ月前、テロによって破壊され、ほとんどが壊滅したと聞く。この街の住人のほとんどが逃げ出しているとも聞いていたが、まさかこんな事が。 「…街自体が、テロリストの拠点だったのか…」 世界と国から見離された、この街を生き残った少年兵ばかりを捕まえて。 「僕ら、テロリストなんじゃないよ」 「……、」 「神様は教えてくれた。祈れば届くような神は信じなくていいって。信じられるのは自分だから、それだけを信じて生きていけばいいって。だからテロリストじゃない」 めちゃくちゃな理屈だ。少年の心を弄って、好き勝手に染めただけじゃないか。 拳を握りしめた。あぁ、この街はクルジスと同じだ。 「お前は神を崇めるのか」 「うん。僕達が今まで信じてきた神様は嘘だったけど、だってあの人は生きてるもの。生きて僕達に教えてくれる。だからかみさま。ねぇおにいさん。僕達がいま一番欲しいものなんだか判る?」 刹那を振り返り、後ろを振り向いて歩きながら笑う。 この極寒の地で生きる彼らが一番欲しいもの、だと? 「…わかんない?わかんないかなぁ。だって寒いんだよここ。ちょっと間違えると、寒くて死んじゃうんだ。寒い。すごく寒い。でもあの人はね、熱をくれるんだ」 「…ね、つ、…?」 「あったかいのをくれる。抱いてくれるとね、身体の奥が熱くなる」 「…っ、!」 言いながら少年が、くったくのない笑顔でにこりと笑った。 「あったかいんだよ。指先まであったかくて熱くなる。だから僕達はあの人が好きで、」 「そんなものが!」 「…否定するの?」 少年の目が刹那を見つめた。その目が、一気に凍りついた。笑顔が一瞬で消える。 否定するの、だと? するだろう。こんな小さな少年に性行為をさせているのか、その神様という男は! 「…否定するならおにいさんも爆破しちゃうよ…?」 「な、…」 「だって神様の言うことは正しいんだ」 ガチ、とセーフティが解除される音が響いた。腹に当たるのは拳銃の冷たい感触。 「…っ…」 つい先程まで、笑顔を向けていた少年はそこに居ない。 あるのは殺気を迸らせた、1人のテロリストだ。 「…僕らはテロリストじゃない。正しいことをしてるんだ。だって僕達捨てられて、みんな逃げ出して誰も居なくなった」 身体を強張らせ周囲に目を向ければ、刹那と少年の周りを、いくつもの拳銃の銃口が向いていた。 「…っ…!」 その目に生気はなく、ただめじられる事を淡々とこなす少年兵の姿が。 あのクルジスと同じだ…! アリーアルサーシェスという男の名の元に、何が正しいのか、何を失うのかも判らないまま銃をふるっていた。あの頃の自分と何もかも同じだ。 「…神、…」 まさか。 記憶が重なる。自分とて崇めていた。あの男を。 そうして、あの男に裏切られて全てをなくし、生きる場所と、崇拝するものを無くした事を補おうとしてガンダムに縋り、ソレスタルビーイングに所属した。 まさか、あの男が、アリーアルサーシェスがこの少年達を指揮していると? いや、そんなはずはない。あの男ではない。同じ事を二度もやるものか。今あの男が居るのは中東と欧州だ。こんな小さな町のテロリストに加担しているわけはない。 …では、誰が。 自分を神だといい、全てを失った少年の心と身体と命を手中にする。 善悪のつかぬ少年を集め、セックスで快楽を覚えこませて、自爆テロをさせる。 あぁ、なんてことだ。 あの悪夢のようなテロ組織がこんな極寒の地でも広がっている。 いくつもの国際的なテロ組織。 この組織を纏め上げている人物も、おそらくは少年兵を糾合させ信じ込ませて武器を持たせている。命を捨てて神を崇めようなどと。 ぞくりと背中を駆け上がったのは悪寒だった。 「かみさまに、会わせてくれ」 「どうして。今否定したのに」 「会わせてくれ」 向けられる拳銃。 その銃口が動いた。少年の銃口が、刹那の額に照準を合わせて狙いを定めていた。引き金さえ引けば、この頭は撃ち抜かれる。 「…まぁ、いいや」 少年は銃を降ろした。 あっけないほど簡単に拳銃を下ろし、無表情な顔に笑顔を貼り付けて微笑む。まるで拳銃を向けた殺気など無いもののように。 「神様は、おにいさんを連れて来いって言ったからね」 少年が拳銃を降ろせば、周りの少年も同じように銃を降ろし、何事もなかったかのようにまた雪の中へ消えていく。その行動がまるで亡霊のようだ。命じられたことをこなす少年兵。死ねと言われればきっと命さえも投げ出して自爆するのだろう。彼らの身体に巻かれているのは弾のカートリッジと爆薬だ。 *** ほおぉら。やってきた。 「ニール…」 君の、大切な大切な少年が。 お前が来れるように、お前が俺にたどり着けるように、仕込んだ甲斐があったな。 やっておいで。 そうして絶望したらいい。 今度こそ、その身体の芯まで冷たく冷たくしてあげよう。 *** 地下へ続く大きなドアは、まるで氷漬けの扉のようだった。重厚なそれが開かれたその先に、コンクリートの階段が下へと続いている。そには地下の要塞が広がっていた。 「…これ、…は」 コツコツと響く足音が、狭く長い通路に響く。 少年の抱えたライフルが、がちゃがちゃと金属音を立てて、低い天井で反響する。 壁から滲み出ているような、モーター音。 左右にドアは無く、ただ長いまっすぐな通路が続いている。 …あぁ、そうか。ここは坑道だった場所だ。おそらく旧世代に作られたものを、改造して使っている。だからこんなに細く入り組んだ地下が出来上がるのか。 地下に張り巡らされたここが本拠地なのだとしたら、確かに見つけることは不可能に近いだろう。 こんな氷に閉ざされた捨てられた街の地下など、誰も気付かない。 刹那は、腕に嵌った発信機に手を添えた。 腕時計の形をしたそれが、刹那の位置を正確にデュナメスに伝えている。 時計に付けられた小さなスイッチを押せば、ここが敵の拠地だと伝える信号になる。今まさに居るこの場所だ。 デュナメスに乗るあの男に位置を教え、ここを正確に狙い撃たせる。そうすれば組織は一気に壊滅させる事が出来る。 そのための派遣だ。この場所を知らせるための。 刹那はスイッチに手をかけ、しかし手を止めた。 まだだ。正確に狙い撃たせるには、まだここでは。 「…ここ」 長い通路を何度も曲がりくねりながらたどり着いた1つのドア。 そのドアの前で、少年は鍵を手にする。 カードキーでもなく、指紋認証でもない、酷く昔に作られた、金属製の鍵を差し込んで回す。錆ついた重いドアがギギギと音を立てて開いた先には、ドアの劣化とは正反対の、敷き詰められた最新技術の光が溢れていた。いくつもの画面といくつものコンピュータ。床を埋めるほどの無数の色とりどりの電源コード。 排気熱で暖かいその場所の中心に、男は一人、背を向けて座っていた。 「かみさま、つれてきたよ」 「うんご苦労だったね」 大きな背もたれのついた椅子が、ゆっくりと振り返る。 そこに座る、かみさまという男。 しかしそれ以上に、刹那は発せられた男の声に喉を詰まらせ息を止めた。 まさか。 …まさか。 「お前、が、なぜここに…!」 一瞬で沸騰したような怒りがこみ上げてくる。反射的に飛び掛ろうとした刹那に向けられたのは、見覚えのある拳銃だった。 「…近づくな。またこれで撃たれたいか。…そう、確か左肩」 「……っ…!」 言われて、思わず左肩を庇った。まだ傷は癒えていない。 あの、コンクリートの床で叩きつけられた欲望と憎悪。 あの男とそっくりな顔で、何もかもを奪ってずたずたにしていった。 あぁ、なんて事だ。 「かみさま?」 少年が何事が解らずに、刹那と男を交互に見つめる。 が、今まで表情さえも浮かべなかった刹那の顔にあきらかな怒りがある事が判って、数歩下がり、拳銃を手に取ろうともがく。 しかしその間に、少年の身体が大きく傾いだ。一発の銃声音が狭い部屋に響いて反響する。 「あ、…」 拳銃に手をかけたまま、見開かれた少年の身体が横倒しに倒れる。周囲にまき散らかされたのは真っ赤な血。 「…っ!!」 「かみ、さ…」 「話過ぎた。…君は」 男の拳銃が、少年の胸を撃ち抜いていた。見開かれた少年の目が、男を見つめる。その唇が動く前に、再び放たれた2発目に、少年は絶命した。頭を撃ち抜かれた少年は目を見開いたまま床に倒れ落ちた。壁一面に真っ赤な真っ赤な血を飛び散らせて。 冷たいコンクリートの床にどさりと倒れた小さな少年の身体から血が流れ出てゆく。広がったその血が刹那の足元さえも赤く染めてゆく。 「…お前は…!」 「俺は、お前を連れて来いとそいつに命じたんだ。それ以上の事をする必要は無かった」 「……!」 少年の見開かれた目に、うっすらと涙がたまっている。つい今しがたまで生きていた少年が、今はもう冷たい床と同化している。あたたかいはずの血は、身体から流れ出した途端に冷えて固まり、床を赤く染め広げて、流血が終わった。 あたたかいはず、だったのに。 少年の躯を見据え、目を閉じる。 小さな命でも生きていた。確かに生きてお前に縋っていたのに! 刹那に再び拳銃を向け、男は笑う。…そう、ロックオンによく似たこの男が。 「また、抱かれにきたんだろう」 笑い、見下されたその顔に、足を踏み出して飛び掛かろうと動いたその瞬間、再び銃声が地下の小さな部屋に響いて反響した。 「っあ…!」 放たれた銃弾は、外されることなく刹那の右腕の中央を貫いていた。 噴き出した血が、右腕全体に広がり、指先からぽたぽたと床に流れ落ちていく。 右腕が熱い。熱を持ったような痛みは肩と胸までを痛覚で支配する。 膝が床についた。左腕で傷口を押さえても血は流れ続ける。床に広がった少年の躯の血と同じ、赤い赤い色が。 「…っ…!」 血に膝をつけ、蹲る刹那を見下ろす男が目の前に立っている。刹那と少年の流した血の池に足を踏み出すと、ぴちゃりと水音が響いた。 刹那の視界に、男の靴先が映った。 「苦しかったか?」 ロックオンと同じ声が、響いた。同じ口調、同じトーン、同じ顔で。 全身の血が、温度をなくしていくよう。 「ニールには捨てられたか?」 顔を上げれば目の前に銃口の黒い穴。その先に笑う顔。 「…苦しかっただろうな、お前はひとりになった。誰も傍にいない。もう体温を分け与える人もいない。…なぁそうだったろう?」 たったあれだけの事で、全てを突き崩され、その全てを奪われた。 何も失っていないはずなのに、何もかもをなくしたと心が空虚を訴えて、引き裂かれそうになった。 違う。…そんな想いは無かった。 何かを得ていたなんて、そう考える事が間違っていたんだ。 失うのは辛すぎる。 無くすのは寂しすぎる。 だから、最初から何も無かったと、そう思う事で楽になりかったのに! 「お前が全て奪っていった…!」 怒鳴りあげた声と共に、男の足元に身体ごとぶつかる。 「っ!」 バランスを崩した身体で発砲されるが、それは刹那の足を掠めて地にめり込んだ。 その隙に、今はもう命のない少年の腰に巻きついていた手榴弾を手に取る。 「…ここを壊せばお前は死ぬ!」 この起爆スイッチを押せば、ここは爆発し、地下であるここは崩れ落ちるだろう。 「それを爆破させれば、お前も死ぬな」 「…ミッションを優先させる」 「お前は死にたいのか」 体勢を整え、再び拳銃を突きつけながらも男の顔は冷静だった。 ゆらりと立ち上がり、恐怖も見せずに刹那を見つめた。その手に握られた拳銃が、刹那を撃ち抜くのが先か。 それともこれを投げつけるのが先か。どちらにしろ、待っているのは完全な「死」だ。 そうして改めて死に向かい合った刹那の心に迷いは無かった。 「…死にたいわけがない」 生きていたい。そのためにソレスタルビーイングに入った。ガンダムに乗った。けれど、今は。 「その起爆スイッチ1つでお前は死ぬ」 「…テロリストを壊滅させるのがミッションだ」 「俺を殺せば全てが終わると?」 終わる。終わるさ。 1つのテロ組織が壊滅されて、いくつかの紛争の火種が消える。 「終わるんだ…」 この身体が吹き飛ばされて無くなって、このどうしようもなく弱い思考が止まってしまえば。 こんな苦しい思いをせずに済む。こんなに胸が痛む事もない。あの男の事ばかりを考えて、そうして今この目の前の男を殺したい程に憎む事さえない! 身体があるからいけないんだ。 身体があるから、体温を求めてしまう。あたたかさに縋ってしまう。ならば身体なんて器を捨てたらいい。 何も失う事なく、何もかもから開放されて、そう、そうして自分は死んで、神となる。 「…そうして、逃げるのか」 「ちがう!」 「違わないさ逃げるんだ。俺からもニールからも」 「違うッ!!」 激情のままに手榴弾の起爆スイッチを押し、それを床に投げつけた。 ガツン、という音の直後、閃光が走る。 あぁ、死ぬんだ。 そう思った瞬間に、大きなあたたかい衝撃が身体にぶつかって視界が塞がれた。 なんだこれは。…考えた直後に、激しい閃光が走り、光にくらんで目を閉じた途端に、凄まじい衝撃が襲った。身体が吹き飛ばされ、背中に激痛が走る。 死ぬ。 これが死ぬという事なのか。 …なんてあっけない。 身体中に加わる様々な衝撃と痛みを感じながらも、刹那の思考は酷くゆっくりと流れて消えた。 |