『そう。じゃあ刹那は無事?』 心底安心したように息をを吐き出すアレルヤの声に、ロックオンは「あぁ無事だ」と口端を上げて答えた。 「今は出血が多くて眠っちゃいるが、応急処置はしておいた。全身打撲だが大した事はない」 「撃たれた腕は?」 「それも、再生不可能な程の損傷じゃない。今は痛み止めを兼ねて睡眠導入剤を打ってある。すやすや寝てるよ。まあ、そっちに戻ればすぐに治せるだろ」 プトレマイオスには優秀な医師と設備機器が揃っている。身体の一部が無くなったのではないから、すぐにでも治療は可能だ。腕に受けた銃創程度なら、短期間で塞がるだろう。 『そう。…ならよかった』 「俺達のミッションは?」 『今はロックオンと刹那には何も指令は出ていないよ。まだそっちで待機していていいと思う。報告書だけ提出準備しておいて』 「了解だ」 小さな通信機器に浮かぶアレルヤから、安堵した表情が浮かぶ。 ガンダム格納コンテナにて待機命令が継続している事を伝えられ、通信は切れた。 アレルヤは、ロックオンの表情から何かを感じているのだろう。通信が切れる直前、『刹那をよろしく』と、言う声を残して画面は消えた。 何も映さなくなった画面を見つめながら、ロックオンも知らず、深い息を吐き出す。 アレルヤに伝えることによって、自分の中でもようやく人心地付いた気がした。 刹那は無事で、 傷は塞がる。 あとは内面的なもの。 …あぁ、まだ何も解決してやしないが、それでもミッションは終わり、短いだろうが休暇も得た。 プトレマイオスに居るアレルヤとティエリアは、仕事があるだろし負担は増えるだろうが。 …アレルヤ。 あいつはとんだとばっちりだったってわけだな 刹那の身体を労わり、ロックオンの精神を心配し。 そうして腑抜けたロックオンを殴り飛ばしてカツまで入れた。ここ最近では情けないところしか見せていない。まだ成人したての年下の青年なのに、随分と頼りきっている。 「…だらしないな、俺は」 自嘲気味に呟いて、通信機を尻のポケットへと仕舞った。今度、きちんと謝罪をして、何か礼をしよう。 おかげで、霧が晴れそうだ。 目を閉じ、数秒、心を空白して、ゆっくり目を開けると、ロックオンは寝室へと足を向けた。 *** 食料庫からミネラルウォーターを取り出し、医療器具が備え付けられた倉庫から、点滴のパックを新しくおろして、刹那の眠る寝室に入れば、未だ睡眠導入剤が効いているのか、先ほどと変わらぬ穏やかな寝顔がそこにあった。 すぅすぅと小さく上下する胸。表情は変わらないが、いい夢でも見ているのだろうか。 「刹那」 小さく呟いて、ベッドの縁に腰掛け、切れかけの点滴の袋の交換を始める。 細い腕にぷつりと入った細い管から、無色の点滴液がぽたぽたと時間をかけて流れ落ちていく。 ガンダムマイスターとして出遭ってから、刹那は随分と大人びた。 まだ16歳なのは承知しているが、それでも纏う雰囲気も、伸びる四肢さえも、この数年の内に、随分と成長したように思う。 背だけはスロースピードで伸びているようだが、筋肉やMS操縦能力は、日に日に成長を遂げている。 閉じられた目に掛かっていた黒髪に手を伸ばし、額へと払う。 幼さを残した表情、広い額。 薄く開いた唇は、穏やかな呼吸を繰り返している。 あの、極寒の小さな街から爆音が響いたのは、突然のことだった。 街の中心部が焼け爛れ地面が陥没している。爆発が起きたのだとすぐに判ったその直後、刹那から発せられた信号は、敵の位置を知らせるものと、己の脱出をも知らせるものだった。 あの爆発で死んだわけでないと、一瞬だけ安堵したものの、同時に発せられた信号に、その意味をすぐに悟る。 「あの、バカッ…!」 デュナメスに火を入れて、即座に遠距離砲撃を開始した。 死なせない。 死なせるものか、そんな簡単に、お前の命を! 街の中心で、刹那が発した信号を取り囲むように、周囲に砲撃を開始する。 外へと繋がる門、崖の下、おおよそ脱出できるだろうポイントを正確に狙撃し、刹那が脱出できるだろう場所だけを残して狙撃した。 これで、テロリストの幾分かは外部への脱出を阻止できるだろう。 街の中心部までデュナメスを移動させ、その中心地を見て愕然とした。 生体信号がまるでない。 各所にぽつぽつと生存者は居るようだが、刹那が最後に発信したその場所には、人の体温とは思えぬ程、低い温度の生体反応が一つあるだけだ。なんて弱い生体反応だ。 「…刹那…!」 無我夢中で駆け出した。 瓦礫の山となった中心地、その場所に足を進め、刹那の姿を探す。 テロリストの反応なのかもしれない。 刹那はもう、息絶えたのかもしれない。 …それでも信じたいと、信じなければならないと、ひたすらに瓦礫を退かし、その地下の先に、確かに見覚えのある防寒具を見つめた。 刹那だ。 空を覆っていた分厚い雪の雲の隙間から、僅かな光が降り注いでいた。 最後の瓦礫を退かせば、そこには確かに刹那の姿。 まるで、神でも見るように、泥と血に塗れたその顔で、見上げるその目があどけなかった。 ああ、生きてる。…お前は、確かに生きているんだな。 「刹那」 …生きている癖に、なんて表情をするんだ。 死を覚悟した後の、まるで放心したかのような、光のない色の目で。 「刹那、こい」 ならば、お前がこい。 お前が俺に触れて、生きていると自分で知れ。 お前は、確かに生きて、俺も生きて、そうして失うばかりで何も掴めなかったその腕で、俺の腕を取ったらいい! 唇を噛み締めた刹那が、一瞬だけ躊躇を見せ、そうして身体を引き摺りながら頼りない足取りで、この腕を掴み取るその瞬間まで、腕を伸ばして待っていた。 …あぁ、ほら。 刹那。 お前は、確かに生きているよ。 落ちる点滴が、何時の間にか量を半分に減らしていた。 砂埃と血に塗れた身体は、今は清められて清潔になってはいるものの、風呂に入れる事が出来なかった所為か、ところどころ血を拭き取った跡は残っている。 額に触れ、血の跡を指でなぞって消す。 この指でさえ、血を拭き取り、泥を落とす事は出来る。こんなに簡単に。 極寒のアラスカの地で、酷く冷え切った身体は、あたたかいタオルだけでは到底暖まらなかった。 胸の中へ飛び込んできた刹那を抱き上げ、デュナメスのコックピット内で出来た手当ては、止血の応急処置のみだった。 幾ら抱き締めても刹那の体温は元には戻らない。 まるで死人のように冷たい身体を必死で抱き締める。それでも体温は戻らない。 触れた時は、あんなにもあたたかいと感じたのに。あれは一瞬の幻だったのか。 まるで夢のような、感触。 手を伸ばし、眠る刹那の頬に触れても、それはまるで幻のようだ。 自分の方が、肌の色素は薄いはずなのに、どうしてこうも刹那の肌が白く見えてしまうのか。 傷ついて擦れた鼻先に触れると、ひくりと刹那が動いた。どうやら痛みに反応したらしい。ごめんなと言葉にせずに謝って、頬を撫でて謝罪する。 そっと、触れる、身体。 もう二度と触れないと誓ったはずだった。けれど、そうして知ったのは、どれだけこの肌を自分が望んでいたかという事。 触れたかった。 どうしても触れたかった。 抱き締めて、あたたかさを知りたかったし、刹那にも知ってほしかった。 「お前は、まだ怖れるか…?」 触れられる事を。 恐怖に怯える姿を見てしまったあの一瞬から、ロックオンが願った、「触れたい」という欲望は氷ついている。 もしもまた、刹那に拒まれたら? 刹那が、この身体に恐怖を感じるのだとしたのなら、どうすればいい。 思い知る、心の遠さ。 それでも、このアラスカの地へ降りて湧き上がってきたのは、激しい恋慕だった。 頬を摩る、ロックオンの手に、刹那がひくりと眉を震わせたのが判り、手を離す。 目覚めが近づいている。 触れているわけにはいかない。 「…刹那」 名を呼ぶ声はあまりにも小さな囁き。 けれど、身体を震わせて反応した刹那が、ゆっくりと瞳を開く。…それを間近で見つめた。 「よお」 「ろ、…ぉ、」 「喋らなくてもいい。口の中も切れてる。痛いだろ」 名を呼ぼうとしてくれた喜び。けれど、それ以上に痛ましい姿。 「水、飲めるか」 こくりと頷く刹那に、水を差し出し、身体を持ち上げようとして思いとどまる。 触れる事を、許されるだろうか。 ほんの僅かな躊躇いを、刹那のおぼろげな瞳が見ていた。 拒まれたくはない。 …触れるのは怖い。 (なんて甘い決意だ…) 刹那に手を伸ばしたのは自分だというのに。 こい、と手を広げて待っていたのに。 いざ、こうして向き合ってみれば、こんなにも拒絶を怖がる自分が居る。 (本当に、どうしようもないな…俺は) 自嘲気味に笑って、目を伏せた。 けれど、そうして怯える事が、何よりも刹那が苦しむものだと、ロックオンは知らない。 この男に拒まれている。 この身体に触れる事を恐れている。 デュナメスのコックピットで触れてきた身体も唇も、瓦礫の上から伸ばされた手さえも、それは一瞬の邂逅であって、本意ではない。きっと。 非常事態だった。 大気圏突入の揺れるコックピット。触れなければ刹那の身体はコンソロールパネルに叩きつけられていた。 瓦礫の中に埋もれた姿に手を伸ばしたのも、死に急ごうとするから助けただけ。 デュナメスを降りる際に触れた唇さえも、きっと生きていると知らせたかっただけだろう。 (いい…) もう、触れなくても。 必要ではない。あんなあたたかみも、あんなふれあいも。 どうせ、この身体は、ロックオンを拒絶してしまう。 あの日、あの男にされた屈辱、同じ顔の男。…どうしようもない、体が恐怖を覚えている。 あの地下のコンピュータールームで対峙した時さえ、身体が震えた。全身の血が無くなったのかと思う程の冷たさを味わった。 恐怖は身体の奥の芯にまで植えつけられてしまった。 身体が、触れられる恐怖を拒む。 心が、二度と失いたくないと、喪失を拒絶する。 もう二度と触れない。 …言われたあの瞬間に、心は砕けた。 また、拒絶を示されるぐらいなら、死を覚悟した自分を、放っておいたらよかったのに。 (…助けなければよかったんだ…) この男が、自分を。 そうして生き延びた命で、今度もまた失うのならば。 …何もかもを失うのなら。 はじめから無かったと思えばいいんだ。 これ以上、心が砕かれる事もない。傷を抉る事もない。 あぁそうだ、何も無かったんだ、何も、最初から。そう思えば楽になれる。 ぎゅ、と目を閉じ、恨み言を心にしまい、痛む唇を開いた。 「…い、ぃ、」 「刹那?」 声は、優しくいたわりに溢れている。それがこんなにも胸につきささる。 腕を動かせば痛みが走るが、それでもこの腕を払うぐらいは出来る。 「…触れなくて、いい」 お前が言ったんだ。もう触れないと。 だったら、触れるな。俺に触るな。 そんなに怯えた目を向けるな。 そうして俺を苦しませるな! 「刹那、」 震える指で、ロックオンが持つ水を取り上げ、口に運ぼうとし、ペットボトル1本の重さが持てずに床に落ちる。 「刹那、」 落ちたペットボトルを拾う事さえ出来ず、唇を噛み締める。鉄錆の味が広がる咥内が苦い。 (触れたくなければ、触れなければいいんだ、いい…もう、これはミッションじゃない、助ける必要はないもう、お前には) だから早く出て行け。 早く突き放せ。 そうすれば、また元に戻るから。 「刹那、」 何度目かの名を呼ぶ声。 俯き、顔さえ上げない刹那。 小さなため息が聞こえた。 「刹那、ごめんな、刹那」 謝罪の言葉を聞きながら、再び壊れる心の音を、確かに聞いた。 ほおら、また無くなってしまう。 きっとこの男は部屋を出て行く。 そうしてまた一人になる。 (けど…) いいんだ、覚悟ぐらい出来ている。一人になる、覚悟なんて。 目をぎゅっと閉じ、身体を強張らせる刹那に、しかしロックオンの声は止まなかった。 「刹那、悪いな。…お前を離す事はもう出来ねぇよ…」 「…っ、」 声が、耳に届いた瞬間、ふわりと、まるで羽根を包み込むように、ロックオンの腕が、刹那の身体を抱き締めていた。 シーツ越し、ロックオンの肌のあたたかみが、刹那の肌にまで伝わってくる。 「なに、をッ…!」 あたたかい。 なんて、あたたかい、体温。 …いやだ! 「…やめ、っ…!」 失いたくない。 だから、触れるな。 冷たいままで、ずっと冷たい氷の中で氷つかせてくれたら楽になれるのに! 「…ごめんな。お前を一人にさせてやれない」 「…な、に、を…」 「お前が俺に怯えているのは知ってる。知ってるけど、離してやれない。刹那、ごめんな」 「……ックオ、…!」 「お前、つめたすぎるんだ。そんなの人間の体温じゃない。お前は一人じゃあたたくなる事も出来ない。知ってるんだよ俺は」 「……っ…」 やさしくするな 温度を分け与えるな 冷たい世界に一人で氷つかせて! そうすれば、何も失わずに済んだ。 …それなのに、あたたかい温度を与えられたら、失う事が怖くなる。 もう割れた破片を繋ぎ合わせるのは嫌だ。 壊れた心を取り戻すのも嫌だ。 ガラスは鋭くて、触れただけで傷をつける。…なら最初から壊したままでいさせてくれたらいいのに! それなのにお前は、そうして体温を与える。 あぁ、…どうして。 じわり。 胸の奥に何かが灯る。 それは火か、希望か。 じわじわ広がるそれが、身体の奥深くから少しずつ浸透してゆく。 身体を覆うあたたかい肌。胸の奥深くでうまれた光。 刹那Fセイエイ。 お前は本当は何が欲しい。 一体、何から逃げている。 何を怯えている。 本当は、触れて欲しかった。体温が欲しかった。刻み込まれた恐怖を払拭するほどの希望が欲しかったのに! 「…っ、…!」 触れ合う肌。あたたかい。 …怖いのか。本当にこの男に抱かれる事が怖いのか? (…違う…) 違う。 ただ、失いたくないと背を向け、ただ自分から冷たい殻に閉じこもっていただけの、負け犬だった! 「…ロックオン…」 「刹那」 名を呼べば返される、優しい声。 全ての希望が宿って、またこんなに苦しい。 今、この瞬間でさえ、戸惑いがちに触れるその姿を見るのが辛い。 それでも、この苦しさが、きっと冷たい氷を溶かすんだ。 「…ロックオ…」 顔を上げれば、すぐそばに優しい笑みが。 「刹那」 ---ロックオン、キスを。 唇を動かして、言葉にはせずに唇だけで伝える。 一瞬、目を見開いた青緑が、ゆっくりと優しく細められ、そうして触れた唇は、とてもとてもあたたかかった。 *** 「刹那、無理するな」 伝えられる言葉は、聞かないふりをする。 無理など。きっとはじめからしている。 このセックスが無理な事だと言う。けれど、今は身体の傷よりも、塞ぎたい傷がある。 キスをすれば、切れた口端が痛んだ。 反射的に身を竦めた刹那の後頭部を、ロックオンの手が優しく触れる。 右腕に巻かれた包帯が解けかかって、シーツの上に散らばり始めていた。 出血の収りかけた腕に巻かれた白い包帯。 ロックオンの目が、その腕をちらりと見、そうしてもう一度刹那の唇へと吸い付く。 まるでごめんと宥めるように。 「…っは…」 ぬるりと絡む舌先。唇から垂れる唾液もそのままに、深く唇が合う。 「…刹那」 「……ぁ、あ…!」 下肢に触れてみて、刹那の中心が勃起していた事を知って驚く。 この状態で、勃起できるのかと不安だったが、どうやら刹那はセックスをしたいらしい。こんなにも張り詰めた状態になるのは久しぶりだと思った。 片腕を見れば、血の滲む包帯がほどけかけ、身体のそこかしこに血の跡がへばりついている。ガーゼで覆った部分も多い。 それでも、自らこの交わりを求めてくれた刹那は、きっと過去の恐怖を決別しようとしているのだとロックオンにも判っていた。 ならば、やさしく。 どこまでもやさしく、この身体を抱いてやることが、今の自分に出来る精一杯のつぐないだろう。 「刹那」 抱き寄せればこんな小さな身体だったかと、驚きが先に走った。 下着を片手で下ろし、もう片方の手は刹那の背中に回して抱き寄せる。 なるべく、肌を触れ合わせていたい。 体温を与えてやりたかったし、触れる事で刹那の心さえも満たしてやりたいと思った。 目を閉じる事もせず、ロックオンの肌を視界一杯に納めた刹那は、何を考えているのだろうか。 「…そんなに俺の肌が見たいか?」 揶揄するのではなく、愛しげに。 見たいならどれだけだって見ていていい。お前が知りたいというのなら過去も何もかも話してやろう。…それでもきっと、刹那は聞きたがらないだろうが。 「ほら」 勃起した中心に手を添え、ゆっくりと扱き上げながら、ロックオンは刹那の表情を見下ろしていた。 「…刹那、腕、俺の背中に回してみろ」 「……っ、…」 即座に首を振る。 …まったくそういうところだけはなんて強情なんだ。 身体に触れるぐらい、背に手をまわすぐらい、なんて事ないはずなのに。 それでも刹那は自分から触れようともせず、ただロックオンの愛撫を受け止めている。 刹那が触れないのなら、こちらから触れてやろう。 拒まれるのを怖れるのではなく、刹那のために。体温を感じさせるために。 だって、ほら。 こんな風に触れていれば。 「…気持ちいいだろ?」 ぬるぬると、先走りの液体と共に扱きあげるそれは、熱を帯びてきた。…と同時に、刹那の体温も上がってゆく。 縋り付く事を知らない刹那が、背を仰け反らせはじめた。 息が乱れていく。 「…ふぁ、…あ、ぁ、…!」 「一度目は、素直にな」 そこが刹那にとって一番気持ちいいと知っているポイントを、集中的に狙って扱きあげた。 先端の部分、裏筋に指先を立てれば、刹那の喉がかくんと仰け反り、ふるりと小さく震えた後、ロックオンの指先を濡らし、刹那の腹さえも濡らした。 「…は、ぁ…あ、」 荒い息をつく刹那の身体は、ほんの少し前とは比較にもならないほど熱くなっている。 精液の混じった、ぬめつく手で、萎えた刹那の中心を何度もゆっくりと擦り上げる。 すでに吐精したあとだ。 一気に柔らかくなってはいるが、それでも少しずつ愛撫を与えれば、すぐに中心は反応を始めた。 また、硬さが復活しつつある。 内の芯から徐々に硬さを増したソレが、再度、勃起にいたるまで、そう時間は掛からなかった。 「…若いな、刹那」 笑うロックオンの声に、馬鹿にされたと感じたのだろう刹那が、鋭い目でロックオンを見上げる。 そうして怒りをこめて見つめたはずの目に映ったのは、あまりにも優しい微笑み。 揶揄しておきながら、なんていう表情を。 それが、ロックオンらしかった。 いつもそうして人を馬鹿にして、幼いと叱ってみたり頭を撫でたりと子ども扱いするくせに、見つめるその目が優しい。 …ああ、お前は確かにロックオンストラトスだ。 「……いれ、…」 「ん?」 額にキスを落としているロックオンの耳元に小さな声が届く。 …刹那の声だ。 「なんだって、刹那」 聞き取れず、再度言葉を求めたロックオンに、刹那は顔を背けた。 その頬が赤い。 …あぁ、もしかして。 「もう、挿れて欲しいのか」 あからさまに言った言葉に、刹那はひくりと下腹部を震えさせた。勃起していたそれが、その言葉に反応をする。 あぁ、抱かれたいのか。 …そう、願ってくれるのか。 愛しいその仕草に、ロックオンはたまらず、刹那の唇へ絡みついた。 唇から、口へ、咥内へ、肺の中へと流れ込むロックオンの熱と身体を受け止めながら、底知れぬ快楽に、刹那は目を閉じた。 この快楽がどうして怖いと思ったのだろう。 与えられる体温、それは決して嘘偽りでもない。 指が、ゆっくりと後孔へ挿入されている。 1本、2本。楽に飲み込んだのは、指についた精液と、垂らしたローションのお陰だ。 久しぶりの交わりで潤滑油もなければ、刹那を傷つけるだけだろうというロックオンの配慮だ。 「…でも、ゴムはつけねぇぞ」 熱を、感じて欲しいから。 見降ろされる、ロックオンの瞳。 答えるつもりで、目を伏せた。 指は引き抜かれ、灼熱の硬い塊が入ってくるのを、身体で感じながら、受け止める。 先端が押し当てられた瞬間、身体が異物の侵入を拒み、腰を引きながら、ひくりと震えた。 久しぶりの行為に痛みが走る。 それは、如実に、あの日のあの暴漢の行為を蘇らせた。 「…っあ…!」 「だいじょうぶだ、刹那」 ずり、ずり、と。 ゆっくりだが、確実に与えられる痛み。 身体が逃げを打つ。 それを引き止める、ロックオンの腕。ここでやめてしまっては、何の意味もなくなってしまう。 知っているからこそ、乱暴に引き止める。 「…ロックオ、…!」 「あぁ、俺はここにいるから。刹那、目、あけて」 「…っ、…!」 首を振る刹那に、ロックオンは焦れた。 目をあけても、あるのはあの男と同じ顔。 …声も、身体さえも同じだ。 いやだ、見たくは無い。見たくなんて! あぁ、刹那は完全に思い出している。それを払拭するにはどうしたらいいのか判らないまま、ロックオンはゆっくりと身体を進め、全てを収めきった。 「…っぁ…!」 「入った、全部」 ゆるゆると腰を動かし、ぎちぎちに埋ったソコからわずかばかりに血が吐き出されいるのが判って、舌打ちをしてしまう。 傷つけないと、精一杯やったつもりでも、刹那身体が受け入れようとしなかった。 まるで初めてのセックスのような、孔の窄まり。 「…くそ…」 これじゃ、動く事もできねぇ。 ぎちぎちに埋ったそこは、動く余裕もなく、ロックオンを締め上げている。 痛いとさえ思える程の狭さだ。 それでも、刹那の中から出て行きたくはなかったのは、まだ恐怖を思い出した顔をしている刹那がぎゅっと目を閉じているからだ。 「…っ、ックオ、…」 痛みと恐怖の中で、刹那がゆっくりと言葉を吐き出す。 「どうした」 髪を梳き、その背中を撫で擦りながら、あたたかくなった刹那の身体を自分の身体に押し付ける。 刹那が、ゆっくりと大きく呼吸したのが判った。 ロックオンは待った。 時間をかけてもいいはずだ。今は。 「…名前、…」 「ん?」 「名前を、呼べ…、」 「刹那?」 刹那のたどたどしい声が、ロックオンの耳へ届く。 名前。 「刹那?」 言えば、刹那はひくりと震え、一瞬戸惑ったものの、ゆっくりと呼吸を始める。 あぁ、そうか。 「名前、…そうか、あいつは知らなかったんだな」 お前の、名を。 だから、名も呼ばれなかった。 同じ声、同じからだで、けれど違う、唯一のもの。 刹那はそれを知って、だからこそ今震えた身体で、それを望む。 呪縛から開放される、唯一の言葉を。 「刹那」 ありたけの愛しさを篭めて名を呼ぶ。 刹那が小さく身体で反応する。 ゆさり、とロックオンが動いた。 「っあ…!」 刹那から出た声は、紛れも無く快感の喘ぎ声。 ほら。お前はもうちゃんと感じる事が出来る。身体だって、こんなに熱が篭ってる。お前の身体は熱いよ。…そう、俺の身体もそうだ。 「…刹那、刹那」 名を呼びながら、身体を揺すり、ゆっくりと、かき回すように腰を入れれば、その度に、刹那のそこは確かに快感を感じ取り、ロックオンを受け入れていく。 こんな小さな身体で、 こんな強いこころ。 何でも自分ひとりで、なんとかしようとする刹那。 苦しさも、傷も、よろこびさえも。 なぁ、その中に俺も入れてくれよ。 こうして、拒まずに受け入れてくれた、そんなお前の広くあたたかな中に、荒みきった俺も入れてくれないか。 こんなにも弱いこころを、お前の強いこころで叱ってやってくれよ。 「刹那。…だからこそ、俺はお前が」 痛みと快楽でないまぜになった刹那の表情を見取りながら、ロックオンも溜め込んだ熱を刹那の中に吐き出した。 それとほぼ同時に達した刹那の身体から、くたりと力が抜け落ちる。 最後に刹那の喉から溢れた声は、か細い鳴き声のような悲鳴だった。二度目の快感に身体を震わせ、吐精した刹那は、そこで気を失い果てた。 ロックオンの身体に凭れ掛かるように全体重を預ける刹那を、しっかりと抱きとめ、ようやく身を預けてくれた愛しい身体を包み込んだ。 「刹那」 声は、優しく刹那の脳裏に響く。 眠りに落ちる、その緩やかな浮遊感の中。 まるで海をさ迷う波のように、穏やかに身を任せていた。 ふわりふわりと、漂う感覚。 それは、抱きとめてくれる腕があるから。 「……、」 何かを呼ぶ声がした。 呼んでいる。なにかを。 知っている。この声を。…あぁ、呼ばれているのは自分だったのか。 海。 ここは全てを抱きとめる海。 どれだけ深い闇がこの海の底にあろうとも、今、波間を彷徨うここは、こんなにも心地よい。 ぬくもり、それは肌の温度。 触れた指先に絡んでくるのは、あたたかな手。 夢うつつの中で、確かに手を握りしめた。 優しい声が、届く。 こころのなかに、静かに届く。 声を聞けば、満たされた。 「刹那」 伸ばされるあの手を拒む事は、もうない。 END |