何年ぶりか。
その姿を見つけた途端に、身体は歓喜に震えた。
あまりの嬉しさゆえに、身体中の細胞が停止したかのように動かなくなった所為で、声は掛けられなかったけれど。
あの姿、あの顔。間違いない。間違えようがない、ニール。

生き別れの片割れにようやく会えた喜びは、確かに歓喜をもたらしたけれど、それが薄い笑いに変わったのはすぐだった。
ニール。
……お前を探していたよ。
そして考えていた。どうしたらお前を、もっと-------。

「…あぁ、ならばお前を苦しめるのは間違っているね」

口に出していった言葉は、すとんと男の腹の底に収まった。そうだ、お前を傷つけてもね、何も変わらないんだ。


遠くから見つめる目線に気付かず、ロックオンは傍の刹那を見つめた。
話かければ見事に無視をされたけれど、それでも2度3度と話せば、ようやく了承を伝える目線をちらりと送ってきたから、満足だと微笑んだ。
頭を撫でたいと思い、けれどそれは子供じみていると自分を嗜める。
刹那は言葉を多く言わないから、その表情と行動で最大限の推測をするしかない。
見つめて、ちゃんと見て、彼を知らなければ。
ほら、刹那。
お前も俺をちゃんと見ろって。コミュニケーション、人間の基本なんだぞ。
笑って言えば、刹那は目線を顔ごとそらした。



「ニール。君にいいものを見せてあげよう」

遠く、見つめる先に、彼らの姿が消えた頃、男が強く握りしめた手の平から、真っ赤な血がぽたりと流れた。


***********


ぬちっ、と響いた粘着質な体液と、肉をぶつける乾いた音が響いた。
荒い呼吸と、静かな声。

「------------知っている。俺のニールはもう生きてはいない存在だろう?けれど、本当はああして生きている。名を変えて。…もう表の世界にいる人じゃないんだな。推理と現実を考えればすぐに判る事だった。世界中、どこを探してもいない。ハックしても見つからない。そのはずだ。生きていないんだからニールはもう」

繰り返される律動。
闇雲に奥を目指して突き入れるような抱き方をされたのは初めてだった。
耐え難い痛みがもうどれだけ続いているのか。刹那の身体は悲鳴をあげている。
拘束された腕も、高く抱え上げられた足も、痛みばかりを訴えて、快楽などひとかけらもない。
口を大きく開いて、気管を確保していないと、呼吸さえも出来なくなってしまいそうだった。
必死に酸素を求めて喘いだ。喉から溢れ出るのは、声にもならないような母音ばかり。
喉の奥がからからに乾いていた。
唇を伝う精液。
咥内には、吐き出された精液がこんなにも溜まっているというのに。

「今のパートナーはお前か」

小さな、けれど悪意の篭もった声と共に、どぶりと音がしそうな程の量の精液を体内に放たれる。
もう何度目か。
収まりきらなくなった精液が、ぎちぎちに突き入れらた後孔の僅かな隙間から、とろりと溢れ出た。
泡だった乳白色の液体が、とろりとろりと溢れて止まらない。
ずぷりと孔から抜けば、一気に精液が溢れ出た。
「…っあ…」
腸内に入った異物を押し出そうと、刹那の下腹が痙攣を起こしていた。本人の意思とは関係なく、身体は体内に納めきれなくなった体液を押し出そうと必死だ。

「…お前を見つけたのは運命だったのかもしれない。…俺に捕まったのもお前の運だ。神に見放されたと思え」

神など。信じるのはとうの昔に辞めた。
崇めるとするのならば、それは己のみだ。肉体と命とガンダム。それが自分が生きている存在意義だと思っている。
目を閉じれば浮かぶエクシア。
コックピット。薙ぎ払う敵機。目の前に迫る紛争。
自分が存在する場所だ。
あれが、命のありどころだと刹那は信じている。
それ以外のものなど、邪魔なものでしかないと。

「別の事を考えてもらっては困る」
ひくひくと揺れる刹那の尻を蹴飛ばす革靴。その靴裏にどろりと精液が染み付いた。
「ニールを奪った地下の住人。なぁ、こんな抱かれ方はされた事がない?」
精液に汚れた足で、刹那の背中を蹴る。2度、3度、繰り返し蹴れば、小さく呻いた刹那が、ぐずぐずと床に倒れこんだ。
左の肩の出血はいつの間にか止まっていた。こびりついた血液が肩と上腕を汚し、赤黒い跡を残している。肩口の皮膚だけを撃ち抜かれたようだった。僅かな神経を傷つけられて、大きな筋肉が無事だというのは、かすかに動かせる左腕を見れば判った。…殺すつもりはないのだこの男は。拳銃を突きつけておきながらも、どれだけ酷い言葉を吐き、性的な暴力で刹那を陵辱しても、この男に浮かぶのは殺意以上の憎悪だった。

「まだ、だ」
「…うっ…」
脇腹を蹴って、刹那の身体を上向きにされる。
どくっ、と一際多い量の精液が流れ出し、あまりの心地悪さに刹那は嘔吐を覚えた。
…口の中にまで残る、精液の味を、もう感じなくなっている。

拘束されたままの腕をまるで棒を扱うかのように無造作に持ち上げ、ぬめる尻を広げて、指を3本纏めて突き入れた。
「なんて量の精液を飲んでるんだ」
自分で出したそれを、まるで他人事のように言い、ナカの指をぐるりと掻き回して、笑った。
「…っ、う、…ぁ…」
「ここに、こんなに出された事はないのか?…無いだろうな。あいつは優しい。優し過ぎるんだ。だからお前が」
「ひうっ…!」
「こんな風にセックスをされただけで崩れる」
腕を持ち上げられ、指をナカでめちゃめちゃに動かされる。
指を伝った精液が、手のひらへ溢れだし、手首を濡らして腕を伝い、肘まで辿る。
ぽたりと床へ落ちて、白い沁みを作った。
さらに指を突き入れてかき混ぜれば、白い沁みに血液も混じる。
それが、肩や額の傷の血でない事は明らかだった。体内にまで傷を増やされている。
「随分優しく抱かれていたようだ」
ぐちゅぐちゅと音を立て、ナカを掻き乱す。
「…ひぃっ、い、…ぁ…!」
立っていられない。足ががくがくと震えた。…限界だ。
そう思うのに、無理矢理立たされた刹那の身体は、ナカの指と、拘束された腕を不自由な形で引き上げられて、座り込む事も出来なかった。

(いつまで…続くんだ…)
朦朧とする意識の中で思う。痛みに気を失う事も出来ない。
目を閉じれば、瞼の裏にハレーションが起こっていた。視界も定まらない。血が流れすぎていた。
額の傷も、肩の傷も、撃たれてしばらくすれば流血は止まったが、お情け程度に引かれた白いシーツの上に身体を転がされた途端、シーツはあっという間に赤く染まった。
身体を揺さぶられる度にシーツを擦り、血がつく。引きずったような血の痕がそこかしこに広がり、それがシーツ全面に広がるまでに、そう時間は掛からなかった。
長い長い時間、陵辱されている。

こんな暴力のようなセックス。
あの男は、しなかった。
セックスとはこんなものかと思う程、優しいものだった。
今だからそう思う。優しかった。

刹那が男として女を抱いた事は、今まで一度もない。
それゆえにセックスを比べる事は出来ない。
刹那を抱きたいと言って来た男は、唯一一人だけで、それは今刹那を陵辱している男に良く似た、よく笑う男だった。
ソレスタルビーイングに入って、顔を知り、あの男のコードネームを知った。
『刹那』
名前を呼ばれて振り返り、話をしてくるからそれを聞き、ロックオンが差し出してくるもので望むものは受け入れ、いらないものは吐き捨てた。
『刹那』
名を、呼ぶ。
振り返る。腕が絡んで、服を脱がせて、気がつけば腕の中にいた。
あたたかい腕だった。
今、この男が触れる氷のような冷たさとは違う。

(…あぁ…あれはあたたかかったのか…)
奥深くを抉るように突き入れる律動を受け入れながら刹那は、ロックオンストラトスの体温を思った。
呼吸が、出来なくなってきていた。
苦しいと感じる事も無くなっている。…ただ、頭の奥に、今、自分を犯す男とよく似た顔が、こびりついて離れない。

あれは、あたたかかった。
あれは、優しかったのだと。

今、こうして他人を受け入れて、判る。
まったく同じ顔で、同じ声で、けれど何もかもが違う。
今、こうして顔も身体つきも酷く似ている男に抱かれていても、痛みしかうまれない。
セックスは、精液を吐き出すだけのものでは無かった。温かいものだったんだ。…そして気持ちのよいものだったんだと。
そういうものを与えてくれていたのか。
あんな、何も言葉を挟まない、ただ身体をあわせるような行為だったのに。

では。
では、この痛みはなんだ。このむなしさは。胸の奥が心底冷えていくような、この圧倒的な苦しさはなんなんだろう。同じ事をしているはずなのに。


「お前が居なくなると、ロックオンストラトスという男はどうなるかな」

知らない。何も変わらない。きっとどうにもならない。
お前が居なくなればどうなるか、だと?
エクシアのパイロットが居なくなるだけだ。
そうしたら、ヴェーダが新しいパイロットを探してエクシアに乗せる。GNシステムの解除は遺伝子レベルで組み込まれているから、大変かもしれない。それでも、イアンやヴェーダはなんとでもするだろう。
1人の人間を失ったからとて、ソレスタルビーイングが崩れ去る事はない。
そう、自分ではない誰かがあのガンダムに乗って、自分ではない誰かがあの男のあたたかい体温を受けるのだ。
自分ではない、誰かが。
(…いや、だ…)
自分の居ない世界を想像して、氷のように胸が冷えた。
思い出していたロックオンのあたたかみが一気に消え去る。
この男の、言葉1つで、そんな想像をしてしまった自分が居る。
刹那の心を読んだ男が、喉の奥で笑った。

「お前がこの世界から消えてしまえば、きっとあいつは変わる」

-------変わらない。変わるものか。
何を言っているんだ。
あの男とて、一人の死を受け入れるだけだ。
刹那が死んだのかと認めるだけだろう。
それでも。
それでも、少し悔しがるかもしれない。どうして死んだんだと少しばかり怒るのかもしれない。
死ぬなと。生き残れと、しきりに言っていたあの男だから。
けれど、それでもこの身は、大きな流れの世界の1つだ。小さな1つの命だ。
クルジスで死ぬはずだった命はここにあって、あたたかみを感じられる肌を貰って、この男の冷たい陵辱を受け入れる身体がある。

ロックオンに抱かれると生まれる胸の奥のあたたかみ。
あれは、セックスをしているから生まれているものだと思っていた。
声を掛けられても生まれるし、目を合わせてもうまれる、あたたかいもの。
胸の中に、何かが灯ったように、ぽう、とあたたかくなる。
身体を合わせているからだ。体温が分け与えられているからなんだ、あれは。

(…あぁ…痛い…)
痛いんだ。
胸も、身体中、どこも。


「…強情だな」
冷たい身体をつなげている男が言った。

同じ台詞を、同じような声で聞いた事がある。
確かに聞いた。あれはいつの事だったか。殴られた頬は確かに痛かったけれど、痛みは今の比ではなく、倒れこんだ砂浜も、このコンクリートの床のような固さとは無縁で。
殴られて、仕置きが足らないかと言われた。南の島。独断行動をした自分に。
(あぁそういえば…)
仕置きをすると個室に投げ込まれたのに、ロックオンがした仕置きは甘い甘いもので、刹那は驚いた。
抱きしめられ、甘いキスをされ、ロックオンの胸のあたたかみをずっと感じていた。

『死ぬなよ』
『生き残れ』

ロックオンは言う。
彼がそれを言うのは、自分だけではないけれど、生き残れと、ロックオンは度々口にしていた。
あの南の島で、彼はそれを繰り返し刹那に説いた。
敵に生身を晒すという、もっとも命の危険な行為をした刹那に、繰り返し繰り返し何度も。

(…なんて仕置きだったんだ…)
胸の中の温かみを感じ、ロックオンに最奥を突かれ、体内まで熱く熱くさせて生きる事を実感させた上で、言う。
生きていると身体に叩き込まれた。

死ぬな、などと。
簡単に約束出来ることではない。
刹那は、近距離戦闘用のエクシアに載っている。誰よりも死に近いというのに。
それでも、生きろ、と。

ロックオンの胸はあたたかかった。
あまりにあたたかかった。
人に触れる喜び。抱かれ、貫かれる痛みと快楽。
それを教えられ、生きろとまるで刹那の身体に刷り込むように告げてくる言葉。
そして気付いた事がある。


「…強情過ぎる。お前は。仕置きをしなくちゃならないな。…なぁ?」
「…っあ…!」
言い放たれた言葉と同時に、ほとんど勃起していなかった刹那を弄るためだけに挿入されていたソレがずぷりと引き抜かれた。突き飛ばされてシーツに沈む。荒い呼吸が収まらない。気管が塞がれていて、喉を通る息がひうひうと情けない音を立てる。
左肩の血が、身体を伝い、シーツを伝って真っ赤に染め上がる。引きずった血の痕は、刹那の身体のそこかしこも染まっていた。

項垂れた刹那のそれを、むずと掴み、思い切り力をこめる。先端から、精液がびゅくりとあふれ出た。
「…ひっ…」
暴行され続けた身体は、本能的な恐怖にも抵抗する事が出来ない。力など入らず、逃げる事も出来ない。
体力が根こそぎ奪われていた。
(まだ…続くのか…)
もう、ここでこうして拘束され、陵辱されてから、どれだけの時間が経っているのだろう。
流れ出た血液は、乾いて黒く染まっていた。

まだ大人になりきらない刹那のそれを強く握り、何をされても、声も抵抗も出なかった。
ただ痛みだけが追加されていくかのようだ。すでに手は拘束され、手首は縄で擦り切れて赤く染まっている。足腰が立たないほど殴りつけられ、突き入れらて、立つ事も出来ない。
何も出来ないと、判っていても続けられる。
目を開ければ、そこには同じ顔をした姿があって、刹那をあたたかく抱く男と同じ表情で、嘲笑の笑いを向けるのだ。
(…いっそ、目が見えなくなれば)
思う。
そうしたら、こんなもの、見なくて済むのに、と。

「目を閉じるな」
前髪をむずと掴み上げられ、強引に顔を至近距離に近づける。
瞼の重さに耐え切れず、目を閉じていた刹那の髪を揺さぶって、目を開けさせると、笑い顔と拳銃が間近にあった。
見たくは無い。けれど見てしまう。
だって、この顔は。

「…そう、よく見ていろこの顔を」
舌が、刹那の首筋を舐め、そしてそこに痛みが走ったと同時、噛まれているのだと判った。
まだ血を流させるのか。意識が朦朧とする。
もう、意識を失ってしまいたいのに。…なのに、それさえ許されない。

拘束された手首を持ち上げられ、身体を仰向けにされたと同時、刹那のはだけた胸に、冷たい銃口が押し付けられた。
「…っ…」
ひやりと冷たい感触。
目の前には、歪む唇。
見たくなかった。
彼を思えば、ほんの少しばかりあたたかくなるこの胸に、いま同じ顔の男が、冷たい鉛を押し付けている。
同じ笑みで、同じ顔で、同じ言葉で、煽り、刹那の淡い恋心をずたずたにしていくのだ。

そう。恋をしているのだ。
刹那は今、
ロックオンストラトスという男に。

恋というものがどんなものなのか、刹那は知らない。
経験もなく、けれどこの胸にひそやかに生まれたあたたかみが、人を想う心なのだとしたら、これは恋と呼ばれるものなのかもしれない。
けれど、判らないのだ。この小さな恋を、どうしたらいいのかも。
経験がない想いを持て余す。
ただ、思えば胸あたたかくなる想いを感じるだけで、精一杯。

伝える事は出来ない。
伝え方が判らない。
思いをこれ以上膨らませることも出来ない。
思いを止める事も出来ない。
だってこの気持ちは行き場所がないのだ。
この気持ちをどうしたらいい。これはどうやって沈めればいい。
締め付けられるこの想いは。

どうすることも出来ないのなら。
ならばいっそ。

―――この、同じ顔をした男に、撃ち殺されるのは、”シアワセ”なことじゃないか?

なんて我が儘で、
なんて甘美な願いだろう。

胸に突き付けられた鉛を感じながら、刹那はゆっくりと目を閉じた。
手放せなかった意識が、ようやく途切れようとしていた。