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「トレミーに配属されることになった、新しいクルーを紹介するわ。…入って?」

スメラギの声に、ブリーフィングルームのドアに皆の目線が集まった。
シュンと勢いよくドアが開く。
そこに立っていた少年は、緊張した足取りで、スメラギの横にまで来ると、ぺこりと頭を下げた。
「…ソラ、です。よろしくお願いします」
名乗った少年が、なぜファミリーネームを言わなかったのか。それを知るのは、すぐ後のことだったけれど、その前にライルが口を挟んだ。
「ちょっと待ってくれよスメラギさん、こんな子供が?」
乱暴な物言いだが、その口調は決して彼を非難するものではなかった。心配、のほうが色が強い。
「そうね、ソラは確かにまだ子供だけれど、刹那がマイスターになったのも、確かこのぐらいだったわよ」
「そういやそうだったな」
ロックオンが肩をすくめた。あの頃の刹那とて、今目の前に居るソラという子供ほどの年齢だった。
あの時の刹那は喋りもせず社交性もゼロといって良いほどだったが、マイスターとしての腕はあった。
「ソラにも、それだけの能力があるってことだろ?」
「もちろんよ。彼にはトレミーの操舵手として働いてもらうわ。機械整備の腕も万全よ」
「そりゃありがたい」
イアンがニッと笑う。過去、サジという助手が居た時には彼も随分楽が出来た。万年人手不足の整備士だ。補充要因はありがたいものだった。
…が。
しかし、それ以前にまず確認しなければならないことがある。
それは、このソラの容姿そのものだ。
「…でも、この子、刹那にすごく似てる…」
フェルトが口元を押さえながら、そっと言った言葉に、その場に居た面々の目線が、尚更ソラに集中した。
未だ自分の名前以外に発言していない彼は、確かに刹那によく似ていた。
黒色のくりくりした髪。背格好も顔のつくりも、刹那の5年前そのもののようだ。
ただ決定的に違うのは、その彼がまとう穏やかそうな雰囲気と、肌の色や目の色だ。わずかなパーツが刹那とは完全に違うものだと主張している。
「確かにこりゃ似てるな。刹那の弟か?」
ふうん、と覗き込む。ソラはわずかにヒクリと震えてみせたが、怯むことなくライルの目線をそっくり受け応える。度胸は据わっているらしい。
「ああ、でも目の色が刹那の色じゃねえな。…どっちかっていうと、俺とにいさんの目の色と同じだ」
「ほんとだ」
「ふたりを足して2で割るかんじ?」
「この少年が、刹那とロックオンに似ているのは当然だ」
まじまじとソラを見つめる皆の後ろで、腕を組んでやりとりを見ていたティエリアが口を挟んだ。
「へっ?」
はっきり言い切る声に、皆がティエリアを振り返る。
そっくりが当然?
続きを促されて、ティエリアはスメラギに目配せをした。
「僕から言っても?」
「…ええ。いいわ。黙っていても、ね。…いい?ソラ」
本人に確認すれば、こくりと小さな頭が頷く。
ティエリアは躊躇いなく口を開いた。
「その子供は、刹那とロックオンの細胞を培養して作られている」



 [ Sora ]




ブリーフィングルームに、一瞬、静寂があった。
誰も声を出さず、ただ目を見開く。
ちょっとまて。
ちょっと待てよ?
今ティエリアはなんといった?
細胞を培養?
作られた?
ロックオンと刹那を?
…うん?
…まて。それって。
皆が同じことを考え、当事者であるロックオンがひゅっと息を吸い込んだ音だけが響いた。
「ちょっと、待てよ、…ちょっと待て。なんだそれ?…俺と刹那の…?なに?」
「細胞を培養して作られた子供だと言った」
「だから!なんだよそれッ!?」
「昔、研究と称して様々な体液や細胞を採取しただろう。その使い道だ」
さも当然のようにティエリアが言い、事情を知っているのであろうスメラギはどうしたものかと苦く笑うしかない。
確かに、細胞というか、体液だとか血液は頻繁にチェックされていた。採取もされていたが、しかし!
「いや、あれはさ、俺達自身が何かあった時のために、拒絶反応をしらべるとか何とかって言ってなかったか!?」
「ああ。だから、それを使った結果だ」
「…結果って…」
絶句。
結果って何だ。
そんなこと、一言だって聞いてない。勝手に作られたのか。子供を。
ロックオンはもう何も言えなかった。
細胞を提供しただけで、それを培養して作った?
…作ったって、いやまて。人間をそんな簡単に作っていいのか?…ああしかしイノベイドという人工的に作られた人間はいるのだから、細胞培養して作るぐらいわけはないのか。実在するティエリアがいい例だ。…けれどそれが、
「どうして刹那とロックオン?」
「戦闘能力が高かったからだろう。接近戦と狙撃が上手い人間を掛け合わせてつくる」
「…つくるって…料理じゃねえんだぞ!人間は!」
ああくそ、とロックオンは頭を覆った。なんてことだ。
当の本人であるソラは、きょとんとしたままトレミーの面々を見ている。
一方の刹那は、思考がパンクしたのか、それとも普段の無口の延長か。もはや言葉も挟まずただ呆然とするだけ。
フェルトが心配そうに見つめているが、それさえ気付かないらしい。
駄目だ。ショックなのだ。
ひとまずこれは放っておいてやるほうがいいかもしれない。

「…それにしたってソラ…って言ったよな。培養したんなら、今ごろいってたって5歳やそこらじゃないのか?」
「すぐに実戦配備できるよう、幼少期ぶっとばして成長期にしやがったんだな…くそ、人間の命をなんだと思って!」
「だったらどうしてアレルヤじゃないの?強化してあるぐらいなら、彼の細胞のほうが…」
「もともといじってある遺伝子をさらにいじるのは危険なんじゃないかな」
「あそっか。それで刹那とロックオンなんだ」
「…いや、だからって駄目だろ…」
「はい、ここまでにしましょ!」
どうしようもない言い合いに、スメラギが手をパンパンと叩いて話を強引に終らせた。
「でもスメラギさん!」
どうしろっていうんです、と皆がスメラギを見つめる。しかしそういわれたところで、スメラギとてどうしようもない。
「彼がトレミーに配属されるのはもう決定なのよ。…それに、彼は生まれて実在している。それは今更どうすることも出来ないの。だから、皆で仲良くやっていきましょ。幸いソラは操舵も整備も腕はばっちりってお墨付きよ。…ほら、今回のブリーフィングはここまで。ライル、ソラに制服だしてあげて」
「…制服?」
「ええ。よろしくね」
そんなものどうして俺が、とライルが疑問に首を捻ったものの、それがコミュニケーションのためのものだとすぐに判った。動揺しているロックオンと刹那よりも、ふたりに一番近い存在であるライルがいいと踏んだのだろう。
「判った。よしソラ、ついてこいよ」
「はい」
床をついっと蹴って、誰よりも早くブリーフィングルームから出て行く。皆の目線を一身に浴びて出て行くソラは、最後に頭をぺこりと下げていった。


***


「お前さん、サイズいくつだ?」
「…Sサイズがあれば」
「Sかあ、Sは…んー…女物ばっかだな…」
倉庫の中でごそごそと漁りながら制服を引っ張り出す。
様々な色の制服がストックされているが、Sサイズでみつかったのは黄色やら黄緑やらの派手な色だけだ。
「…まぁでもこれでもいっか。ちょっと着てみろよ」
ほい、と制服を投げれば、ソラがもぞもぞと目の前で着替えを始めた。どうせ男同士だ。裸になるわけでもないし、このまま見ていても問題ないだろう。

…ああ、こんな時に煙草があればよかった。
呆然とライルは思う。
ライルとて、このソラという存在を知らされて、多少の動揺を受けている。
ロックオンや刹那ほどでないにしろ、それなりにショッキングだったのだ。こういう、頭の中がぐちゃぐちゃになりそうな時には、やっぱり煙草を吸って星空でも見ているのが一番なのに。
そもそもあのふたりの子供。
…いや、産んでいないのだから御幣があるかもしれないが、そんなもんふたつの細胞を掛け合わせて生まれているのだから実質同じだろう。
ただ、痛みを伴わない、10ヶ月も腹の中に入れていないってだけであって、生まれる仕組みはおそらく同じだ。
まだ精子で作ったといわれなかった分だけ良かったぐらいだ。
兄であるロックオンは、こういった問題にも頭を抱えながらも対応していくだろう。
問題なのは刹那だ。
大抵のことはすんなりこなしてしまうが、今回ばかりは問題が問題だ。
大丈夫かとちらりと刹那の姿を見たが、あまりに想定外な出来事に顔は真っ白になっていた。あれは完全に頭が爆発している。
(大丈夫かね、…あいつ…)
これから毎日だって顔を合わせてよろしくやっていかなきゃならないだろうに、あんなで回復できるのだろうか。

「…あの、おれ、頑張ります」
「へっ?」
不意に言われた言葉に、ライルは驚いた。ボクサーパンツ一枚の姿で、ボトムスを履きながら、ソラが突然言ったからだ。
「頑張って、みんなの役に立つ、から」
しまった。考えていることを見透かされたか。
…いや、ブリーフィングであれだけ皆が眉をひそめていればさすがにこういう反応にもなるか。
ソラにとっては、あのふたりが親になるわけだし。
(その親とのファーストインプレッションがあんなだったわけだしなぁ…)
年頃としては、まだ14か15程度に見える。そんな少年にこの複雑な心をさらしたままでは可哀相だろう。
(よし)
ライルは思考を切り替えた。
ここは一肌脱ごうじゃないか。トレミーで、この少年の味方をしてやれる人間は少ない。だったら俺が真ん中に立ってやる。それこそ兄だと思って慕ってくれたらいい。
「ソラ、って言ったよな。これからよろしく」
「はい!」
にこりと笑いかけてやれば、ソラは驚くほど純粋な顔でぱあっと笑った。その笑顔はまさに少年だ。
「期待してるよ。けどまぁ、無理はすんなよ。トレミーは実戦部隊の最前線だからな」
「でも、だからこそ、おれがここに来たんです」
きっぱり言い切られて、ライルは素直に驚いた。
「おまえ…しっかりしてるねえ…。けどな、突っ走りすぎると疲れちまうぜ。ほどほどに行こう。人生は長いんだしな」
笑いながら言った言葉に、ソラは手を止めて、はっとライルの顔を見つめた。
「…どうした?」
「…なんでも…」
「どうしたって」
そんな驚いた顔されても困る。笑って茶化してやろうかとすれば、ソラは自分からふにゃりと笑った。
「ありがとう。優しいんだねライルさん。…でもおれ、あんまり時間がないから」
「…うん?」
時間?何の?まぁいいか。
「そうだ、名前さ、ライルでいいよ。…サイズはどうだ?それでいいみたいだな」
「…うん」
黄緑色の制服を身につけてみれば、思いのほか似合う。髪の黒さや眼の青緑も際立っているように見える。
「そんじゃ、次はお前の部屋かぁ?どこになるのかな」
んー、と背伸びをしながら、ライルは端末を開いた。皆もすでにブリーフィングから出たようだ。ひとまずブリッジに行けばいいか。
「ついてこいよ」
「はい!」
小気味いい返事。
ふわふわなびく黒髪に、真新しい制服。
刹那とロックオンから作られたという、この子供。
しっかしとした物言いも出来て、態度もそつがない。これなら心配なさそうか、とライルはひとまずの安心を感じていた。


***



ソラがトレミーに溶け込むのにそう時間は掛からなかった。
操舵手としてやってきただけの事はあって、確かにメカニック関連の腕がいい。すぐさまリヒティ並みの動きを覚え、プトレマイオス2も問題なく宇宙空間を航行している。
整備の仕事も良好のようで、毎日ドッグとブリッジをいったりきたりしている。イアンともすぐに打ち解けたようだ。
ソラ本人も、仕事を与えられたことにやりがいを感じているのか、毎日忙しくも充実しているように見えた。
そう、それはトレミーのクルー皆も同じだった。
当事者である、刹那を除いては。

「お前は、まだそんな顔してんのか」
目の前でふてくされたような眉を寄せた顔をしているから、思わず鼻先をむずと摘んだ。普段なら「やめろ」とすぐに追い払いでもしそうなものだが、今日は何も言ってこない。これはどうやら相当に考え込んでいるらしい。
「あいつ、頑張ってるみたいだぞ。俺の機体も一晩で万全にしやがった。お前のだってそうだろ?」
「俺の機体は、イアンが整備をしている。…担当じゃない」
「…まーたお前は!」
拗ねたことばかり言う。今度は額をピン!とはじいた。刹那はそれでもムッとした顔のままだ。
「………お前は、いいと思っているのか」
あの子供のことを。
どういう意味で言われているのか判って、ロックオンが苦笑した。
「いいと思うも何も。現にあいつは居るだろ?納得するだけさ」
「…俺は…困るんだ…」
「困るって…」
相変らずカタブツだ。
ロックオンは笑った。
「…ま、俺達だって、こうやってベッドの中に居るぐらいの関係なんだ。これが男女だったら、ああいう子供が出来ていたっておかしくない」
「………」
こんな関係をもう5年続けている。もしも精子と卵子があったのなら、子供のひとりやふたり、簡単に出来そうなほどにセックスもしている。
それが無いのは同性だからに他ならない。
「お前と俺とでは子供は出来ない」
「そりゃ、そうだな。でもだからセックスしてるわけじゃないだろ、俺達」
まさか、あの子供がロックオンと刹那の関係を知った誰かが好意で作ったわけではないだろう。
CBにマッドサイエンティストがいるとは思いたくないが、おそらく人手不足を補うためもあって作られたのだろうけれど。
「…困るんだ…」
「ああ、判ったから」
刹那が納得できないのもわかる。
今まで戦いしかしてこなかった刹那が、突然「この子供は貴方の細胞から作られました」といわれても。赤ん坊を手渡されたのならともかく、すでにあの大きさにまで成長もしている。
刹那が、ソラを避けているからか、あちらからも接触はないらしい。
「…お前さ、ソラと会話とかした?」
「……挨拶はしている」
「挨拶だけってことか」
あー、こりゃ重傷だ。
ベッドの中で、悩みぬいてシーツを肩までかぶせて丸くなっている刹那はカワイイのだが、しかし。
(これはあんまり良くないよなぁ…)
刹那をシーツの上から抱きしめながら、ロックオンはどうしたものかと考えていた。