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file:01-*1 あんまんと週刊誌
家に帰ってくつろいでいると、しばらくしてチャイムがなった。
時間は23時半。
あいつ、しかいない。
「おっす」
インターフォンに軽く挨拶を投げ掛けて、エントランスの鍵を開けた。
『…ぉぅ…』
照れたような返事が返ってきて、俺の顔は弛む。
付き合ってそこそこになるのに、政宗は俺の家にくることが恥ずかしいらしい。
今時珍しいくらいの初々しさだ。
まぁ、そこがいい。
3分かそこらで、今度は部屋のチャイムが鳴った。
鍵を渡してるんだから、勝手に入ればいいのに、エントランスは勿論部屋に入るときすら、チャイムを鳴らす。
俯いた顔を想像しながら、玄関に迎えに行った。
「よぉ、お疲れさん」
「…お疲れ」
バイト上がりの政宗は少し油臭い。
俺はそれに腹を刺激された。
「腹減ったな、何か食うか?」
「あんまん、ならあるけど」
「あんまん?」
小さな袋に入ったあんまんを差し出された。
まだ温かい。
「お前食わねぇのか?」
「いい。売れ残りでいいならやるよ」
「もらう」
リビングのソファにどっかり座ると、おずおずと近寄る政宗。
座れよ、と隣を叩けば、少し躊躇いがちに腰を下ろした。
「何だよ、今日はいつもに輪をかけておとなしいな」
ますます黙る政宗の、心中は分かってる。
しばらくご無沙汰だったからなぁ。
不意に感じた政宗の“男”に、何故か俺は気が昂ぶる。
政宗の髪を撫で、囁く。
「これ食ったらな、」
政宗は素直にこくんと頷いた。
これは相当、キてやがる。
俺は愉しい夜を想像して、あんまんを取り出した。
皮の蒸された匂いを吸い込みながら噛り付こうとして、止まった。
目がいったのは、あんまんの上頂部にある、赤い突起。
「、これ…!」
「え、あぁ、それはあんまんの目印」
政宗は淡々と説明したが、俺は落ち着いていられない。
初めて見た。
「おっぱいまんじゃねぇか、これ!」
「………、」
「うわ、柔らかさといい、この手に貼りつく感じといい、まんまだぜ」
2つあれば面白かったのにな!
そう言って政宗を見た。
…が、政宗はそこに居なかった。
「あ?政宗?」
視線を巡らした先に見つけた政宗はリビングから出ようとしていた。
鞄を持ってる。
帰る気、か?
「おい、政宗?」
「…ッんなに乳が好きなら、それでオナっとけ!」
バタン、と大きくリビングのドアが閉められた。
残された俺は、とりあえず手の中のあんまんを齧った。
柔らかく甘い食感に、政宗の唇を思い出して、頭を掻いた。
「…まずった、な」
*
翌日。
出勤前にでも政宗に謝りにいこうとして、寝坊という凡ミスでおじゃん。
仕事も長引いて、日付が変わる直前にマンションに戻った。
明るいエントランスを抜けて、エレベータを呼ぶ。
見ると、自分の部屋の階に止まっていたらしい。
このマンションはワンフロアに2部屋しかない。
お隣さんは海外だったはずだけど、戻ってきたんだろうか。
どうでもいいことを考えていると、エレベータが来た。
開いたドアに体を滑り込まそうとして、止まった。
中から人が出てきて、それは政宗だった。
突然のことで、上手く口が利けない。
それは政宗も同じらしく、しばらくドアを間に2人して固まった。
すると当たり前にドアが閉まって。
「、あ…っ」
慌てて“▲”ボタンを押して、ドアを開けた。
俺が体をずらしたその隙に、政宗は俺の横を通り抜けていった。
「あ、おい!政宗!」
「バイバイ」
腕を掴もうとしたが、かわされて、残された言葉はそれ。
「、おぅ?バイバイ…?」
俺は意味が分からなくて、とりあえず手を振って政宗の背を見送った。
また閉まりそうになったドアを開けて、今度こそその中に入った。
ドアの前に立って、鍵を開けて。
入った部屋の中には、政宗の残り香がある気がして、しまった、さっきはやっぱ捕まえとくんだった。
いつもどおりに寝室で着替えて、リビングに戻った。
そこで初めて、決定的な違いに気付いた。
テーブルに置かれたコンビニ袋。
「マサムネ、マサムネ」
「これ…政宗が持ってきたのか?」
結構大きな袋だ。
俺はソファに座って、袋の中を探った。
中から出てきたのは、週刊誌…「特集!あんなことまで!?貧乳処女の中出し!『やめてぇ…ッ、赤ちゃん出来ちゃう…!』」…何だこれ。
あとはまだ温かいあんまん2個とメモ?
「…“三十男独身のお前にはこれがお似合いだよ!せいぜい励んで抜きやがれ!バイバイ!! 政宗”…?…あいつは…」
こんな可愛い嫌がらせで、別れるとか言ってるつもりなのか。
とりあえず、俺のおっぱいまん発言を根に持っての行動なのは分かった。
頭を抱えたのは、現状にじゃなく、政宗の可愛さに、だ。
別れるなら、もっと他のもの渡すだろうに、それはここにない。
「さ、呼び戻すか」
俺が手にしたのは、携帯。
リダイヤルから「政宗」の文字を探しだして、通話を押した。
あいつのことだ。絶対出る。
まだ俺の番号を消してもいない。
耳にはコールが5回、6回…。
きっと道の真ん中だとしても、立ち止まって出るか出ないか悩んでる。
簡単に想像がつく姿に、笑いを隠せない。
『…、何だよ』
たっぷり13コール。
やっと政宗は電話に出た。
「俺。あ、元親だけど」
『…見りゃ分かる』
「あ、まだ俺の名前出んのか」
『、っ…』
からかってやれば、図星の無言。
電話を切られては困るので、本題へ。
「お前が言いたいことは分かった」
『…そーかよ。じゃーな』
「“じゃーな”」
『…、ぁあ…』
「と、言いたいとこだけどな。無理だ」
『え、』
一瞬政宗の声が弾んだ。
分かりやすいやつだ。
だけど、俺は政宗が欲しがるような言葉は言ってやらない。
「悪いが、鍵は返しに来てくれ。流石に物騒だろ」
『ッ…、』
「明日っから海外出張だから、余計に。今夜中に頼むわ。じゃ」
プツ、と。
一方的に電話を切った。
少し強引だったか。
けれど、これであいつはここに来る。
…来なかったら本気だと思って、明日謝りに行くか。
本当なら、初めっから俺が謝りに行くのが筋なんだろうけど。
それは…怖い。
勝手なのは分かってる。
でも、あいつは嘘をよく吐く。
普段は分かりやすいのに、嘘だけは上手い。
あいつのテリトリーだったら、嘘で誤魔化されるに違いない。
だから、卑怯な手で呼んだ。
「やな大人だよ、俺は」
「モトチカ、モトチカ」
「おぅ、何だよ」
部屋の隅から片言の日本語。
あんまり教えてないのに、勝手に言葉を覚えてる。
「モトチカ、オソイナ、ハヤク…」
「…は?」
「ゴハン、サメル」
「………、」
今のは、明らかに政宗の言葉だ。
時々飯を作って待っててくれてた。
その時の独り言か。
「――…っ」
謝ろう。
来たら即、謝ろう。
あいつが俺を好きなんじゃない。
俺があいつを好きなんだ。
始まりはそうだった。
馬鹿げてる。何で忘れてんだ。
「政宗、」
呼んだ瞬間、インターフォンが鳴った。
きっと政宗だ。
「今開ける」
エントランスから大体3分。
いやに長く感じたのは、気持ちが急いているからだ。
部屋のチャイムを合図に、俺は玄関に走った。
鍵を外してドアを開けて、その外に立つ政宗は俯いていた。
ただ片手を突き出して、その先に鍵を持っていた。
「…返す」
「要らない」
「ッお前が返せって…!」
顔を上げた政宗の目を見ることもなく、俺は政宗を抱き締めた。
「…離せよ。バイバイって言っただろ」
「悪かった。許してくれ」
ぎゅう、と苦しがるくらいに抱き締めた。
「俺はお前がいい。けど女も好きなのは事実だ、」
「だったら、他探せよ…っ」
「聞けよ。悪いが男だから好きなわけじゃない。政宗だから、俺は政宗が好きなんだ」
「…俺は胸、ない…」
これだけ言っても、おっぱいまんにこだわるか。
俺は溜息を吐いた。
頭痛すらしそうだ。
「胸なくたって、抱き心地が柔らかくなくたって、政宗がいい」
「………、」
頭にキスを落とせばますます俯く。
誰に見られるもないけど、こんなに可愛い政宗が監視カメラに映るのすら惜しくて、部屋に引き込んだ。
ドアが閉まる音を合図に、今度は唇にキスをした。
「“バイバイ”は、取り消しな?」
「…二度目はないからな」
「分かってる」
大仰に頷いてみせると、政宗は小さく小さく「…じゃあ許す」と言った。
それを見て、まずいと思ったのは一瞬だけ。
俺は政宗を抱え上げると、寝室へ直行した。
「も、元親…っ!」
「しよう、今すぐ」
「待てよ、俺風呂入ってねぇ…!」
「構わねぇ」
どんなに暴れても、俺が全部包み込んでやるよ。
――しかし、おっぱいまんで別れの危機とは、その内フランクでもやりそうだな…。
終
本編終わってないのに番外編っていう…。
とりあえず何だかんだで付き合った後のチカダテ。
しかもいきなり別れの危機(笑)
ただ単に、チカに「おっぱいまん」と言わせたかっただけですよ(だろうな)
06.10.05