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file:02-01 1,575円
悲しいことに、何の予定も無かったバレンタインはバイトで終わった。
話のネタにしかしようのない自分に、呆れてコメントも無い。
23時、閉店作業をしてさっさと帰途に着いた。
手には売れ残ったバレンタイン用のチョコ。
有名ホテルだかのチョコらしいけど、正直そんなの嬉しくも何とも無かった。
何箱もあるその売れ残りチョコを、どうしたものかと頭を抱えた。
帰ってきて、いつもなら夕飯にするんだけど、食欲がなくて止めにした。
けれど寝るには目が冴えていて、こういうときは何故だか洗濯したくなる。
丁度明日はバイトが休みだし、ユニフォームを洗っておこうと寝転んでいたベッドから起き上がった。
ユニフォームを引っ掴んで風呂場に向かった。
そのとき、インターフォンが鳴った。
こんな遅くに誰だろうか。
思い当たるのは大家さんくらいで、やべ、俺何かしたか?
「、はい」
外にいたのは大家さんではなく。
やたら大柄な男だった。
「こんばんは」
「あ、どうも…」
知り合い、ではない。
誰だこいつ。
「どちらさま?」
「今日、このアパートに引っ越してきたんで、挨拶に」
「それはどうもご丁寧に」
今時珍しい、と少し感心してると、男は言葉を続けた。
「ディトマートで働いてるんですね」
「、え?」
何で知ってるんだ、こいつ。
常連ではないはずだ、俺に覚えがない。
というか、常連でなくてもこの体格なら1回見ただけで覚える。
…忘れたんだろうか。
早すぎる己の記憶の限界に、少しばかり凹んでいると、男はふと笑った。
「いや、実際見たわけじゃない。ユニフォーム持ってるから」
指差されたのは、腕にかかったユニフォーム。
そういえば、そのまま持ってきてしまってた気がする。
ちゃちなタネ明かしに、少し笑えた。
「違ったか?」
「いや、あってる。すぐそこにあるとこ」
男はああ、と納得したように大きく頷いた。
…というか、俺のバイト先の話なんかどうでもいい。
一番重要なこと言ってねぇぞ、こいつ。
「ところで、名前は?」
「前田慶次」
「、ふーん…。あ、俺は伊達政宗な」
名乗らなかったから、言いにくい名前なのかと少し期待したけれど、返ってきたのは普通の名前。
そうそう、ネタになるような名前なんて無い、か。
そう考え、ネタで思い出した。
あの膨大な量のチョコ、こいつに押し付ければいい。
「あ、前田、」
「慶次でいい」
「じゃあ、慶次。お前、チョコ好きか?」
「嫌いじゃないな」
「ならいい、ちょっと待ってろ」
俺はくるりと反転して、部屋の中に戻った。
コンビニ袋の中に詰まったチョコのうち、高そうなのを数箱選んで、また玄関に戻った。
「これ、よかったらどーぞ」
「………いかにもバレンタインのチョコだな」
「正しくそうだからな」
時間的に売れ残り、ってバレバレだけど、まぁいいや。
食えないもんじゃないし。
持って帰ってもらえればいいや、何て軽く考えてたから、次の慶次の言葉に俺は絶句した。
「本命か?」
慶次はいたって大真面目な顔で、言われたこっちが恥ずかしい。
「、バッ…!ちげぇよ、義理でも本命でもねぇ!単なるお裾分けだ!」
「それは残念だな」
クスクスと面白そうに慶次は笑って、箱をひとつ開け始めた。
「まだ、バレンタインだから、何かしら想いが篭ってると思ったのにな」
「…馬鹿じゃねぇのか。第一、俺も男。お前も男」
「バレンタインは好きな人にチョコをあげるんだろ?好きならそれは関係ない」
「関係大有りだ!って、まずお前とは今日が初対面だろうが!好きもクソもあるか」
吐き捨てるように言うと、それもそうかもしれないが、と慶次は箱の蓋を開けた。
ふわん、と香る甘い匂いに、少し空腹感が出てきた気がした。
「俺は一目惚れってのはありだと思うがな」
「無くはないけど、少なくとも今は起こらない」
「それも無くはない」
「はぁ?」
慶次はチョコをひとつ口に放り込んだ。
甘い匂いが一層濃くなった気がした。
「俺は本命しか要らないし、本命しか渡さない」
そういって、今度はチョコを俺の口に放り込んだ。
「だから、それは本命チョコだ」
口の中で、甘い甘い塊がじんわりと融けてなくなっていった。
その間、ずっと俺は喋れなくて。
チョコが大きすぎた、とかではなくて言葉が出てこなかった。
慶次はただニコニコと笑っていた。
「顔が赤いぞ?」
「…ッ!!んなことねぇよ!!」
からかいの言葉に、ようやく声は出たけれど反論には自信がなかった。
事実顔は熱かったし、赤かったかもしれない。
頭を抱えてその場にしゃがみ込むと、笑いを押し殺したような声が降ってきた。
「じゃあ、今日はこれで。これからよろしく」
「………」
さっさと帰れ。
俺は顔も上げずに慶次が帰るのを待った。
だけど、家に流れ込む冷気が止まる事はなくて。
挙句に。
「ホワイトデーを楽しみにしてる」
半分笑った声で、思いがけない言葉を言われたもんだから、思わず顔を上げてしまった。
「…ッ知るか…!」
「あと、この時間に洗濯は止めといてくれ。俺の部屋、お前の隣だから」
さらりと爆弾を残して、慶次は出て行った。
冷気がぴたりと止んで、冷ますものがなくなった頬がまた熱くなってきた気がした。
ようやっとで落ち着いて、それから食べたどのチョコよりも。
慶次がくれたたったひとつのチョコの方が甘かった。
それは慶次にあげたのが高級チョコだったから、と思い込むことにした。
終
前伊達DEバレンタイン!!
コンビニパロで済みません。
ていうか、戦国の世にどうやってバレンタインを持ち込むかの難題が解けませんでした(笑)
題名もふざけてる気はありません(笑)
まぁ、コンビニにある一番高いチョコって、大概これくらいの値段なんです。
政宗さんが慶次にあげたチョコはこの値段の2種類です。(細かいよ)
06.02.14