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file:02-02 白い罠
何でわざわざ対の日なんて用意されてるんだ。
マシュマロ会社が憎い。
3月14日。
やっぱり何が予定がある、とか言うわけじゃなくて。
ついでに言えば、バイトすら今日は入っていなかった。
家でゴロゴロしてるだけの1日。
壁際に置いてあるベッドに寝転がって、何をするでもなく雑誌をめくっていた。
すると、壁がトントンと鳴った。
(…何だ?)
ここは壁が薄いし、そんなに気にすることでもないだろうと思って、うつ伏せに寝返りを打つ。
数ページ読み進めると、またトントンと鳴った。
さっきと同じリズム、同じ回数。
(、ポルターガイスト!?)
正直、一人暮らしだとそういうことに敏感になってしまう。
…俺だけかもしれないけど。
恐る恐る辺りを見回して、壁にそっと耳を当ててみた。
すると、
『政宗』
思いの外、大きな声が壁に響いた。
(ッ!!??名前呼ばれた…!!!)
瞬間、俺はベッドから飛び降りていた。
ヤバイ、この部屋何か居るんじゃねぇか。
大家さん、そんなこと言ってなかったけど…って本当でも言えるわけねぇか。
だからここ家賃安いのか…!
壁から声がするとか怖すぎる…。
でも、隣の部屋からする気もするし、俺の部屋は関係ないかも!
(…ん?)
そこまで考えて、ふと冷静になった。
ここのアパートの壁は薄い。
声は壁というより、向こうの部屋からする気がする。
(んで、こっち側の隣と言えば)
「…ッ慶次!?」
『ご名答。やっぱり聞こえてるのか』
“壁”は愉しそうに答えた。
俺は気を取り直して、ベッドに登った。
壁に口を近づける。
「…何してんだよ、お前」
『昨晩の寝言がうるさかった、って言おうと思って』
「えっ」
こうやって会話できるくらいの壁の薄さだったら、寝言も筒抜けじゃねぇか!
「嘘だろ!…最悪だ…」
『大丈夫だよ』
「何が大丈夫なんだよ!!」
『嘘だから』
聞こえはしなかったけど、慶次が笑っているのは分かった。
どうしようもなくて、ガン、と壁を殴った。
『酷いことするなよ』
「お前が悪いんだろ!」
『折角のホワイトデーなのに』
「はぁ?」
唐突に、しかも2人の会話には大分不似合いな単語が出てきて、俺はとにかく素っ頓狂な声を上げた。
そりゃ、初めて会ったのは1ヶ月前のバレンタインデーだったけど。
それは今関係ない。
「ホワイトデーだから何なんだよ」
『俺、本命チョコ上げたじゃないか』
「へー、誰に?」
『政宗に』
「な、何言ってんだよ!あれを数えるな!っていうかチョコをやったのは俺だろ!」
確かに、バレンタインには俺が慶次に売れ残りのチョコをお裾分けした。
そのやったチョコの一粒を貰ったには貰ったけど、アレは何の意味もないはずだ。
…慶次は本命だの何だのとクサイことを言っていたけれど。
『じゃあ、貰ったことにしておく』
「しておく、じゃなくてそれが事実だろ」
『ならお返しをしないと』
「………」
こいつはきっと事も無げな顔で言ってるんだ。
こっちの気も知らないで。
あのチョコにどんな意味もない、あっても売れ残りのお裾分けっていう意味だけ。
それを何度も、それこそ顔を合わせる度に言っても取り合いもしない。
『トイレか?』
「、何でだよ!」
『いや、いきなり黙ったから』
「呆れてんだよ、俺は」
壁越しにでも聞こえるように盛大に溜息をついてやる。
悪い奴じゃないのはわかってるけど、何だかもう、話してて疲れる。
天然、じゃなく、全部わざとだからタチが悪い。
…俺はただ、奴に踊らされてるだけみたいで。
「もー、いーだろ。壁越しに話しかけてきたりすんなよ、隣同士だからって」
バン、と壁を叩いて、会話終了。
俺は昼寝でも、とベッドに寝転がった。
慶次も言いたいことを言い切ったのか、もう何も話してこなかった。
ただガタガタと何だかうるさい気配はしていたけど。
気にしだしたらいつまでも気になるし、そんなんじゃこのアパートで暮らせなくなるし。
(関係ない関係ない)
ごろっと寝返りを打って、まだ明るいベランダを見た。
一瞬、自分の目を疑った。
目を閉じて1秒で夢を見たのかと思った。
だって。
ベランダにはさっきまで話してた慶次が居た。
(、嘘だろ!?)
慶次はニコリと笑って、ガラス戸を、2度叩いた。
口パクで、「あ・け・て」と言ってるのが分かった。
「あーもー!何やってんだよ!」
その言葉に従ってやったわけでは断じて無いけど、俺はベッドから飛び降りて急いでベランダの戸を開けた。
ホコリっぽい風と一緒に、慶次が上がりこんできた。
「馬鹿かお前!!」
「さすがに落ちたら死ねるかも、とは思った」
慶次は笑ったけど、俺はただただ睨みつけるだけだった。
だって、ここは5階で。
慶次みたいなガタイのいい大男でも、打ち所が悪かったら死んでる。
「…お前なぁ…、馬鹿なことすんなよ!心配するだろ!!」
慶次を部屋の真ん中に入れた俺は、そのままベッドに転がった。
何だかもう、どっと疲れた気がする。
はぁ、と大きく息を吐くと、傍に寄って来た慶次が俺の髪を撫でた。
「心配してくれたのか」
「ッそりゃあ!!……って…!!」
素直に頷いてしまった自分に腹が立つ。
それ以上に、凄い、嬉しそうに笑う慶次に腹が立つ。
でも、その笑顔が本当に嬉しそうで、何にも言えなくなる。
「有難う、政宗」
「うるさい」
「最高のお返し貰った」
「………さっき、お返しくれるって言ったじゃねぇか」
俺がチョコあげたんだから、お返しは慶次だろ。
…別に要らないけど。
初対面のバレンタインデーにチョコをあげたからって、それから何かと話す慶次だけど。
いつも、慶次の気持ちが分からない。
本命チョコが何だというくせに、何にも言わない。
ああもう、俺、女々しい。
別に慶次のこと何とも思ってないはずなのに。
「〜〜〜、嘘。もういい。っていうかお前帰れ。何のために来たんだよ」
「あげるよ、政宗が欲しいもの」
「人の話を聞けよ」
「政宗…好きだ」
何を馬鹿なことを言うんだ、と思う反面、顔が火を噴いた。
「政宗が、欲しがってたものだろ?」
したり顔で言う慶次が憎らしい。
…本当にタチが悪い。
「…別にそんなもの欲しがってねぇよ」
「でも押し付ける」
「サイアク…」
「だってほら、」
慶次はまた俺の髪を撫でて、ベッドに頭だけを乗せた。
「俺がここにいる理由が出来る」
そう言って目を閉じた。
全部全部、慶次の思い通りに回ってるんだろうと思うけど。
…本当馬鹿な奴だ。
そんなこじ付けみたいな理由、とっくに必要なくなってるのに。
でも。
「…言ってやらねぇ」
「何を?」
きっとこれも分かってんだろ。
癪だけど、もう、いい。
諦めた。
これが心地良いとさえ思えるくらいには、慣れた。
終
前伊達DEホワイトデー!!
って言うか、普通にヴァレンタインの続きなだけです。
何だかもう、どうすればいいのか分からない。
慶次が何キャラなのかわからない(笑)
06.03.14