file:00 それぞれの繋がり







近くで働けりゃ、正直どこでも良かったんだ。


コンビニは24時間営業が当たり前のこの御時世。

それに反して、この店は未だに“セブンオープン・イレブンクローズ”だった。


あまりに時の流れからかけ離れてて、人生投げ出し気味の俺への当て付けかと思う。

でもここを選んだのは俺だけど。






+++++






「いらっしゃいませ、おはようございます」

ドアの開閉の度に短く鳴る妙な音楽に、ドアを見る。
やっと客が来た。

思わず時計を見て、

(前の客から30分…)

この店の行く末を少し案じた。


もう恒例になってる、客観察。
入ってきた客は、リーマン風の男。
普通のスーツを来て、普通の鞄持ってんだけど。
苦労してんだなぁ…と思わせるほどの白髪だった。
髪全部真っ白、いっそ潔いくらい。

それにしても、もう10時だってのに、急いだ様子もない。
初めて見る顔だけど、案外お偉いさんなのかもしれない。

客はくるりと店内を見て回って、結局レジの真ん前にある棚からガムを一個取ってレジにきた。

「いらっしゃいませ」

そこで、気付いた。
白髪だと思ってた頭は、綺麗な銀髪だった。
濃紺のスーツによく合ってた。
おまけにかなりのイケメンな若者だ(初老のじじぃだと思ってた)。


…が、コロンと置かれたガムに唖然とする。

あのお客さま、それは代金を乗せるトレイであって、商品乗せるトレイではありませんよ?

…とはさすがに言えない。
気を取り直して、バーコードをスキャン。

「100円です。このままでいいですか?」
「あぁ。…はい」

差し出された100円玉を受け取って、ガムを渡す。

「ありがとうございましたー」

レジに100円玉をしまって、また暇な時間が来る…と、あくびをしかけて、気付く。

まだ銀髪男が前に立ってた。

「…あの、何か?」
「レシートもらってねぇんだけど」

銀髪男はレジから出た紙切れを指差した。
やべ、ってかガム一個のレシートなんか何に使うんだよ。
こいつの財布、きっとレシートでパンパンだ。

「あ、すんません」

上辺だけで謝って、レシートを渡す。
それにしても、ずっと顔を見られてんだけど何かあんのかな…。

「それさ、」

レシートを受け取っても尚居た銀髪男は、今度は俺の右目を指差した。

「は?」
「眼帯。結膜炎でもなってんのか?」

咄嗟に返事は、出来なかった。

初対面のやつに何でそんなこと聞かれなきゃなんねぇんだ、とか。
本当の事言ったらドン引きするくせに、とか。
聞いてどうするんだ、とか。

色んな事が頭の中を駆け巡った。

“お客さまは神様だ”?そんなこと知るか。


「っせぇな、てめぇには関係ねぇだろ!」
「…わりぃ。仕事柄気になってな」

俺、こういう者だから。

トレイに置かれた名刺に視線を投げてる間に、銀髪男は店から出ていった。
あの妙な音楽に我に返り、名刺を取り上げる。


どうやら有名な製薬会社の社員らしい。
名前は、

「なが…そ、がぶ?…もとおや?」

漢字の読み方に全く自信が持てない。
読みにくいんだから振り仮名くらい打っとけよ。

「…あ、これ“もとちか”って読むのか」

下に書いてあるメールアドレスに『motochika』の文字を見て、名前だけは分かった。

「もとちか、ね…」

変な奴。
コンビニ店員にわざわざ名刺渡す奴なんか居るかっての。

…けど、目のこと聞かれてキツイ言い方したのはヤバかったか…。
元親には他意はなかったんだろうし。
今度もし来たら、取り敢えず謝っとくか。

貰った名刺は制服のポケットに入れておいた。






+++++






朝に元親が来て、それから他の客も何人かそれなりに来て、やっと昼になった。
近く、とは言い難いが、それほど離れていない場所に高校があるから、昼間は少なからず客が来る。

…誰が来なくても、きっと奴は来る。


妙な音楽が鳴った。

「いらっしゃいませ、こんにちはー」
「伊達殿!」

ほら、やっぱりだ。
こいつは、初めて見たときから俺が客観察をする間もなく絡んできて、好き勝手なことを話しては帰っていった。
苗字が真田、ということは知ってる。
奴は名乗らなかったが、律儀に付けてる名札が教えてくれた。
いつものように、学ランの下に赤いパーカーを着込んでる。
武士みたいな喋り方をする、ちょっとオツムが弱そうな痛い奴だ。
男前の部類に入るだろうに、勿体ない。

「伊達殿、今日は機嫌が良いようでござるな」
「例え良くてもお前のせいでどん底だ」

俺はお前だけに構ってる暇はないんだ。
犬にやるように、しっ、しっと手で払うと、大して気にしたようでもなく、

「では某、昼飯を選んできまする」

笑顔で弁当の棚へ歩いていく。

いつもこんな調子だ。
少なからず居た客も、あいつの異様なテンションに居たたまれないのか、足早に会計を済ませて出ていく。
はからずも店内には俺と真田の2人になった。

待ってましたとばかりに真田はレジに来る。

「お願いいたす」
「はいはい、いらっしゃいませ」

こいつはこれでもか、ってくらいに食う。
弁当2個でもまだ足りないらしい。

「温めっか?」
「冷めてしまうゆえ、結構でござる」

それはお前がすぐに学校へ戻らねぇからだろ。
視線でもの言えば、きょとんとした顔が返された。
…犬と話してる気分になってきた…。

「合計1324円です」

袋に詰めて、会計を済ませて、それを渡しても真田は帰る気配すら見せない。
いつものことだが、30分は居座る。

「…お前さぁ、昼休み中ここ居て平気なのかよ」
「平気でござる!伊達殿と一緒に居たいゆえ」
「昼飯は?」
「それは5限中にこっそりと…」

分からない。
何でそこまでして俺と話してたいんだよ。
ただのコンビニ店員に、こいつは何を求めてんだよ。
しかもこの量じゃ、こっそりもくそもない。

「もう、戻れ。俺だって、昼飯食いたいんだよ」

よくやるように、追い払う仕草をすると、何故か今回に限って淋しそうな顔をした。
耳の垂れた犬がいる…。

「んだよ、不服そうな顔すんな」
「…不服でござる。昼に伊達殿と会える日は、某が部活後に来ても伊達殿は帰って居ろう?」
「わっかんねぇんだよ、そこが。んな毎日毎日俺の顔見なくてもいいだろ」

言い切ると、真田は俯いてしまった。
ちょ、待て。
何か俺が悪者みてぇじゃねぇか。

「…某は毎日伊達殿にお会いしたい…!」
「ッあ〜〜!!分かったよ!ならまた明日来いよ!弁当温めてやるから、それ冷めないように早く戻って食え、いいな?」

奪うようにビニール袋を取って、中の弁当をレンジに放り込んだ。
35秒。
たったそれだけの時間がとてつもなく長く感じた。

「…また明日来るんだろ、だからそんな顔すんなよ」

明日も俺、昼入ってるから。

シフトを言うのと一緒に弁当を突っ返すと、やっと真田は笑った。
…あー…こいつ犬なら今頃うれしょんだぞ、きっと。

「明日必ず来まする!」
「はいはい」

おざなりに手を振り返し、事務所を振り返る。
そこから伸びる階段の上に店長はいる。
滅多に下りてこない。
ムカツクが居てもウザいので仕方がない。

「店長、休憩もらってもいいっすか〜?」





+++++






夕方5時。
俺は不機嫌の絶頂だった。

本来なら上がれる時間なのに、成実の馬鹿が遅刻するとかで俺はそれまで残れ、とのこと。
ふざけんな。
時給に残業手当つかなきゃやってらんねぇな。
ってか今度成実に何か奢らせよう。

「あ〜、買い物行きたかったのに」

買いたかったジャケットは成実持ちだな、と勝手に決めて、カウンター内で雑誌を開いた。

またしても客が居ない。

(何かもう、とびっきりの美人とか来ねぇかな…)

馬鹿なことを考えた瞬間、音楽が鳴った。
少し期待して見たドア付近にいたのは、何の変哲もない大学生風の男。
世の中は甘くない。

「いらっしゃいませ、こんにちはー」

俺は雑誌を閉じ、レジにスタンバった。
客観察、開始。

歳は…20代前半、24くらいか。
大学生というより大学院生だろう。
鮮やかな橙色の髪をしてる、でも全く変じゃない。
派手な風には見えないのに、上手くマッチしてるというか。

客は、パン1個とペットのお茶を持ってレジに来た。

「いらっしゃいませ」
「あ、」

目があった瞬間に短く叫ばれて、少しびびった。
買い忘れか?
そう思って、手を止めると全く予想だにしなかった言葉が降ってきた。

「今日はまだ上がってないんだ?」
「、へ?」

あまりに唐突で、素っ頓狂な声を出してしまった。
目の前の男は、へら、と笑った。

「俺、よく来るんだよ、ここ。でもいつも見るときは私服だったけどね、伊達くん?」
「、……」

何だ、こいつ。
馴々しいにも程があるだろ。
思わず閉口してしまった。

「…合計282円です」

職業病的に出たセリフは別として、俺は言葉を返せず困った。
…それが表情に出たらしい。
男が軽く笑った。

「あはは、旦那の言う通りだ」
「…旦那?」

こいつに旦那がいる?
どう見ても男なのに。
やっべぇ、関わりたくない度がかなり上がったぞ。

「旦那ってあだ名だよ、教え子のね。この近くの高校通ってて、学ランに赤いパーカーの真田幸村…って言えば分かる?」
「…あ、…。アンタ、…お客様は真田くんのお知り合いなんですか」

男は代金を出しながら、今度は大きく笑った。

「俺には敬語じゃなくていいよ。真田くんはね、俺がバイトしてる塾の生徒」
「302円お預かりします。20円のお返しです。…そのセンセイが何で俺のこと知ってんだよ」

大方、真田が喋ったに違いないが、あいつは何かとんでもない事を言ってそうだ…。

「ここでバイトしてる“伊達殿”が好きだ、なんて言ってたからさ」
「…、あいつ…」

頭を抱えたくなった。
分かっちゃいたが、何となく認めたくなかった。

「でも初めて見た“伊達殿”は成実くんの方で。男だし、何よりイメージと違ったからおかしいと思ったんだけど」

今日話して納得した。

そう言って男はまた笑った。
イメージ、って真田はこの男に何をどれだけ話してるんだ…。

「でもあんた俺を何回か見てんだろ?」
「名札のない私服姿をね。俺が来る時間帯は、アンタは上がり時間みたいだから」

確かに。
普通、この時間の俺は上がって着替えて出てくるくらいだ。
レジには成実がいる。

「でもまさか、イメージに合う“伊達殿”まで男だとは思わなかったけどねー」

そう笑い返されても、何とも反応しにくい。
あぁもう、今日は疲れる客ばっかだ。

「…イメージイメージって、あんた俺にどんなイメージ持ってんだよ」
「さぁ、そろそろ行かなきゃ」

男は俺の質問に答えず、時計を見た。

「ちょ、答えろよ」
「また今度ね。お茶でもしながら、さ」
「はぁ?」

ガサ、と音を立てて目の前のビニール袋が取り上げられた。

「デートのお誘いだよ。俺もアンタのこと気に入っちゃった」
「ッお前、何言ってんだ」
「じゃあねぇ〜」

ヒラヒラと手を振り出ていく背中を唖然として見送った。
仮に、今の言葉がマジなら、奴はとんでもないタラシだ。
今度は本当に頭を抱えた。
そういえば名前も聞いてない。


もう一度ドアを見ると、成実が人を撥ねそうな勢いで走ってくるのが見えた。


その姿は、5秒経たない内に、目の前に飛び込んできた。

「梵!ごめん!!」
「新作のジャケット買ってくれたら許す」
「えぇ〜、高いよそれ!」

顔の前で両手を合わせて謝る成実に容赦なく言うと、情けない声色に変わってく。
とりあえず、今は早く交代してもらいたいから、このことは深く言わないでおくことにした。
まぁ、絶対買わすけどな。

「本当ごめん〜!」
「それは分かったから、早く着替えて来い」
「うん!」

事務所に走っていく背中を見送って、店内に向き直った。
数人の客が居る。
このレジが終わる頃には上がれるだろう。

そのとき、ドアの音楽が鳴った。

「いらっしゃいませ〜…、あ、小十郎!」
「おはようございます」

来たのは客じゃなく、SVの小十郎だった。
俺より10歳上の小十郎は、本部と店を行き来して、情報やらを届けに週に何回か来る。
今日も、いくつかの箱を抱えてる。

「今日はまだ上がってないんですね」
「成実が遅刻したからな。今日は何持ってきたんだ?」
「煙草のサンプルだそうです」

狭いカウンター内を、窮屈そうに通り抜けて事務所に入っていく。
その後に続いて事務所に入ろうとすると、入れ替わりに成実が出てきたから、俺はそのまま上がることにした。

「成実、後よろしくな」
「わかったー、お疲れ。あ、梵!今日は忙しかった?」
「いつも通り」

溜息混じりに伝えると、そっか、と成実も苦笑いを返した。




事務所に入ると、小十郎は煙草のサンプルが入っているらしい箱を開けていた。

「それ、煙草買った客にやるのかよ?」
「一応そういうつもりらしいんですけど…」

こうやって…、と小十郎は煙草のバーコードの上に貼ってある“sample”のシールをはがした。

「売り物にしてもいいですよ。入荷費なしで売上入りますし」
「小十郎…お前真面目な顔して、普通に小賢しい真似するなよ…」
「立派な経営戦略ですよ」

そう言いながら、小十郎は何十個とある煙草のシールを一つ一つはがしていく。

「それタダなら俺ももらっていいよな」

物色しようと箱に手を伸ばすと、瞬時に小十郎の手が飛んできた。
避けきれずに、ピシャリと甲を叩かれた。

「まだ未成年でしょう?」
「かたいこと言うなよ」
「そんな若い内から身体に悪いことしてどうするんですか」
「…お前も結構若い内だと思うけどな…」

小姑としか言いようのない小十郎だけど、親元を離れてるとそういうのも悪くない。
ここは素直に言うことを聞いておくか。
物色する手は止めて、昼に買ったジュースのストローを吸った。

監視カメラには接客してる成実が画面いっぱいに映ってる。
従兄弟の成実は、大分小さい頃はよく遊んだりもしたけれど、小・中・高と全く接触がなかった。
最近になって、偶然成実の実家近くの大学に俺が進学して。
それでまた会うようになった。
俺の真似をするみたく、ここでバイトも始めた。
弟みたいで可愛いのは事実だけど、ちょっとウザイ時もある。
それでもあいつは人懐っこいというか、気さくだから、こういう仕事に向いてると思う。
そう考えると、俺は何でここでバイトしてんだろ、とふと思ってしまう。

(まぁ、暇なのに時給はいいんだよな)

一番簡単な結論を出して、着たままだったユニフォームを脱いだ。

「小十郎、俺もう帰るわ」
「はい、お疲れ様です。明日もですか?」
「おう、また昼勤」

少しダルそうに言うと、小十郎は小さく笑った。

「じゃあ、また明日も来ますね。煙草のサンプル、まだあるみたいなので」
「分かった」

頷いて、事務所を出た。
成実が暇そうに、昼間俺が読破した雑誌を開いていた。

「お疲れ」
「うん、お疲れ〜」
「あ、成実。デザートの発注かけとけよ」
「任せといて!」

発注業務は成実が苦手なことなんだけど、やらせないとずっと出来ないままだから。
まぁ、いい返事が返ってきたので、多分大丈夫だろう。
成実には軽く手を振って、外に出た。



あの音楽が背中で鳴った。


















血迷いコンビニパロ。
楽しいのは私だけ(笑)

設定考えるだけで楽しいよ、ホント。
基本伊達ハーレム文です(ゲラゲラ)
四方八方から愛されまくりです。

一応、ここから分岐していく予定…。

05.12.14