愛逢月






口実なんかじゃなかった。


京に上る用事は確かにあった。



ただ。


ここまでの道程を考えたら、四国はそう遠くない。

そう、思っただけだ。








+++








「小十郎、明日にはここを発つぞ」

夕餉を済ませ、一服しながら傍らの小十郎に告げた。
すると、小十郎は少し驚いたように目を見開いた。


「殿、予定ではまだ10日も先であったはずですが」
「四国に寄り道したいからだ」


臆面もなく言ってやった。
小十郎は納得したらしいが、呆れたように息を吐いた。


「ならばお供は少数の方が良いですね」


ではお休みなさいませ、と立ち上がり、部屋を出ていった。

…つくづく分かりにくい皮肉を込める奴だ。
小十郎のさっきの言葉を直せば、「お邪魔虫は少ないほうが良いですね」だ。
少数先鋭が良いと思ってじゃない。


「…仕方ねぇだろ…、近いなら逢いたいと思って当然じゃねぇか」


友人とも敵とも、ましてや恋人とも言えない間柄だ。
だけど、少なくとも俺は、心を許してしまっている。








翌日の朝、宿としていた寺を出、大坂まで行き、船に乗った。
数日の船旅で土佐に着いた。


京で四国に寄ると言ったことを、俺は既に後悔し始めていた。

仰々しい鎧や兜などはつけず、簡素な旅装束ではあるが、奥州とは比べものにもならない程、暑い。
照りつける太陽の光が痛い。


「…Sticky…小十郎。とにかく早く宿をとろう。暑くて死にそうだ」
「城まで行かれればよろしいではありませんか。然程遠くはないのでしょう?」
「今日はもういい。明日行く」

さっさと先を歩くと、小十郎は笑いながらついてきた。

「しかしながら、殿。明日になれど暑さは変わりませぬ。暑さが嫌ならば、奥州に戻りましょう、さぁ」

小十郎は言うなり、くるりと踵を返し、俺が振り返ったときにはこちらに背を向け歩き始めていた。


焦った。


小十郎なら本当に帰りかねない。
引き止めなければ。
それだけを考えて、声を出した。


「Wait!ここまで来て元親に逢わずに帰れるか!俺だって早く逢いたいに決まってんだろ!」


振り返った小十郎の笑みを見てハッとした。
叔父殿も微かに笑っている。
大声で俺は何を言ってるんだ…。
傍に戻った小十郎の顔もまともに見れない。

「それほどまでに逢いたいならば、行きましょう。暑さなど耐えられましょう?」

そのように真っ赤になられなくとも。茹蛸のようですよ。
そう笑う小十郎には背を向けた。

「Shut up!これは暑いからだ!…今から城に向かう。お前は先に行って俺が行く事を知らせろ」
「…殿は照れ隠しなさるときはいつも無理難題を押し付けなさいますね」
「うるせぇ、さっさと行け」

大袈裟に溜息を吐く小十郎に吐き捨てて前を向き直ると、ありえない人物が馬にまたがって居た。


「その必要はねぇな」



長曾我部元親だった。













元親の馬に連れられ、日が沈む頃城へ着いた。
それでも長く陽に当たっていたからか、頭がぼぅ、として気持ちが悪い。


城の部屋、――多分客間だろう――に通されて、元親以外の者が居ないのを良いことに、俺は直ぐ様寝転がった。
畳はひんやりとして冷たいが、気分は良くならない。


「そんなに疲れたか?まぁ、船旅は大変だからな」


近くに居るはずの元親の声が遠い。
冷や汗が伝い、今更に陽にあたったことに気付いた。


「、…も、…とちか…」


声がまともに出たかも分からない。
荒い息だけが口から出ていく。

ふ、と意識が遠退いた。




――政宗ッ!




元親の声がした気がした。
瞬間、痛いほど手を握られた。


「馬鹿野郎ッ!陽にあたったなら言いやがれ!」
「…、る、せ…ぇ…」
「もういい喋んな!おい、誰か!水持ってこい!」


言うと元親は俺の枕元に胡坐をかいた。
首を持ち上げられたと思ったら、その脚に乗せられた。
それが思いの外、心地よく、俺は目を閉じた。








+++








目を開けると、辺りは大分暗くなっていた。
それでもまだ蒸し暑く、涼しいとは感じない。
ただ額には濡れた手拭いが置かれ、顔辺りにはそよそよと風が当たっていた。


「起きたか。死にてぇのか、全く…。意地っ張りも大概にしろ」
「、元親…」

上から覗き込まれて、膝枕をされていることに気付いた。
頬を撫でる風は、元親がうちわで扇いでくれていたからだった。


「もう、平気か?」

額の手拭いを取られ、熱を測るためか首筋を撫でられた。
…くすぐったい。
躯を捩ると、笑い声が落ちてきた。

「そんだけ敏感になってれば大丈夫だな!」
「な、ッ…!」

元親のいやらしく笑った顔が気に食わない。
でも、世話になった手前、邪険に扱うことも出来ない。


「また顔赤くなってんぞ?」
「…暑ぃんだよ!もっと扇げ」
「へーへー」


奥州の姫様は我儘だな。
そう言われ、ぐ、と睨んだ。

「姫若子に言われたく…ッ?!」

最後までは言えなかった。


「そーの姫若子に口を吸われて真っ赤になってりゃ、様ねぇな」
「〜〜〜〜ッ!!」
「なんだ、まだ暑いのか?」

暑さではなく顔が熱い。
…きっと気付かれてるだろう、隠しても無駄か。


「…お前にしか我儘は言わねぇんだ、しっかり聞きやがれ」
「へーへー、仰せのままに、姫君」





きっと四国は暑いから、その熱にうだされたんだ。


悔しいことに、居心地がいい。






















お友達に、とある用事のお礼に捧げた物(笑)
そのお友達が描かれた絵を参考にシチュを妄想した文。

伊達さん、ちょっと乙女。
そして小十郎は意地悪(笑)

ていうか、当時の四国は近くても、おいそれとは行けません。
お供した少数の家臣に同情します(オイ)

05.10.17