露隠りの葉月






ふと、夜中に目が覚めた。






大きく息を吐くと、目の前が霞んだ。
室内であるのに、外気は随分冷たい。

今日も冷え込むだろうは、簡単に予想し得た。


まだ、外は薄暗かった。
またこのまま眠りにつこうとするが、妙に覚醒した頭はそうはさせてくれなさそうだ。


(………、Shit)


政宗は、心中で小さく悪態をつき、寝返りを打った。
少し大きめの布団の中、自分は真ん中よりも随分それた位置に居る。
空いた、もう半分の布団を撫で、溜息をついた。


(朝まで居ればいいのに)


つい先程まで熱かったはずのそこは、温くさえなく、痛いほど冷たい。
昨夜の情事が夢であったのではないかと、翌朝はいつも思う。

「おはよう」と顔を身体を寄せ合い、言ってみたい。
それが現実となっても、言うのは相手だけで、自分は言えないのだろうけれど。

朝になって、気がつけば一人であるのは、もしかしたら自分には都合がいいのかもしれない。
きっと照れくさくて、まともに顔が見れないはずだから。



そこまで考えると、少しばかり身体が熱を持ち始めた。
熱く蕩かされる夜を思い出してしまって、熱が発散されることはない。

だけどもう、ここには彼は居ないのだ。
そのもどかしさに狂いそうになる。


(…会いたい)


ぎゅ、と目を閉じる。
息も止めてしまうと、そこは無音の世界になって。
彼が現れるときと同じ世界が作り出される。

ふ、と低く艶のある声で囁かれる睦言が聞こえたようで、慌てて目を開けた。
けれど、見慣れた部屋の内装以外には何も特別なものなどなかった。





夜毎、彼を待ったことなどなかった。
恋焦がれるのはいつも、朝だった。

無いものを在れと願うのと、在ったものを永くと願うのでは、どちらが愚かなのだろうか。

答えは出ない。
思考は螺旋を描き、埒があかなくなる。


政宗はその思考を振り払うように、布団を蹴り上げ起きた。
寝乱れを直そうと帯に手をやり苦笑する。
昨夜散々、乱れた、乱された筈の寝間着はきちんと正されていた。

記憶にはない。
いつも、政宗が眠りに落ちてしまってから、彼はいそいそと直してくれるのだろう。
彼との情事で気をやらないことはなく、政宗はそれが不服であった。
主導権を手放すことに、多少の躊躇と恐怖があるからだ。

最終的には、その怯えすら感じぬほどに、頭は真っ白になってしまう。


昨夜もそうだった。
常なら明るくなってから小姓か小十郎に起こされるまで覚醒することはないのに、
今日だけは夜中のうちに一度目を覚ましてしまった。

理由は分からない。
けれど、心の内に何か引っかかるものがある。

政宗は、少し覚束ない足取りでありながら、隣室への襖をあけ、廊下まで歩いた。
一歩一歩歩くごとに、自分を取り巻く空気が冷たくなっていく。


(………寒い、な)


布団の温かさが恋しくなったが、何故か歩みを止める気にはならなかった。

廊下に、出た。

澄んだ灰色の空に、陽の光が僅か顔を覗かせている。
卯の刻くらいだろうか。
夜が大分長くなったこの頃では、時間の感覚が少し鈍ってしまう。

政宗は、刺すように冷たい空気の中、草履も履かずに中庭へ降りた。
綺麗に作り上げられた人工の庭は、露が一面に降り、足の裏に痛いほどだった。

池の畔に植わった牡丹に寄り、近頃花を付け始めたそれに触れる。
冬でも愛でられるように、と造りを弄った花であるという。
夏に咲く筈であったその命を少し、哀れに思う。


(望まれるだけ、幸せなのかもな)


寒牡丹と自分とを重ね合わせ、政宗は自嘲した。
彼にとって、自分と向かえる朝は望まれてはいないのだろう。
敵同士に戻ってしまう、そんな朝は。


(それでも――、)


愚かにも、望む自分がいる。


「、   …」


思わず声にしたその名前は、けれど風に流された。

ざぁ、と木々を揺らすその風は、手元の花をも揺さぶり。
咄嗟に、両の手でそれを覆った。

風が止んだ。
否、音は聞こえる。
自分に風が当たらなくなった。

温もりすらを感じて、風上を見る。
瞬間、見覚えのある腕に、包まれた。


「…竜の旦那、何やってんの?」


それはこちらの台詞だ、と何故か言えなかった。


「風邪ひくよ?」


自分が牡丹を覆うように、佐助は政宗を覆っていた。
その顔は、夜毎見せる笑みを湛えていた。


(ああ、心の内にあったものは、これだったのか)


政宗は、自分で思い納得し、ふと笑んだ。


「俺が風邪をひいたらお前のせいだ」
「酷いな、呼ばれて来てみればこれだ」


おどけた風で言うのが何とも愛しい。

けれど、もう、朝が来る。


「それが嫌なら帰れ。陽が昇り切ったら、俺はお前を斬る」


独眼竜の台詞に、忍びは手を解いた。


「怖い怖い。なら退散しようかな」


佐助は笑みを深くし、政宗が瞬く間に姿を消した。


「またね、竜の旦那」


風が強く、頬に当たった。冷たい。
互いに、政宗が刀を持っていなかったことは承知であった。





政宗は、頬の雫を拭う代わりに、牡丹の葉に乗る露を拭った。






















え、何これ的サスダテ。

サスダテはとてもシリアスだといい。
前提としてサナダテがあってもいい。
むしろ、佐助には「あすなろ抱き」をさせたい。
(あすなろ抱きが分からない方へ:20代後半くらいの人に聞いてみましょう)
因みに今回のは一応あすなろ抱きではない。(はず)

ていうか、「露隠りの葉月」って凄く綺麗な名前ですよね。
陰暦11月の異名なんですけれど、今で言うと、10月くらいなのかな??(曖昧)
由来とか調べてなくて知らないのだけど、今回は「葉が夜露に隠れるほど濡れている」というような解釈で使用。
使用ってもそんなに重要視して文書いてないけど。

05.11.04