睦びの月






今日は、新月だった。


だから、澄んだ漆黒の闇が心の内に下りたのかも、しれない。



















「竜の旦那」





寝入り端、取り囲む空気が無音になって。

酷く、静かな声が閨に響く。



佐助が、来た。






もう、幾度目か数えることは放棄した。
それほど、逢瀬も身体も重ねた。


終わること。

続くこと。


どちらにも恐怖した。

答えを出せたら、どんなにか楽だろう。















+++++










「もう、寝ちゃった?」


お決まりの台詞だった。
佐助はいつも政宗が寝ているか否かを確かめる。

どちらであろうと、結局はコトに及ぶは同じだった。


「I'm awake.…起きてる」


ほとんどの場合、政宗は小さく震えた声でそう答え、身を起こした。
その声を聞き、政宗には分からない暗闇の中で佐助は満足そうに笑んで、額あてを外す。
かしゃ、と音をたて、それが置かれた直後には、佐助は政宗の前に座っていた。


「元気してた?」


訊きつつ政宗の返事は聞かず、佐助は接吻を落とした。
そのままそ、と体を倒し、政宗を再び寝かせる。


ここまではいつも通りだった。



政宗は離れた佐助の顔を押し返し、溜息を吐いた。


「…今日はそんな気分じゃねぇ」


閨の中は暗闇だ。
だけど佐助は、その政宗の切なげな表情を読取り、眉を寄せた。


「何か、あった?」
「……、何もねぇよ」


刹那の思案の後、政宗は素っ気なく返した。
視線は感じるのか、ふい、と顔をそらす。

その言葉通りに何もない訳がない。
佐助は溜息を吐き、政宗に添うように臥せた。
政宗の前髪を梳きながら、静かに笑む。

「全部話せなんて言えた義理じゃないけど、あまり抱え込まないで。
 …俺に弱いところ見せないで」

それは酷く優しく、けれど少しも目が笑っていない笑みだった。
佐助にとって、弱い政宗は焦燥にも似た感情が沸き上がる対象だった。
それは、敵ながら世に必要とする人物と思われる政宗には弱音を吐いてほしくないのだ、と自身が思っているからと解している。
けれど本質は別にあると分かっていながら、佐助はそこから目を背けていた。

佐助はゆっくり瞬きをし、また少し笑んだ。

佐助の笑顔はいつも貼りついたように同じだ。
意図してなのか否か、政宗は計りかねた。

…政宗には言えなかった。
その笑みが、酷く、胸に痛いのだと。


「、佐助…」


恋焦がれる朝に気付いてから、身体を重ねるのが恐くなった。
身に思い起こされた震えに、政宗は佐助を呼び抱擁を求めた。
どうやら自分は手に入りかけたものは永くと願う方らしい。
いつぞやの自問に答えを出し、政宗は佐助の低い体温に心地好く目を閉じた。


「気分じゃなかったんじゃないの?」


つい先ほどの言葉とはまるで違うその行動に、佐助はからかうように返す。
僅かに笑いを含ませたのだけれど、政宗は表情を変えない。


「…帰るなよ」


それだけを言い、縋るように佐助を一層強く抱き締めた。
佐助の肩が少しだけ震えた。


「どーしたの?竜の旦那。そんな事言う柄じゃないでしょ?」


些か焦ったような声を、佐助は笑いを重ねて誤魔化した。

佐助とて分かっている。
望んでも望まれても、叶わぬ願いを政宗が口にしたことは。
この暗闇だからこそ二人は身体を重ねる恋仲になれる。
光は必要ない、否あってはいけない。


人の心に敏感であるのは、忍びの性なのかもしれない。
佐助も例外ではない。
この短い時間で、政宗の気落ちに自分が絡んでいるを悟った。
同時に、それでも応える術を自分は持たないことも。
それは、考え付かないからなのではない。
むしろ幾つでも思い付く。
ただお互いに、特に佐助の、諦めが強すぎていた。

白昼は命を狙う者同士であり、決して相容れない。
さながら、水と油。
混ざり合った様でもたちまち元に戻る。




「折角甲斐から来たんだよ?ヤらせてよ、竜の旦那」


佐助は無理矢理に話を逸らせ、行為に及ぼうとした。
只身体を重ねたいからではない。
想いを伝えるのは“閨での戯言”でなければいけない。

政宗も頭では分かっている、けれど今夜は気持ちがついていかなかった。


佐助の甘美な睦言を、「所詮戯言」とはしたくない。

せめて、去り行く背中に声をかけ、一時であってほしい別れを惜しみたい。


分かっていた。
どれも、所詮戯言であることは。



政宗は耐えるように笑み、うっすらと見えるようになった佐助を据えた。
その顔があの笑みでなく、酷く人間臭い表情で、政宗の気持ちは僅か安堵した。


「…ひとつだけ、叶えてくれ」


佐助は頷かなかった。
けれど、それでもいいと政宗は続けた。


「Please perch me on your heart.」


しん、とした閨に政宗の異国語が流れるように響いた。
伝わらなくていい。
“所詮戯言”なのだから。
思いが形を成し、口をついて出ただけだ。
けれど、行為の最中ではない睦言は、初めて口にしていた。


「、俺は異国語分からないよ」
「I know.知ってるさ。…だから、これでいいんだ」


政宗は切なげに笑み、佐助の首に手を回した。
深く、深く、口を吸う。
“その気”になった合図でもあった。


「今晩は好きな様にしていいぜ」


政宗はどこか満足したような表情で挑発した。

腑に落ちないわけでもなかったが、佐助は息を吐き、笑んだ。
目を細め、心から愛しいものを見るように。


「いいの?加減できないかもよ?」
「…お前になら酷くされたっていい」


負けた、と佐助は心中で額を押さえた。


「今日は最高に優しくしてあげるよ」















+++++









藍を帯びはじめた東の空を眺め、佐助はふ、と自嘲気味に笑った。
とんだ長居だ。
今日は背後で寝息をたてる人物に、これでもかと言うほど後ろ髪を引かれてしまっている。


(参ったな…)


割り切ったつもりの睦言は全て本心だったようだ。


(忍びにあるまじき…だな)


そう自覚しても、仕方ないと割り切れた。
無防備な寝顔を曝すこの独眼竜が、堪らなく愛しいのだから。


「…端っから、竜の旦那のことを心に留めちゃってるみたいだよ、俺は」


返答は薄ら闇に溶けた。

すっかり身仕度を整え、そろそろ刻限だ、と佐助は立ち上がった。
いつもならこのまま、風の如く消えるのだけれど。

佐助は振り返り、政宗に寄った。



「竜の旦那」



肩を揺すり、政宗の覚醒を促した。
うっすらと開いた隻眼が自分を捉えるのを待って、佐助は口を開いた。


「今日はそろそろ帰るよ」


ゆっくりそう伝え、腰を上げようとし邪魔された。


「さ、すけ…ッ」


佐助の装束を、政宗が握っていた。
政宗にとっては、伝えなかった願いが叶った瞬間だった。



「竜の旦那、またね」



“明日”を感じさせる台詞。
政宗は俯き、小さく「、おう…」と返した。
その声が震えていたことに気付きながら、佐助は何も言わずにそのまま消えた。

ふわ、と空気が頬を撫で、政宗は目を閉じた。




「…抜け出せねぇな、きっと…」




恋焦がれるのは朝ではなく夜になりそうだった。






















サスダテでした。
若干「露隠りの葉月」の続き風に意識しました。
文中の英語は「心に俺を留めてくれ」って意味になってるはず。
敢えて「stay」は使わず、「perch(鳥を木などに留めるの意)」にしたのは単に、政宗がバード願望を持ってるからです(笑)

睦びの月。
1月の異名だけど、別段時期は意識せず。
意味だけで、睦まじい感じのサスダテに(どこがよ)
エロすっ飛ばしすみません…。

05.11.30