賤間月






す、と背後の襖が開いた。



「伊達政宗殿、お命頂戴仕る」



別に、逃げることなどしなかった。


むしろ、待っていたのだから。















俺は書き物をしていた手を止め、ゆっくり振り返った。


「幸村、」


小刀をこちらに向け、幾分の殺気を放つその男を見据える。

「懲りねぇな、またそれか」

幸村がこうやって現れたのは三度目だった。

「やはり、もう驚いては下さらぬか」

ふ、と静かに笑い、幸村は小刀を懐に収めた。

「初めは毛を逆立てた猫のように、敵意を剥き出しで振り返ってくださったのに」

残念でござる。
些かも残念そうでないように、幸村はそう言った。


「また、こっそりと忍び入る方法を考えねば」

笑う幸村に、俺は笑えなかった。


…困るのだ。
幸村は忍びになれるのではないかとすら思うほど、気配を消して現れる。
現に、然程遠くの部屋に控えているわけでもない近習の者がこの曲者に気付いている様子がない。
恐らくは幸村の忍びが何かしら一枚噛んでいるだろうが、この状態ではいつ命を奪われても仕方がない。

しかし、果たして本当に困るか否かは、俺自信分からぬのが困る、のだ。


「政宗殿、」

す、と首筋に触れられ、それだけで浅ましい躯は熱くなる。

「頂戴仕る」

何を、とは言わない。
もう分かり切っているためだ。

落とされた唇を受け止める。
いつも幸村は、この後の行為を微塵も想像させない程の優しい接吻をくれる。

いつも俺は、これに酔ってしまう。







+++












「あ゛…ッ…、ぐ…ぅっ…ぁ…」


殆ど慣らしてもいない乾いた後ろを貫かれ、呻くしかなかった。
微かに漂う鉄臭い匂いが鼻腔をくすぐる。

「猫とまぐわえばこのようであるかもしれぬな、政宗殿?」

後ろから聞こえる幸村の声は笑みが帯びている。
本当に猫のように四つん這いにされていても、俺はもう羞恥も何も感じなくなっていた。

痛い。

その感覚ばかりが脳を刺す。
幸村の異常さなんて、俺の異常さに比べれば可愛い。


この痛さに、恍惚を抱いている俺に比べれば。



「ゆ、きむら、…ッ」
「何でござろう?」

腰を振って奥へ誘った。
幸村に遠慮があるとは思えないが、まだ全て収まっているわけではない。

早く、俺の全部を満たしてほしい。
早く、俺の全部を侵してほしい。

言ってしまえれば、どんなに楽だろう。
理性なんて切れてしまえばいいとさえ思う。


「そんなに腰を振られて…この幸村がそんなに美味うござるか」

幸村のどんな揶揄も、嘲笑も、今の俺にとっては媚薬だった。

ふ、と息を吐いた瞬間、更なる侵入で押し開かれた後ろが痛んだ。

「あ、ッう…」

血が、内股を流れたのが分かった。
伝う軌跡を指でなぞられ、背筋に鋭い快感が走る。
皮肉なことに、甘美な痛みに流れる血は、その痛みを和らげていく。
物足りなくなっては、腰を振った。
幸村を食らってやる、いつもそのつもりでいる。

「…っは、幸村…ぁ…ッ、もっ、と…」
「、はしたのう…ございますな…ッ、政宗殿は…」

荒くなってきた幸村の息遣いが背に当たり、どうしようもなく震えた。
それは火傷をしそうなほどに、熱を孕んでいた。

けれどもっと、熱いものが、欲しい。

下腹に力を入れ、俺を穿つ幸村を締め上げた。

「…ッ、」
「、は…っ、我慢、すんな…よ」
「適いませぬ、な…っ政宗殿、には…」

幸村は軽く笑い、それから息を詰めた。
強く深く腰を動かされて、俺の後ろを悲鳴をあげた。
ただそれすらも快楽に変換され、口からはあられもない喘ぎしか出なくなっていた。
腕は我がものと思えぬ程に力が入らない。
浮くような感覚だった。

「んぅ…ッあ、あぁ、ゆ、きむらっ…!」
「まさ、むねどの…、っく…!」
「ッひあ…、ああっ…んッ…!」

望んだ熱さがはらわたを焼いた。
それを感じて、俺は絶頂に達していた。





「、は…っぁ…」

吐精後の倦怠感が全身を襲う。
逆らう事無く、身体を畳に投げ出したけれど、いまだ繋がったままで不恰好に尻だけを突き出していた。
後孔は痺れて、時々ちりと痛んだ。

萎えるのを待ち、幸村は自身を引き抜いた。
出ていきざまに中を擦られ、欲の炎がまた小さく灯った。
腰も崩れ落ち、畳に投げ出した身体は、抜けゆく幸村の感触だけを感じ取って吐息を洩らせた。

「、ぁ…ん…」
「まだ、足りませぬか?」

ふ、と嘲笑を落とされ、訳もなくつられて笑んだ。

「…は、てめぇは満足か…」

幸村は答えずに、俺の髪を掴み上げた。

「ならば、某のものを綺麗にしていただこうか」

霞む視界の中、眼前につきつけられたのは、幸村自身だった。
萎えてはいるが、まだ燻る火があるのか、僅か頭を擡げていた。

「…、…」

ちろと舌を出し、幸村のそれを覆う、白とも赤ともつかぬ汚れを舐めた。
どこか鉄臭く、ああこれは俺の血だ、そう認識すると吐き気すら覚えた。
しかし、大半を占める青臭さに言え得ぬ興奮を感じる。
これが中へ注がれたのだ。

はらわたを焼いた熱は冷めていたが、中はじんじんと疼いていた。

「ん、…ふ…っ…」

幸村を口に含み、削ぎ落とすように薄桃の精を吸った。
俄かに生温さが舌に乗り、上目で幸村を見た。
手は俺の髪を掴み、口は笑みに歪ませ、目は嘲りの光を宿し俺を見ていた。

「…如何なされるおつもりか、それをそのように大きくして」

それ、とは俺の口の中で温い先走りを洩らし始めた幸村自身のこと。
俺は一舐めして口を離した。

「てめぇが勝手にでかくしてんだろ。…ほら、もう綺麗になったぜ、仕舞えよ」

幸村の笑みをそのまま返すように、鼻で笑ってやる。
けれど幸村は笑みを崩さなかった。

「如何もなされぬか。ならば次は某が政宗殿を綺麗にして差し上げよう」

綺麗に、と言いながら、俺の顔にでも精を放ちそれを綺麗だ、などと言うつもりだろうと予想して、俺は少しく笑んで目を伏せた。
けれど、待てども熱い猛りが顔にぶちまけられる事もなく、触れてきたのは手だった。
幸村は、脇下に手を入れ俺を抱え起こした。
膝立ちにされ、自然と俺の腕は幸村の肩に乗る。

「丁度良い、そのまま肩を掴んでいてくだされ」

幸村は情事前の接吻のように、殊更優しい笑みを見せた。
真意が探れず、掌に僅か力が籠もる。

幸村の手は脇を離れ腰に回され、尻で動きを止めた。
肉を左右に開き、傷ついたそこが顕にされた。

「腫れておりますな」
「て、めぇのせいだろ…」

責任転嫁のように言い捨てても、望んだ痛みに出来た傷を恨むことはなかった。
外気に触れ、俄かに痛むのさえ心地いい。

ふ、と息を吐くと、力が抜け弛んだのか、内股を液体が伝った。
それは白だろうか、赤だろうか。
あるいは薄桃をしているかも知れぬ。

意味もない自問を知ってか幸村は言った。

「ああ、垂れてきましたな。綺麗な淡い桃色ですぞ」

つ、と入り口辺りを撫でられ腰が引けた。

「、何がしたい…」
「綺麗にして差し上げる、と申したはず」

幸村は薄く笑うと、俺の後ろに指を入れた。
厚く蕩けきったそこは何の抵抗も示さない。

「ッ…!」
「掻き出さねば、腹を下します故」

一気に三本程の指を突き入れ、正しく掻くように動かし始めた。
他意のない動きであるそれは、しかし傷んだそこを更に痛めた。
その痛みが、悶絶しそうな程の快感を生み出していく。

「あ、あ、…あぁ…」

だらしなく開いたままの口から、喘ぎと唾液とが零れ落ち、俺は自分を失しそうだった。
殆ど縋るように、必死で幸村の頭を掻き抱いていた。
容赦無い幸村の指は内壁を抉るように擦り、薄桃の体液はぐちゅぐちゅと音を立てながら溢れ出た。

痛みと純粋な快感とで、俺はまた勃起していた。

「大きくなってきましたな」
「、っ…」

笑いを喉で殺し、幸村はいきり立った俺をちろりと舐めた。

「これも政宗殿が勝手に大きくなされただけでござるな」

そう言い置き、幸村は精の殆どを掻き出された俺の後ろから手を離した。

「もう、綺麗になりましたぞ。仕舞われるが良い」

恨めしいほどに凛とした声色だった。
支えを失った腰は力なく落ちた。
かなりの高みまで昂ぶらされて、それは脳さえも冒していた。


俺は、猫になった。


「、幸村…」

火照る身体の熱を持て余し、早くそれを解放したくて。
さっきの名残が残る幸村自身を躊躇いなく口にくわえた。

「ンッ…ふ…っ…」

少しの刺激を与えただけで、それは口に含みがたい程まで膨らんだ。
素直すぎる反応が、面白い。
吐息と一緒に笑いを洩らせば、幸村の笑いも落ちてきた。

「如何にも仕様がなくなりましたか?それが欲しくばご自分でお入れなされ」

微笑を湛え胡坐を掻いたまま、幸村は動こうとはしなかった。

猫になっても、幸村は俺の獲物だ。
捕える術は幾らでもある。

幸村から離れ背を向け、初めと同じ様に四つん這いになった。
尻だけを高く上げ、幸村の眼前に晒した。
ついでとばかりに左手を後ろに回し、後孔を指で押し広げる。

「…ん、…ゆき、むら…」

濡らせた眼で振り返り、わざと切なげに顔を作った。

もう一度、

「幸村…」

殆ど猫撫で声で呼べば、次の瞬間にはその余裕の微笑は消え失せていた。

「、政宗殿…!」
「…、ぁあッ!」

幸村は体当たりをするかのような勢いで、身体を繋げてきた。
一気に奥まで貫かれ、痛みと熱さとがない混ぜになって背筋を駆け上った。

「あッ、…がっ…つくなよ…ッ」

小さく揶揄したが、それすら聞こえてないようだった。
幾度も俺の名を呼び、幸村はただ腰を振っている。

その律動はすぐに俺の理性をも奪った。
腫れた後孔も脳も鈍く痺れ、受け取る刺激は全て快楽の波となった。

「あ、ぃあ…ッ…ゆきむ、ら…ぁ…」
「政宗、殿…ッ…!」

幸村の声も半ば涙声のようで、それがおかしく肩が震えた。
考えれば考えるほど、この空間が異常でもあり滑稽でもあり。
これは何だと咎められれば、世にも不思議な犬と猫の交尾だと見せ付けるだろう己の狂気が愛しい。
犬を好いた猫の行く道は、狂気の果てらしい。
では猫を好いた犬は?

考え、止めた。

この犬は猫を好いてはいない。
差し当たり、玩具の骨くらいの気持ちだろう。
自嘲にまた肩を震わせると、その肩に犬が噛み付いた。


「わん、わん、わん」


悲しいかな、猫に犬の言葉は理解出来ぬらしい。

嗚呼、愛しいは言語を要さぬこの行為よ。



程なくして、熱い猛りがはらわたの奥を打ち、馬鹿げた思考と行為とが、終わった。





「…、にゃあ」


犬の名を呼ぶ代わりに、猫は一鳴きした。






















始終エロな意味不明サナダテ。
とりあえず、ここまで何が言いたいのか分からない文も珍しいよ(笑)
試験期間中に降臨したエロの神の賜物です。

一応黒村(黒い幸村)で愛あるソフトSMを目指したのにな…。
書きたい要素重ねたらごった煮になった(笑)

賤間月(しずまづき)は5月の異名。
毎度ながら、意味は分からない。(お題やる意味ないだろ)
まぁ、賤は卑しいとか言う意味があるから、何だかこう下世話な感じの話にしたかった。
で、結果がこれかよ、っていう(笑)

06.02.13