朝、目が覚めた政宗は何度か瞬きをしてから、隣に寝る慶次に視線を投げた。 慶次は不自然なほどにぎゅっと目を閉じて眉間にしわまで寄せていた。 (怖い夢でも見てんのか…?) 珍しい、と思いながらも、放って置くのはかわいそうに思って、政宗は慶次を起こしてやる事にした。 「おい、慶次。大丈夫か?」 肩を揺り動かして声をかけると、慶次は小さく小さく呟いた。 「目が痛い…」 「目?」 どうやら夢を見ていたわけではないらしい。 しかめ面のまま、慶次は閉じた瞼を撫でた。 「いつから痛いんだ?」 「分かんない。痛さで起きた。でも目が開けられない」 「ちょっと手ぇどけろ」 慶次の手を掴んで、別の手でその瞼に触れてみる。 続いて、額や首筋も撫でてみた。 「、熱持ってるな」 額や首筋は、熱いとは思わないのに、瞼の上だけは凄まじく熱かった。 政宗は、自分が右目を失明したときに感じた燃えるような熱さを思い出して、狼狽した。 しかも慶次の目は両目とも熱い。 さっと血の気が引くのが、自分でも分かった。 「ッ慶次、病院行こう…!」 「でも、目が見えない」 「俺が連れて行くから!な、早く起きろ!」 政宗の尋常でない慌てぶりに、慶次は薄目を開けた。 うっすらと捉えた政宗の頬を撫で、笑んでみせた。 「大丈夫だよ、冷やせば多分治る」 「駄目だ!お前が失明したら、俺は…!」 「大丈夫。政宗の顔はちゃんと見えてるよ」 もう一度政宗の頬を撫でると、慶次は瞼を押さえた。 目の奥がじんじんと痛い。 それでも薄い視界の中見えた政宗や部屋は、いつもと変わらなかった。 これが見えなくなることはない。 根拠もなく、けれど慶次は確信を持っていた。 「俺だって政宗が見れなくなっちゃったら嫌だ」 「だったら、病院…!」 「でも、政宗に触れられるなら大丈夫」 慶次は身体を起して、政宗を手繰り寄せ抱きしめた。 両の腕にすっぽりと収まる細い身体がどんなに愛しいかは昨夜確かめ合った。 「慶次、本当に大丈夫か…?」 「うん。濡れタオルだけ、用意してもらえるかな」 「待ってろ」 慶次の腕から素早く逃れた政宗は、ハンドタオルを掴んで台所へ走っていった。 慶次はまたベッドへと転がった。 目の奥は相変わらず痛い。 けれど瞼の裏が映し出すのは、政宗の笑顔や怒った顔、夜に見せる艶かしい姿だった。 (これだけ鮮明だったら、見えなくなっても平気かも) 独り笑っているところに政宗が戻ってきた。 「氷水で濡らしてみたけど、冷たすぎねぇか?」 慶次の目に濡れタオルを乗せながら、心配そうな声を降らせた。 政宗としては、病院に行かせたい。 何かの病気だったら、と思うだけで心配でたまらない。 慶次は自分の身を大切にしない。 そこだけは政宗が慶次を憎らしいと思うところだった。 「うん、ちょうどいい。気持ちいいよ」 「本当にこれだけで平気か?目薬は?」 「これで治るよ。あとは、政宗が傍にいてくれたら平気」 慶次は宙に手を漂わせ、政宗を探した。 政宗は瞬時にその手を両手で掴んだ。 その両手が僅かに震えている気がして、慶次は少し驚いた。 瞼の裏は、さまざまな政宗を見せているけれど、今の政宗を映すことは決してなかった。 「…やっぱり見えないと、寂しいね」 「慶次、」 「治るまで、絶対離れないで」 慶次が頼むまでもなく、政宗はまたベッドに上がりこんでいた。 そっと触れるだけのキスを落として、ぴったりと慶次に寄り添った。 「離れない。だから早く治せよ。目ぇ見てキスしたい」 「うん」 慶次はぬるくなったタオルを裏返して、また瞼に乗せた。 *** 「政宗!」 昼ごろになって、慶次は目を覚ました。 目の痛みはひいて、瞼が起せるようになっていた。 嬉しさに、横の政宗を呼び起こした。 「ん…、慶次…?」 「政宗、ちゃんと治ったよ」 「、ッ本当か!?」 飛び起きた政宗は慶次に覆いかぶさり、頬を両手で挟んで慶次を見下ろした。 少しだけ赤くなっている目が、政宗を見ている。 「少し腫れてるな。見えるか?」 「うん、ちゃんと見えてる。政宗の目も、ちょっと腫れてるよ」 腫れた瞼を親指で撫でてやると、政宗は小さく笑った。 「お前が心配させるからだ」 「そうだね、ごめんね」 「見えるなら、もういい」 ぎゅ、と抱きついて、政宗は慶次の胸に顔を埋めた。 けれど、瞬間ガバっと飛び起きた。 「どうしたの?」 「さっき、言っただろ?」 そう言って、政宗は慶次を見つめたまま唇を落とした。 すぐにどちらも目を閉じたけれど、唇は長く濃厚に重なり合っていた。 「…政宗、だいたーん」 「うるせぇよ…」 今更に照れ始めた政宗はそっけない言葉を返して、また慶次の胸に顔を伏せた。 (目は痛かったけど、たまにはこういうのもいいな) 政宗が聞けば確実に怒りそうなことを思いながら、慶次は政宗の頭にそっと口づけをした。 終わり 06.07.17 |