Don't You Worry Child
「ソー、大丈夫だ。そりゃ確かに少し焦ってはいるけど」
1940年代のブルックリン。古ぼけた骨董店の地下にあった秘密研究所。あのカプセル型の鋼鉄タンクの中で永遠に変わってしまった僕はそう
彼に声を掛けた。
「キャプテン、お前はもっと事態を深刻に考えろ。地球人の体内に異世界の毒が入ってるんだぞ」
戦略国土調停補強配備局、通称シールドからの要請でニューヨーク決戦で採取したチタウリの神経毒を奪取した犯人を追跡している最中だった。
相手はヒドラの末端組織の一員。簡単な仕事の筈だった。抵抗した犯人にその毒が塗られたナイフで刺されるまでは。
「捜査官達は後30分で到着するといっている」
無線機で通信した彼がそう告げる。強烈な雷撃で気絶した犯人を拘束し、道路端に寄せる。自分の僅かに出血した血を拭い、軽く溜息を吐く。
「なあ、ソー。僕は超人血清が投与された人間なんだ。滅多なことじゃ死なないよ」
そうはいっても徐々に呼吸が苦しくなってくる。黒ずんだ毛細血管が指先や首筋に浮かび、その数が増えていく。
「取り合えず休む場所が必要だな」
ソーに支えられながら近くにあったモーテルに避難し、ベッドの上に四肢を投げ出す。緊急ならば四基の強力な
ホバーエン
ジンを持つヘリキャリアーがやってくる。それがないということはそこまで重篤な状態ではないのだろう。北極圏の海面下でおよそ70年近く眠っ
ていた。家族や安定を求めた男はあの時に亡くなり、今は新世界に馴染めない異邦人のような自分がいる。パートナーとして時折組まされることに
なったソーは地球人とは少々異なる部分があり、それが周囲の揶揄いの種にもなっていた。だがそこが何故か自分と同じものを感じて安心出来た。
彼との仕事はブルックリンの廃墟のようなビルにあるジムでサンドバッグを叩くこと以外の唯一の癒しにもなっていた。
「少し我慢しろ」
「?」
そういっていきなり大柄な筋骨逞しい男が覆い被さり、僕にキスをする。
「ソー!君はっ…!」
咄嗟に押しやり、唇を拭う。女性よりは硬い、だが触れ心地のいい唇だった。
「勘違いするな。体液の交換だ」
何でもない事のようにソーが話す。慌てた自分が滑稽に思えて眉を寄せる。
「俺の体液ならばきっと毒も中和出来る」
すぐ間近で柔らかなふわふわとした黄金の長い髪が揺れていた。香水とは勿論違う、だが砂糖がけのアーモンドのように良い香りがするそれに心
拍数が上がっていく。
「口を開けろ、キャプテン」
彼を熱っぽく見つめたまま、唇を僅かに開く。どうかしている。そう告げる筈だった。
「……」
だが彼にリードされ、口づけを受け入れていた。
「…ッ…っ…」
「あっ…キャプテン…ッ」
柔らかな口内を舌で探り、甘い唾液をすする。誰とも交わったことがなかった。音を立てて舌を絡め合うだけで酷く淫らな気持ちになることすら
知らなかった。
「んっ……」
覆いかぶさるソーのくびれのある腰を掴み、自分に引き寄せる。少し手をずらせば、豊かで柔らかい臀部があった。酷く大きい。でもきっと彼は
許してくれない。でもどうしても触りたかった。
「んッ…んっ…」
ラバー素材で出来た戦闘服のボトムは薄く肌に密着する生地だった。その生地ごしにゆっくりと二つのむっちりとした尻たぶを揉み、柔らかな唇
と口内を貪り尽くす。甘い匂いのする彼の髪がさらさらと自分の頬に当たる。興奮していることに気付かれている筈だった。
「…ッ…」
微かな笑いとともに、彼自身の下半身が僕のコスチュームの下部に当たる部分を強くこする。スーツの下に着込んだ軽量ジェラルミン製のスケイ
ルメイルがはっきりと"あれ"の形に膨らみ、その刺激で益々体積を増していく。
「欲張りだな、キャプテン」
悪戯を思いついた少年のような笑顔でソーが笑う。呼吸の苦しさは幾分緩和されていた。長い睫毛が瞼を閉じることでゆっくりと下を向き、彼の
ピンク色の唇が星条旗をモチーフとした僕のコスチュームに触れる。
「ソー…ッ」
それが徐々に下に降りていく。
「地球人のサイズも中々見事だな」
高潔な筈の彼がそんなことをいうなんて。欲情と衝撃で僕の頭は混乱に陥っていた。スーツ越しに隆起したものに柔らかな唇が触れる。一気にそ
の先端を彼の口腔にねじ込んでしまいたかった。
「どうしたい?キャプテン…」
あの灰色がかったセピアブルーの瞳で笑いながら彼が尋ねる。どうしてこんなに彼との任務に心が弾むのか。彼ばかりを目で追いかけてしまうの
か。やっと分かった真実に頭を抱えそうになる。
「おっと、時間だ」
地球人よりも優れた聴力を持つ彼が複数の車がこちらに向かう走行音に気付く。部屋に籠る淫蕩な空気を感じさせない身軽さで僕の上から退き、
目線で処理が必要なものをどうするべきか尋ねてくる。
「バスルームに行くよ…」
情けなさとともにそう答え、慰めるように軽く肩を叩かれる。
――何を考えながら処理をするのか。
それは一目瞭然だった。