朝、目覚めると隣にいる筈のソーがいなかった。
久方ぶりの再会。いつものように雷神の一番の従者は不機嫌な顔で私を見つめていた。友として、仲間として、仕えるべき主として、そうして血の繋がらない兄弟のような想いもあの男にはあるのだろう。手中の球のように、大切に育ててきた王子を敵国の王に奪われた。
ソーの恋人が私だと知った時、柔らかな美貌を持つ男はそんな表情を浮かべていた。
氷の神殿の広間にいたその従者に尋ねると無言で雪原の西に指を指し示す。
よく見ると神殿の外には大型の獣の荒々しい足跡が彼方へと続いていた。周りには大小に砕けた大量の氷の塊。
「これでも止めようとしたんだ」
ため息交じりの声に思わず苦笑を漏らす。封印されていたヨトゥンヘイムの守護獣、四つ足のフロスト・ビーストを興味深げに眺めるソーの姿が思い浮かぶ。機嫌を損ねれば同族をも襲う気性の荒い獣をどうやって手懐けたのか。あの陽気な雷神は神の子としての資質だと自慢するかもしれないが、大方私の匂いに反応したのかもしれなかった。会えない日々を埋めるように、昨夜も激しくソーを抱いた。子を孕めるほどの量の王の子種をあの大きな肉尻に植え付け、たっぷりと身体の内も外も私の気で満たし、太陽の化身のような若者が私だけのものだという事を何度も刻み込んだ。抱かれながら幾度もソーは私が愛しいと呟いた。だが私の想いはそれだけではない感情も混じりあっていた。常に愛情とともに反目する暗い衝動があった。この光の無い国に永遠に閉じ込めておきたい。そういつも願っていた。それがもし叶えば、ソーは今のソーではなくなってしまうかもしれない。その事実が私を押しとどめていた。
「探しにいくなら加勢してもいい」
「いや、大丈夫だ。匂いを辿れば分かることだ」
それがどういう意味かを理解した従者が僅かに眉根を寄せる。私と過ごした後のソーから異なる香りがするのが、この男にも分かるのだろう。私の大切なものが私の香りを纏わせているのは良い気分だった。出来ればアスガルドでも、ヨトゥンヘイムの王の香りをあの魅惑的な肢体に纏って欲しかった。
「おい!こら!起きるんだ…!!」
虹の橋を介してアスガルドとヨトゥンヘイムを繋ぐ接点でもある切り立った崖の近くに、ソーとフロスト・ビーストの姿があった。突起のある灰色の硬い皮膚、鋭い爪と牙、一息に振り下ろすことで確実な凶器となる大きく長い尾。巨躯の獣は疲弊したように氷の大地に寝そべり、再び封印の眠りにつこうとしていた。
「ヨトゥンヘイムの有事か、王の命令にのみこれは目を覚ますんだ」
「だが俺が声をかけたらこいつは目覚めたぞ…?」
「目の前に遊んで欲しそうな子供がいたから相手をしたのかもしれないな」
揶揄いながら話すと途端機嫌を損ねた顔になる。だがすぐに愛嬌のある朗らかな笑みが現れ、私の許可を得ずに守護獣を目覚めさせたことを謝り始める。
「別に気にしなくてもいい。これに乗って大地を駆け回るのが楽しかったのだろう?顔に書いてある」
「あ、ああ!こんな巨大な獣、アスガルドの都市部には存在しないからな。こう大地を駆けるたび、地鳴りのように身体が揺れてすごかったんだ…!」
身振り手振りを交えて興奮気味にソーがその様子を語りだす。黄金の柔らかで豊かな長髪は私の贈った紅い天鵞絨の髪飾りで結ばれ、ヨトゥンヘイムで採掘した宝石群で飾られた腰帯、絹で出来た深緑の長衣、美しくも雄々しい精悍な顔立ち、そうしてヨトゥンの装いの中に隠された、私にたっぷりと愛された身体。何ものにも代えがたい、清廉で温かな心。
「…ん?どうしたんだ?ロキ。笑いながら俺を見つめて…」
「私は素晴らしいものを手に入れたと思ってね…。ヨトゥンヘイムでは決して得ることの出来なかったものだ」
戦傷の刻まれた武骨な手を柔らかく握るとソーの頬が僅かに赤らむ。
「さあ、もう十分に遊んだだろう?今日ここをアンタは去るんだ。それまでは私の側にいるべきだ」
「強引だな」
揶揄う様に笑いながらソーが言葉を返す。
「強引な私も好きだろう?オーディンの息子、ソー・オーディンソン。昨夜はあんなにももっと激しくしろと甘くねだってきた癖に――」
大きな手のひらが焦るように私の口を塞ぐ。その塞いだ手のひらに唇を押し当てると益々相手の顔が赤くなる。
筋骨逞しい上半身に反して細いソーの腰をそっと手で撫でると感度のいい身体がびくびくと小さく震え、まだ大量に中のひだ肉に子種がしみ込んだままの重量のある大きな肉尻を軽く掴むと、微かな拒絶の言葉とともに薄紅色の唇から熱い吐息が漏れていく。
虹の橋からの光の穴が開くまでどこかに籠ろうか。濡れた息を吹きかけながら柔らかな耳殻を噛み、囁くと無言で頭が縦に振られ、熟れ始めた身体を持て余すように大柄で肉付きのいい体躯が私にしがみつく。
私の大事な光を手放すまであと数時間。それまではたっぷりと愛で、ヨトゥンヘイムの王の香りを濃密に纏わせた姿で、寵愛する王子の帰還を待つ王の元へと返したかった。日々増長していく自分の独占欲に、自然苦い笑みが頬に浮かぶ。
だがそれすらも私の中で大きな喜びとなっていた。