アタノール









「どうだ?スティーブ、少しは慣れたか?」
そういって笑いながらソーが尋ねる。朝はいつも果樹園で獲れた新鮮な果物が樫の木のテーブルに用意され、その中から口にしたいものを王である彼が選ぶ。
「ああ、まあね…」
形のいい指が林檎を掴む。彼なりの配慮で、地球にも存在する果物を選んだのだろう。自分が抱いた痕が色濃く残る身体は薄い白絹の寝衣に覆われ、朝日の清廉さと情事の名残の対比が目を惹きつける。


『アスガルドに来ないか』

スタークが馴れ初めを聞いたら"逆プロポーズか?"と揶揄われていたことだろう。ニューヨークでの同棲生活も十分に楽しいものだった。だがふと、一度も訪れたことのない彼の故郷にも興味を引かれた。そうして共に足を踏み入れた黄金の国、アスガルド。ドーム状の展望台、オブザーバトリー。広大な虹の橋であるビフロスト。その先に望む荘厳な建造物の数々。中世風の衣装を纏い、第一王子の帰還を熱狂的に祝う群衆。王宮での盛大な歓迎の宴。地球とは明らかに異なる文化に圧倒され、改めて自分の恋人が異世界の王族であることを認識する。どこかで隔たりが生まれたのは確かだった。住む世界があまりにも違い過ぎる。だが悩む自身を更なる混乱に陥れたのはソーの一言だった――。


『"結婚"ッ…!? 』
『ああ。驚く事か?その為に連れ帰ったんだ』
何でもないことのようにあっけらかんとした顔で彼が答える。
『昔、父上が仰っていたんだ。"お前より優れた者か、お前と同等に優れている者を連れてくるならば婚姻を認める"と――…』
突如として倒れ、未だ目覚めぬままのアスガルドの国王・オーディン。ソーの父親でもある彼の代わりに国を統治する者が必要なのだということは以前から知っていた。ソーにその覚悟が出来つつあるのも。だがまさか、自分が伴侶に選ばれるとは思わなかった。
『アスガルドの民の多くは戦士だ。みな一目でお前が優秀な戦士だと分かっていた。俺の選んだ伴侶であることも』
『……』
熱を帯びた歓待の意味にやっと気付く。子供を作れない同性同士だということも、この神々の国では意味を為さないのだろうか。それともソーの身体に、何度も交わったことのあるこの素晴らしい身体に二人の子供が宿るのだろうか。
『嫌なのか…?』
ニューヨーク決戦で初めて出会った時から惹かれていた。傲慢で子供のように無邪気で、正義感に溢れた異世界の勇士。恋に落ちるのは早く、しかもその喜びが今も収束することなく続いていた。彼は自分のものだと、日々想いが強くなっていく。二人の居る場所がどこになってもいい。ソーの傍にいたかった。求婚を受け入れたことを口づけで示す。珍しく照れたように笑う彼に、益々執着が増していく――。



「そうか。これでも心配していたんだ」
寝台に寝そべったままの自分の唇に冷やりとした林檎の果皮が当たる。軽く齧り、咀嚼しながらそれを齎したソーの姿を見つめる。どちらが"妻"で、どちらが"夫"かはいまだ周囲に認識されていないことだった。大胆な求婚をしておきながら、愛し合う姿を見られることをソーは厭い、いつも交合は人払いをした閨で密やかに行われていた。この国の王になった彼は二人きりの時は地球人の"夫"の肉棒に夢中になり、悦びながら激しく腰を振り、何度も淫らな絶頂を繰り返す。だが寝室以外の場所では甘やかな関係を隠し、軍事に長けた臣下としてこちらに接する。最近は若年の兵士への訓練も任されるようになり、重要な軍法会議への参加も許されるようになっていた。王の副臣を兼ねる伴侶として、また一人の戦士として、周囲に認められた証なのだろう。ソーの親友である三銃士やシフも、戦闘や交遊を重ねることで今では気兼ねなく会話する間柄にもなっていた。地球だけではなく、他の八つの世界でも混迷は絶えず生じていた。時折、地球に残した仲間を思い出す。スーパー・ソルジャーとしての自分が生まれることになった経緯も。だがこの世界にも救いを待つ人々は存在していた。何より70年後に再び見つけた愛する者を手放したくはなかった。最大の決断を強いられることがいつかあるならば、自分は迷いなく70年前と同じ決断を下すだろう。もしかしたらソーも同様の決断を強いられれば、同じ選択をするのかもしれなかった。そのいつか現れるかもしれない未来を憂う前に、彼との時間を十分に味わいたかった。

「ただ少し…不満があるかな」
素裸のままの上半身を起こし、微笑みながら肩をすくめる。
「…?」
「もっと――二人きり以外の場所でも君が僕のものだって見せつけたいんだ」
「……」
承服し難いのだろう。少年のような勝気な顔に不満の色があらわれる。
「だってまだ僕達は新婚だからね。君は僕の妻だし…」
ソーの手を緩く引き寄せ、甲に口づける。
「スティーブ、お前の妻である前に俺は――…」
「分かっているよ、アスガルドの王さま」
わざとおどけた振りをして彼をそう呼ぶ。
「でもそんなにこの関係は隠したいほど恥ずかしいものなのかい?」
そう想像するとそれが事実でなくとも悲しく感じてしまう。
「…ッ…違うんだ…」
止まった言葉の続きを聞きだそうと、同じように寝台に腰かけるソーの柔らかな長い金糸の髪を指で梳く。
「ただ閨での自分を思い出すと…どうにも恥ずかしくて…」
初めて関係を持った時、ソーは何も知らなかった。勿論未経験なのはこちらも同じで、互いに苦労しながら身体を繋げた。
それが今ではくぷりと亀頭を肉厚な肉の輪に押し当てるだけでソーは期待に満ちた甘い吐息を漏らしてしまう。ずるずると音を立ててむちむちの肉壺がぱんぱんに膨らんだペニスで押し開かれると、両脚の指を犯される肉悦でびくびくとびくつかせ、夫の挿入を熟れた身体が悦んでしまう。恥ずかしい体位であればあるほど、ソーは嫌がりながらも興奮を増していく。ケダモノじみた直情的な動きで犯すと舌を出して悦び、肉壺を中イキできゅんきゅんと何度も締め付ける。その様子を見るたび、純粋に育てられた姫君を淫蕩に調教するようで、雄としての昏い悦びがいや増していく。最近ではソーを恋い慕う者達の目線にすら強い嫉妬を覚えるようになってしまっていた。凛々しく美しい魅惑的な新妻。それを周囲に見せつけたかった。だが同時に彼に恋慕する者を排除したかった。

「分かったよ――じゃあ人前でこれ位は許してくれないか」
頤を持ち上げ、軽く口づける。
「ああ。勿論…!」
太陽のような笑顔につい見惚れてしまう。もう一度口づける。今度は深く。
「んっ…んっ…」
これ以上深くなることを牽制するように肩を押され、思わず不満を滲ませた顔で彼を見つめる。
「キスだけだよ、ソー」
その言葉が勿論守られたことはなかった。最後は必ず夫である自分にがっちりと上からプレスされた状態で容赦のない中出しが始まり、豊満すぎるむちむちの肉尻は太いペニスを根元まで肉壺でずるんっ…とくわえさせられ、ぶじゅっ、ぶじゅっ、と卑猥な種付けを肉厚な肉のびらびらに塗りたくるようにして繰り返された。
「スティーブ…ッ、続きは夜にしろ。今日はお前と二人でドワーフの鍛冶職人たちに大量の盾を作らせるんだからな」
「…盾?」
一度ソーに案内された地底の鍛冶場を思い出す。岩と岩の間の狭い通路を下った先にある大きく湿気のある洞窟。水が岩のよどみにしたたる音。狭い円天井、うだるように暑い鍛冶場。巨大な炉は目に眩しいほどで、4人のドワーフたちが作る武具や調度品はどれも素晴らしいものだった。後日黄金と翡翠を使った髪飾りを彼らに依頼し、それを受け取った最愛の妻に酷く喜ばれたことも思い出す。

「ああ、お前の闘う姿に一部の兵士たちがすっかり心酔してしまってな。みなお前のように盾を扱いたいらしい」
「そうだったのか…何だか嬉しいな」
「複製とはいえ、細部まで綿密に作らせるつもりなんだ。それにはお前のアドバイスも必要だと思ってな」
「…そうだな。僕に出来ることなら手伝うよ」
初めて自身の戦闘を披露した時、戦争と勝利の神でアスガルド軍の指揮官でもあるティールに盾の投擲跳弾技術について訊かれたことを思い出す。複数の体術と組み合わせた戦闘様式の為、自分以外のものがそこまで盾に関する技術を会得できるとは思えなかった。だが才を認められ、誰かに指南することが出来るのは喜ばしく誇らしいことだった。

「スティーブ」
呼びかけられ、彼の顔を見つめると触れるだけの口づけがもたらされる。
「強く勇敢な我が夫…お前を誇りに思うぞ」
「ソー…。分かっているとは思うけど、…愛しているよ」
幸福を伝える穏やかな笑みが彼の口元に刻まれる。自分の肉具と化した愛しく豊満な妻の身体を貪り尽したい衝動を抑え、湯浴みに向かうソーを見送る。口の中に林檎の爽やかな甘みが残る。それを嚥下することで飲みこみ、脱ぎ捨てた寝衣を纏う。バルコニーから吹く風はどこか冷たく澄んだものだった。美しく雄大な景色と清涼な風。ソーと同じように、同じ世界の人や物でなくとも魅了する存在があることは確かだった。