Lily (loki X Thor & Fandral X Thor)
君は昔とても可愛かったんだ。きらめく細い金糸の髪、広大な海のように深く澄んだ青い瞳、鼻の付け根にあるそばかすすら愛嬌があって、初めて見たときこんなに愛らしい少年がいるのかと思ったものさ。
でも段々、君は成長していって、気付いたら誰より立派な体躯を持つ勇ましい王子になっていた。だが不思議なもので、りりしく成長した今でも昔と変わらぬ愛嬌があって、そのまばゆい黄金の髪と宝石のような美しい碧玉の瞳は相変わらず見ほれるほど見事なものだった。
だから夜、君の部屋に向かう影を見ても驚きはしなかったんだ。その影が芳しい香りを漂わせる女のものではないことにも、よく見知った者だということにもね。翌朝見かけた君は酷く落ち込んでいるようだった。赤く擦れた頬を見るまで納得した上でのことだと思っていたんだ。椅子の上に座ることでさえ、君はやっとのようだった。
私は王宮でもう一人の王子を探し回り、問い詰めた。彼は白い喉を震わせながら気のせいじゃないかと私の考えを一笑に附した。私が見た影も消沈する友の姿も全部思い過ごしだと。そうして最後に赤子の口に指を入れたことがあるか、とそうたずねて来た。あれと同じなんだ。温かく湿って吸いついていくる。そういって彼は笑った。私は友の名誉を守るため、殴りかかりたい気持ちをこらえ、その場を後にした。
私と君はその夜、山間の街にでかけ、酒を酌み交わした。慰めるには言葉も態度も必要ではないと思えたからだ。ただ友として接し、戦場での武勇を語り、笑いあった。君はいい友だ。そう饒舌になった口で私は褒めた。昔と変わらぬ明るく力強い笑顔がその顔に浮かび、ほっと息をついた。その場にいた美しい酒場の女たちに目が行き始めた私はそこで友と別れた。山間の街は真っ白な雪が降っていた。
次の日の朝、宿屋の寝台の上で何本もの柔らかい腕にからみつかれながら目を覚ました。眠っていた間、酷くいい夢を見たような気がした。王宮に戻ると君の頬にはまた痛々しい傷が増えていた。手の甲にうっすらと残る口付けの痕はまるで呪縛のようだった。私は下女を呼び、その傷を隠せと命じた。シフに問い詰められたら彼女になんていうんだと、そう叱咤した。剣術でついた傷だと、そう哀しげな瞳で君は呟いた。その顔を見たとき私は苛立ちを感じる自分に気付いた。そうしてその苛立ちのままに黒髪の王子に近づき、彼を殴った。嘲りの目で彼は私を見た。その灰緑の瞳には私に対する優位があった。彼は知っていた。そこで初めて私も自分の心を知ることになった。私は自分自身に戸惑いながらその場を後にした。昨日見た夢をうっすらと思い出していた。夢の中で私が抱く肌は熱く、揺れる髪は見事な金色だった。君は一人の立派な若者になってしまったのに、その心は初めて出会った時と少しも変わらず愛らしく無垢なままだった。私はただ君を守りたかった。君を傷つける者からも、君に触れそうになる私の心もからも――。