Cherry Pie
「これでいいかな…」
ソーの誕生日を祝う動画を撮り終えた僕は安堵の吐息を漏らした。上手くなかったけれどバースデーソングは悪くはない出来だったと思う。
『寂しいよ、ソー』
動画の中で語りかけた言葉を思い出す。口に出すと益々実感が湧いてくる。ソーの次に同居人になったグランドマスターははっきり言ってソー以上に大変だった。彼のことは嫌いじゃないけれど僕のバンド仲間を溶かされた時は本当に困った。彼がサノスの粛清を逃れたのかは分からない。全宇宙の人口が半分になって以来、彼は僕の家には戻っていない。どこかで生存していることを願いつつ、僕はまた同居人を探す日々に戻った。同僚が減った分、仕事は以前よりも多くなり日曜も出勤しなければならないほどだった。疲弊した身体で帰宅すると真っ暗な部屋が僕を出迎える。ソーがいた頃は帰宅すると焼けたカボチャの良い匂いがした。勿論僕の為の料理ではなく、彼が食べる為の料理だった。それでもとびきりハンサムで魅力的な彼が調理したカボチャを片手に僕を出迎えるのは心が弾むことだった。
『ダリルすまない』
少し、いやだいぶ天然が入っているソーはそういって僕にぶつかることもあった。同時に倒れたのか、ハーフパンツ越しの大きなお尻がぶつかられて倒れた僕の真上にあることもあった。いつだってソーは新鮮な蜂蜜に似た良い香りがする。凄く大きなお尻と甘い香りは僕を惑わせるのに十分で、彼が紳士的に僕を起こしてくれても僕は動揺したままだった。その上ソーは天真爛漫で感情表現が豊かだった。嬉しくなるとまるで熊のぬいぐるみみたいに僕を抱き上げる。そうすると背の高い彼の胸元にちょうど僕の顔が押し当てられる。温暖な気候のオーストラリアでは彼はほとんど上半身に何も身に着けていなかった。裸の大きな胸で圧迫させられそうになる感覚は何ていうかこう…本当に困る事だった。一度ノックせずに彼の部屋を開けて、戦闘用の鎧に着替える彼を見てしまったことがある。彼は全裸で途端に頬を真っ赤にして僕を怒り始めた。その日から僕は彼の部屋を入室禁止になった。あれは全面的に僕が悪かった。でも普段、ソーはほとんど裸の状態で僕の目の前にいる。目のやり場に困ることだって多々ある。どこか理不尽なものも感じずにはいられなかった。
「……」
デスクの前で朝買ったドーナツとコーヒーを口に含む。暫く休憩してまた仕事に戻る。僕が僕なりに日々を懸命に過ごしているように、アベンジャーズである彼もきっと必死にどこかでヒーローとしての使命を全うしている筈だった。
『今日が君にとって良い日でありますように』
語りかけた言葉は本心からの想いだった。僕のヒーローが大きな怪我を負うことも、これ以上仲間を失うこともなく、活躍することを願うだけだった。そうして疲れたら、オーストラリアの僕の家へ休みにくればいい。ちょうど部屋は一人分空いている。好きなだけいてくれて構わない、と。僕は戻ってきた彼にそう告げるつもりだった。