ルミネセンス
「いつの間に降ったんだ」
窓辺に立つ弟に話かける。ここを訪れた昨夜は肌寒いものの、まだ霜ぶかぬぶどうの枝木の間から冷たい風が頬をなぶるだけだった。
朝目覚めてみれば深々と降り積もる雪。ただでさえ荒涼とした景色が一層寒々しいものになる。
「不思議に思うかもしれないが――」
こちらを振り向くことなくロキが言葉を紡ぐ。自分と同じように素裸に軽くローブを羽織っただけの姿。
訪れてすることはいつも同じだった。ただひたすら、相手の身体にしがみつき、夜を過ごす。王の息子としての矜持も、女のように犯される自分には何の意味もないものだった。
情事の際に弟の暗い瞳に浮かぶ喜びと安堵の光。それは自身の揺れる心を慰めるものだった。地球の仲間達からすれば、ロキは邪神でしかない。だが弟にも善の心が残っていると、そう信じてやりたかった。例え、愚かな兄と呼ばれようとも――。
「この景色を見るといつも落ち着くんだ。私の故郷を思い出すからかもしれないな」
雪と霜に覆われた灰色の大地は確かに昔訪れたかの国を想起させるものだった。側に寄ると体温の低い柔らかな手が俺の手を掴み、自らの側に引き寄せる。幾日もの休暇を与えられた訳ではなかった。混乱に陥った九つの世界に秩序を取り戻す為の日々。自分の肌に浮かぶ新たな戦傷を見つけるたび、ロキは複雑そうな顔をする。憤りと僅かに滲む悔恨。そうして熱のこもる何か。膏薬の塗られた苦い傷跡の一つ一つをいつも弟は舌で丁寧になぞった。贖罪のようなその行為が嬉しくて、俺は常に飽くことなくロキの艶やかな黒髪を撫で続けた。そうして自らの身体を全て弟に与え、虜囚であるただ一人の兄弟を慰め続けた。
「…アスガルドこそがお前の故郷だ」
玲瓏な美貌がこちらを振り向き、しっとりとした唇に自分の唇を覆われる。二度、三度、舌を吸われ、昨夜の濃密な記憶が蘇る。お互いに向かい合った姿でロキを受け入れ、何度も淫らに腰を揺らした。犯される恥辱は数度の逢瀬のうちに肉の悦びへと呆気なく変化し、弟の熱を帯びた、穏やかな笑顔は甘く心を蕩けさせた。お前が愛おしい。何度そう告げただろう。そうする事で肉ひだをひろげられ、最奥まで亀頭で激しくこねまわされる事を分かっていながら、そう告げずにはいられなかった。自分の酷く大きな肉尻の中で、ロキのものが力強く放出を繰り返す。まるで女のように細かく編み込まれ、結われた髪を揺らし、熱烈に口づけられながら、そうして幾度も弟は俺の身体を犯し尽くした。
「…っ…」
徐々に熱くなる肌を厭うように身動くと、漸く唇が離される。僅かに背伸びするようにして、額に軽く唇が押し付けられ、ゆっくりと離れていく。
「科人(とがびと)として国を追われていても、そうなのか?」
「――お前が真に反省する日が来れば、父上もきっと許して下さる」
「兄上とは平行線だな。いつまで経っても――…」
皮肉気に呟く顔からは、地球で、峻険な山脈の山間で目にしたあの怒りはなかった。
「ロキ…」
「影が私の居場所だった。兄上の栄光の影が」
部屋の中央に置かれた円形の炉から火のはぜる渇いた音が聞こえてくる。弟の美しい灰緑の瞳にその焔の色が映り込む。
「だが今はそれでいいんだ。側にいてくれるなら――」
自分の表情の変化に気付いたのだろう。からかうような笑みが口元に浮かぶ。
「憐れみはよしてくれ。私は欲しいものを手に入れたんだ」
ロキの目線がふたたび窓辺に向けられる。
すべてを覆いつくすように降り積もる雪は峻厳で、浄化を現す兆しにも思えるものだった。
そっと弟の手に触れると柔らかな白い指が絡みつく。子供の頃に感じた、庇護の気持ちをもう一度思い出しながら、俺もまた同じように外の景色を眺め続けた。