HOT　CHOCO 

ダスカ地方を訪れた俺達はプロンプトの希望でチョコボ牧場を訪れることになった。牧場主であるウイズの依頼で付近に出没していたベヒーモス、通称"スモークアイ"を討伐し、無事チョコボのレンタルを申し込む。貸し出されたチョコボはノクトには通常カラー、プロンプトには派手な緑色、そうして俺には白色のチョコボがあてがわれた。

「キュッ…」
「………」
他の仲間達のチョコボは"キュー"だの"キュッ"だの可愛らしい声をあげながら早速二人を虜にしている。だが俺のチョコボは妙にシュッとしたチョコボだった。まず立ち姿が他と違う。黒い右足のかかとに左足の先をそっとくっつけたどこかモデル立ちのような謎のスタイリッシュさ。声も滅多に出さず、まるで人語を理解するかのようにキュッ、キュッ、と話しかけられるたび短く鳴き声を漏らす。老鳥ではないものの、視力が悪いのか、リムとブリッジのみの眼鏡らしきものを鼻頭にかけている姿がどこかユーモラスだった。

「うわ〜〜〜グラディオのチョコボ、ふわっふわっで白くて綺麗だね〜〜」
自分の緑チョコボに抱き着きながらプロンプトが感嘆の声を漏らす。
「そうか？そもそもコイツらに美醜なんてあんのか…？」
艶のある白色の羽、澄んだ海色の瞳、健康状態がいいのだろう、黄色いくちばしもぴかぴかと光り、見目が良いといえばそう見えなくもない。
「あるよ！勿論。俺のチョコボはかわい〜子、ノクトは元気な子、それでグラディオは一番綺麗な子！」
よほど念願のチョコボに騎乗できるのが嬉しいのか、そばかすが浮いた鼻を何度もこすりながら満面の笑顔でプロンプトがそう答える。自分にあてがわれたチョコボを褒められ、満更でもない気分になった俺はそっとその小柄なチョコボに手を伸ばす。

「ははっ、大人しいな。お前…」
とさかを撫でると気持ちよさそうに目を狭める。過酷とも言える旅の道中、これから何度も世話になる相手だった。
「よろしくな」
自分の額をチョコボの頭にくっつけ、軽く挨拶を交わす。呼応するように短い鳴き声がチョコボから漏れ、柔らかな白羽が俺の頬に摺り寄せられた。



それから数週間、俺達は何度もチョコボと旅をした。それぞれのチョコボには牧場主であるウイズが名前をつけているようで、俺のチョコボは"イグニス"という名前だった。名を呼べば一目散に駆け寄り、俺の騎乗を静かに待ち望む。他のチョコボならば中々発生しないであろう各パラメータを上げる"チョコサージ"もほぼ毎回かけてもらい、度重なる戦闘もこの優秀なチョコボのお蔭で随分と楽なものになっていた。キャンプをすれば、必ず周辺の美味な食材や香辛料をくちばしにくわえて帰還し、料理の才能がからきしな男３人の味気ない夕食も幾分華やいだものに変化していた。

「お疲れさん。今日はモブハントで稼げたからな。メシがちっと豪華だぞ」
チョコボポスト近辺にあるキリウムの標。近くの川まで水を汲みに行く二人を送り出した後、３匹に声をかけながらシルキスの野菜をフードボウルに入れていく。今日は帝国軍との戦闘が幾度かあったハードな日だった。当然チョコボ達にも疲労が溜まり、それを労わるようにそれぞれの頭を撫でてやる。
「ん？どうした？具合悪いのか」
いつもなら小食ながらも完食する筈のイグニスに目を止め、声をかける。野菜の残るフードボウルを覗き込んだ俺の胸元に不意に白い頭が寄せられ、タンクトップと胸の隙間にくちばしがするりと潜り込む。
「ははっ！イグニスっ、くすぐってえよ…！じゃれるならメシ食ってからにしろって…ッ」
普段どのチョコボよりも冷静沈着なイグニスが時折見せる悪戯に自然と笑みが漏れてしまう。まるで生まれたての雛のように、厚く盛り上がった自分の胸板に顔を寄せるチョコボが愛しくて、タンクトップの中に潜り込んだ頭をわしわしと撫でてしまう。

「うわ、イグニスってほんとにグラディオに懐いてるんだね〜！」
「…ッ…！」
バケツを持って戻ってきたプロンプトに開口一番そう叫ばれ、気恥ずかしさに急いでイグニスから距離を置く。どこかこちらを詰るような短い鳴き声がすぐ側で漏らされ、艶やかな白羽を持つ鳥が静かに残りの野菜を食べ始める。
「懐いてるって…そりゃこれだけ旅してればお前らのも懐いてんだろ」 
「ん、俺とノクトの子もちゃーんと懐いてるよ。ね、ノクト？」
「まあな。でもイグニスの懐き方はちょっと俺らのとちげーよな」
軽く釣りでもしたのか、小型の魚数匹を設置したバーナーストーブで炙りながらのんびりとノクトが言葉を返す。
「ウイズさんが前いってたけど、イグニスって誰にも懐かないすごくクールな子なんだって」
黙々と食べ続けるイグニスに目を向ける。
「それがグラディオの前だとまるで母親に甘える雛鳥みたいに懐いてるでしょ？よっぽど相性いいんだろうね〜」
「そうか…？」
妙な嬉しさを感じながら頬を掻く。
「母親つーか。イグニス、やたらとアンタの前では張り切るし…グラディオ求愛されてんじゃね」
「ッ…」
ぼそっと吐き出された言葉に思わず吹き出してしまう。
「ノクト、イグニスはオスだぞ。野郎が野郎に求愛なんかするかよ」
「でかいメスに見えるんじゃね」
旧友ならではの軽口にヘッドロックをかけることでやり返す。
「いてっ！やめろよ馬鹿力ッ」
「あ〜ん？軟弱な王子様はもう降参かあ〜？」
「もーーー俺らも夕メシだから！二人ともじゃれてないで準備してよ〜！」
黄昏時の標に煙とともににぎやかな声が流れていく。




「なあ、イグニス」
夜半、自分のチョコボに寄りかかり、たき火の灯りで読書を続けながら声をかける。テントから聞こえていたカードゲームに興じる声はいつの間にか途絶え、二人の就寝を伝えてくる。
「俺のこと、好きか？」
聡明な光を湛えた青く丸い目が静かに向けられる。いつも通りの短い鳴き声。そうして甘えるように柔らかな羽毛が背後から自分の頬に擦り付けられる。
「俺も大好きだぞ、イグニス」
仲間達の前ではとてもいえない本音をそっと漏らす。

「明日もよろしくな…」
わしわしと頭を掻いてやると気持ちよさそうに短い吐息が大きなくちばしから漏れていく。プロンプトよりもチョコボとの出会いを待ち望んでいたのは自分自身なのではないか。穏やかな獣に癒されながらそんな想いが頭をよぎる。ノクトのいう求愛はさすがにない筈だが、家族のような信頼が静かに、確実に互いの間に芽生えていく。
「……」
羽毛で出来た天然の枕に顔をうずめ、瞼を閉じる。暖かくふかふかで、母親の胎内に似た心音が聞こえてくる。幸せな心地に包まれながら、俺の意識は沈み、まるで守るようにイグニスのくちばしがこつりと俺の額に押し当てられた。