「グラディオ、買ってきたぞ」
ランガウィータの売店で購入した鎮痛薬をベッドの上で寝そべる男に渡す。
「あー…、わりいな」
機嫌も気分も最悪なのだろう。ただでさえ低い声が一段と凄みを増し、ベージュと茶のストライプ柄のシーツの上で身じろぎを繰り返す。
「気分が悪いなら…」
摩ろうとした手が無情にも振り払われる。
「いいから放っとけって…ッ」

グラディオの昔からの癖。自分が一番忌み嫌う部分を曝け出したくはなくてすぐに殻を閉ざしてしまう。初めてそれに気付いたのは11歳の時だった。二人だけでの剣術の稽古中、突然蹲るグラディオに慌てて駆け寄ると今と同じように手酷い拒絶を受けた。そうして相手の下部に目をやり、驚きと共に何が起こったのかを理解した。稽古場の隅に置いていた自分の上着を拾い、今にも悔しさで泣き出しそうなグラディオの身体にそっとかける。
"礼はいわねえからな"
変声期前の高い声が背けた顔からぼそりと漏れる。誰よりもやんちゃで、誰よりも武芸の才がある少年。自身と同じ、次代の王を守るべくして生まれた存在。似た境遇だからこんなにも気になるのだと思っていた。だがあの日、長く黒い睫毛の先に滲む涙を見て、自分の感情が何なのか、漸く気付くことが出来たのだった。

「――まったく…お前がそんな態度だとノクトやプロンプトが怖がるだろう?」
「アイツらとは今日は別部屋だ。当たることはねーよ…。お前も俺にキレられんのが嫌なら近づくな」
「…炭酸水を入れたレモネードを作ってやる。少し気分が晴れる筈だ」
「……」
返事がないのを確認し、軽くため息を吐きながらキッチンに向かう。
その周期が来ること自体、何も悪いことばかりではなかった。体調の変化で潤んだ瞳と普段よりも体温の高い肌は、自分の実らぬ想いを淫らに満たし、叶うことならばその艶めかしい姿を一晩中眺めていたいほどだった。黒いジャケットの隙間から覗く敏感そうな胸の先端はぷくりと発情で勃起し、赤みを帯びた桃色で自身の目を楽しませる。告白すればどうなるだろうか。きっとプライドを踏み躙られたと、そうグラディオは解釈するだろう。幼馴染としての、親友としての関係もこれで終わりになるのかもしれなかった。あの浅黒い肌を味わって、豊満な肉尻に自分の雄を突き立てたい。危険な欲望だと自制するものの、周期の訪れたグラディオは酷く蠱惑的で、試されるように何度も夜は巡り、苦悩は長く続いていた。


用意したレモネードとオーツ麦のスープで軽い食事を摂らせ、眠りにつかせる。食後に飲んだ鎮痛薬が効いたのが、寝顔は穏やかで、黒い革張りのソファに座り、その寝姿を見つめ続ける。
「んっ…」
少し苦しそうな声が肉厚な唇から漏れ、一滴の汗が頬を伝う。立ち上がり、ポケットに忍ばせていた白いハンカチでそれを拭うと、眠っていた筈の琥珀色の瞳がうっすらと開く。
「どうしていつも…」
「いつも…?」
半分夢見心地なのだろう。低音の声に常にはない甘さが混じる。
「俺が酷く当たってもお前は優しいんだ…?」
「さあな、俺には分からない辛さだから同情しているのかもしれないな」
秘めた想いを隠し、真実でもある答えを穏やかに話しかける。
「俺のこと…」
薄紅い肉厚な唇が誘うように開く。きっと寝惚けているだけだ。そう結論付け、激しくなる鼓動を自覚しながら触れたくて堪らなかった唇に自分の唇を重ね合わせる。異性の柔らかな表皮とは明らかに違うもの。だが甘く弾力があり、淫らな触感をもたらすそれを貪欲に貪りそうになる。
「んっ…」
ずるっ…と舌を食まれたグラディオがびくびくと震えながら嫌がるように唇を離す。
「はっ…」
口端から互いの唾液を垂らしながら艶めいた吐息を漏らされ、雄としての欲望に熱く火が点いていく。
「グラディオ…」
太く逞しい首筋を思い切り噛んでみたかった。"女"として貫いたまま喘がせ、長年の旧友を自分のものにしたかった。

「イグニス…」
了承の証のように自身の名が呼ばれ、シャツの襟を寛げながら大柄な体躯に伸し掛かる。相手の体調を考えれば無理強いする事は出来なかった。だが後少しだけ、自らの前に晒された肉付きの良い無防備な身体を味わってみたかった。
「……ッ?」
覆い被さった瞬間、腕の中の肢体がだらりと重くなる。同時に聞こえる豪快ないびきに脱力し、抱き着いたまま、長い溜息を漏らしてしまう。
「まったく…」
身を起こし、モーテルの薄い毛布を眠るグラディオにかける。ベッドの淵まで体をずらし、痛みを緩和させるように相手の腰をさすり続けると一層寝顔が穏やかなものに変わっていく。
「……」
特有の周期があるのならば、その先もあるのだろうか。小学生の頃の利かん気そのものの幼馴染の顔を思い出す。秘密を知った後も常と変わらぬ態度で接してきた。だが心のどこかで相手をいじましく想う気持ちが芽生えていた。その想いは今でも変わらなかった。出来る限り、守ってやりたい。そうしてこの遠い日に芽生えた初恋が実るのならば、すべてを手に入れ、不確かな身体に自分の跡を刻み付けたかった。誰のものにもならないよう、深く、激しく――。


親友の顔に手を伸ばし、汗で額に貼りついた黒髪を緩く撫でつける。今日のことを覚えていても、覚えていなくても、今夜が始まりの夜であることは確かだった。眼前にある熱を持つ肉厚な唇をもう一度味わいたい気持ちに駆られながら、ベッドを離れ、空になった食器類を片付け始める。明日の準備を終え、用事がすべて済めば、また自分は眠るグラディオを見つめ続けるだろう。互いの終点がどこにあるのか。幸福な結末を期待してもいいのか。舌で自分の唇に触れると、レモネードの酸味と蜂蜜の甘さがあった。唇を奪ったときについたそれを指で拭い、再度味わうように口に含んだ。