ゲイルロドとアスガルドの兄弟

アスガルドの単調な日々に辟易していたロキはある日、鷹の衣でヨトゥンヘイムへと旅立ちました。<空を飛ぶ者>の心を曇らせるのはなにもこの平穏な日々だけではありません。すべての巨人の王であるフルングニルがソーとの決闘で敗れて以来、負傷し倒れた兄を粘土の巨人ミストカーフから守り庇った従者シアルヴィはより強固な絆でソーと結ばれるようになりました。目の上の瘤であるソーが巨人の王を倒したことも、戦車を引く山羊を髄まで食べてしまうような粗忽者だったシアルヴィが勇敢な従者として兄のお気に入りとなったこともロキはおもしろくありません。
その鬱々とした気持ちのままにイヴィングを超えると見たこともない丸い緑の野原にやって来ました。見渡す限りに広がった荒々しい銀や灰色の岩に囲まれたそこには一つの館が立っていました。鷹に変化していたロキは舞い降り、窓際に止まると館の中をのぞきこみました。中の広間では巨人ゲイルロドが二人の娘に囲まれながら宴会をしています。館の主はふと窓際にとまった見事な鷹に目をとめました。
 「あの鷹を捕まえて、俺のところに持って来い」
そういうとすぐに召使いが館の外に飛び出しましたがロキは屋根上たかくに飛び上がり、のろまな召使いに対して甲高い嘲りの声をあげました。そうして悠々とした心地で空へ舞い上がろうとしましたが、ロキの両足は草ぶき屋根にはりつき、動くことができません。そこでようやくこの巨人の持つ力に気付いたロキでしたが時すでに遅く、召使いによってゲイルロドの丸くした手の中に押し込められてしまいました。
「ふーむ」
じろじろと巨人が手の中のロキを見つめます。珍しい灰緑の瞳がぴかぴかと光るのを見て、すぐにただの鳥ではないと見抜いたゲイルロドが問い詰めましたがロキは名を明かしません。大きな手でぎゅっと握りつぶしても答えぬロキに巨人は苛立ち、とうとう席から立ち上がると館を横切り、大きな箱の中に鷹をいれ錠をかけました。腹が減ればこの頑固な鳥も口を開くだろうと考えたからでした。
こうして三ヶ月、ロキは暗闇の中で日々を過ごしました。食べるものは何もありません。彼は自分自身の巣を汚すむっとする空気を吸っていました。酷い空腹の中、ロキが思い浮かべるのは完全にひいたライ麦のパンでも、角杯に並々と注がれた葡萄酒でも、丸々と太った野兎でもなく、ただ一人の兄、ソーのことでした。ロキはきっとソーが自分を探し見つけ出すだろうと信じていました。彼の最大の好敵手であり友でもあるのが自分だと分かっていたからです。ロキはあの温かく大きな手に自分の頬が撫でられる事を思い浮かべました。そうすると自然に赤すぐりのような唇が兄の柔らかな唇を求めていることにも気付きました。美しい女神シフにも従者シアルヴィにも兄を渡したくはありません。暗闇の中でじっとロキはどうすれば自分のように、みずからの手の中に兄を閉じ込められるかを考えました。
 三ヵ月後、箱から出されたロキはゲイルロドに自分の名を告げました。大喜びした巨人は彼に好きなだけ食べ物を与え、命が惜しければソーをこの館に連れてくるようにと言いました。すべての巨人の王であるフルングニルを殺した雷神をゲイルロドは決して許してはいなかったのです。こうしてロキは鷹の姿で飛び立ち、自分を探す兄を見つけるべくヨトゥンヘイムの空を駆け巡りました。
 「ロキ!無事だったのだな…!」
 三ヶ月ぶりに逢うことの出来た弟を見て、雄雄しい雷鳴の神は満面の笑みを顔に浮かべました。ロキが忽然と消えてしまったことが余程不安だったのか、ソーは従者すらつけずにアスガルドを飛び出し、たった一人で弟を探し求めていました。そんな弟思いの兄弟にロキは鷹の姿で怪我をしてしまい、イヴィングの先にある巨人の館で世話になっていたこと、館の主の美しい二人の娘たちはたいそう雷鳴の神に逢いたがっていたことなどを告げました。
 「兄上、銀糸の手綱をいくら打ち付けた所でこの山羊の引く戦車が日暮れまでにアスガルドに着くことはありません。ともに巨人の館へいき食べ物と一夜の宿を借りましょう」
そういうと美しい二人の娘に興味のあったソーは二つ返事で頷きました。
ゲイルロドの館では沢山のご馳走と主の娘たちがソーをもてなしました。次々に二つのがっしりとした角杯にビールがつがれ、それをあっという間に飲み干すソーをゲイルロドが上機嫌で見つめます。彼はこの雷神を痛めつけたのち、レーディングの鋼のように堅い革ひもでこの大男を縛り上げ、フルングニルとの決闘の地である<石垣の家>グリョートナガルダルへと連れて行くつもりでした。ハンマーを奪ってしまえばいくら<戦車を駆る者>といえども高貴な力を振るうことは出来ません。この男をみなで嬲り殺し手足をもぎとり、宝石のように見事な青い瞳はくり抜き、空に放り上げ、神を殺した証として星にするつもりでした。やがて木の大皿に山盛りで盛られた切り刻んだ肉の大きなかたまりとともに、館中の酒がなくなり、酔いすぎたソーはどうと地面に倒れました。すぐさまその大きな身体は召使いたちによって革ひもで巻かれ、ゲイルロドは館と同じくらいの長さの一続きの巨大なかまどから、火箸で真っ赤な鉄の球を取り出しました。じゅうじゅうと焼けるそれを雷神の太く逞しい足に落とそうとしましたが、寸でのところで<空を飛ぶ者>にとめられました。
 「今ここで痛めつけるより、<石垣の家>に行き、みなの前でより多くの痛みを与えましょう。そうすれば畏れとともに貴方の名がアスガルドまで広まるやもしれません」
そう囁かれたゲイルロドはそれもそうだと頷き、館の隣にある薄暗い山羊小屋へと運び出し、積み重ねられた腐った麦わらの上にその身体を放り出しました。そこで漸く目覚めたソーでしたが、館へと戻っていくゲイルロドの大きな背中を見ても、酔いでかすんだ頭は自分の境遇を気付かせてはくれません。 
 「やれやれ。本当にアンタの頭はハンマーと同じくらい鈍いのだな」
そう側にいる弟に馬鹿にされ、そこで窮屈さを感じたソーはとても堅い革ひもで自分がぐるぐる巻きに縛られていることに気付きました。
どんなに力を込めても紐は切れず、さらにきつく自分の肌に巻きついてしまいます。ほとほと困り果てた雷神は涼しい顔で自分を見つめる弟に助けを求めました。
 「ロキ、これは一体どういうことなのだ…」
 「すべての巨人の王を殺した神をもてなす巨人などいる訳ないだろう。はじめから兄上は騙されてこの館に足を踏み入れたのさ」
 「ならばお前も俺を騙していたのか…?」
 澄んだ海のように美しい青い瞳が怒りでぎらぎらと輝きます。
 「自ら巨人の国に足を踏み入れたんだ。いずれ遅かれ早かれこうなっていたさ。それよりここから抜け出すことを考えるんだ」
そう言われても怒りと酔いでぐらぐらとする頭は何も思い浮かべることが出来ません。うんうんと唸りながら悩むソーに微笑みながら甘い声でロキが話しかけます。
 「兄上、私は見事な鷹になることが出来るんだ。その嘴は岩のように堅く、矛先のように尖り鋭い。このとてつもなく堅い革ひもも噛み切ることができるだろう」
それを聞き、ソーがほっとした顔で安堵の息をつきましたが、自分の膝に触れる手に気付き、その力強い黄金の眉をひそめます。
 「ただしそれはとても大変なことなんだ。兄上の身体はこの通りとても大きいからね。身体中に巻きついた紐を噛み切らなきゃいけない。だから対価をくれないと――」
そういって意味ありげに白く優美な手が太ももを撫でさすり、ぞっとしたソーはじたばたと暴れ出しました。
 「悪戯はよせ!ロキ!」
 「ふん。悪戯だって?とんでもない。私は兄上を助けてやろうとしてるんだ。それともあの巨人に腕をもぎとられ、永遠にムジョルニアを掴めなくなってしまってもいいのかい?」
その言葉を聞き、力なくソーは頭をたれました。身を縛る革ひもは鋼のように堅く、夜が明ければゲイルロドの元に運ばれ、この身は引き裂かれてしまいます。神を屠ったことで巨人達はわきたち、神々の国へと侵攻を始めるやもしれません。父母や友を無残に殺され、大事な幼馴染である女神シフはその美しさから巨人たちに連れ去られ彼らの妻にされてしまうかもしれません。ロキに縋るしかこの身を助ける方法はないと知ったソーは頬をなでる冷たく白い手の心地にじっと目を閉じ耐えました。やがて布同士が触れ合う乾いた音がし、主への忠誠を誓うための口付けを強いられました。それが弟の唇ではないことは間近に感じる生暖かい臭気で分かっていました。ソーはただ一言、自分を恨んでいるかとたずねました。しかし応えはありませんでした。薄暗い山羊小屋の中、腐った麦わらのむっとする湿り気を帯びた草の臭いに包まれながら、ソーはその柔らかな色合いの唇をそっと開き、涙を零しながら弟の化け物じみた大きさの昂ぶりにおずおずと口付けました。
 
その後、山羊小屋で雄雄しく逞しい雷鳴の神を気の済むまで犯したロキは丁寧な仕草で巻かれた革ひもを一つずつ噛み千切っていきました。自由になったソーは着衣を整えると館へと向かい、火箸でかまどの中から熱く焼けた鉄の球を取り出し、寝台の上で大いびきをかいて眠るゲイルロドに向けて全力で投げつけました。球はじゅうじゅうと焼け焦げた音を立てながら巨人の腹の上を貫通し、ゲイルロドはびくりと身体を震わせたあと、ごぼっと喉を鳴らして死んでいきました。怒りと悲しみで黄金の髪を逆立てながらソーは隠されたムジョルニアを探し当て、館のうすのろ達の頭蓋骨を一人残らず砕いていきました。すべてが終わり静かになった館から大またで歩き出ると、ソーの瞳に周りの荒々しい岩山が映りました。時折ぽたぽたと弟の忌まわしい精が股の間から伝うその足元には探していた兄弟に出会えた喜びと沢山のごちそう、美しい二人の娘というはずむような言葉が落ちていました。誰よりも雄雄しい雷鳴の神はまた涙が零れそうになるのをぐっ、とこらえ、寄り合わせた銀糸の手綱を握り、山羊の引く戦車で神々の国へと帰っていきました。
 

 鷹の衣でソーよりも一足早くアスガルドに戻ったロキは、王宮の静かな中庭から炎をあげる虹の橋ビフレストを眺めていました。遠くから聞こえる稲妻が燃えてひらめき、雹が地面を打ちつける音が雷神の帰還を告げていました。薄暗く湿った山羊小屋でのソーの泣き乱れる声が今も<空を飛ぶ者>の耳には残っています。ロキは自分を捕らえたゲイルロドのように手を丸め、中に息を吹き込みました。その灰緑の瞳には見事な黄金の髪をたなびかせ、勇ましい戦士の姿で手綱を引き、ヴァルグリンドの門をくぐる雷神がありありと浮かんでいました。悪戯好きのロキはぴかぴかと光る目で何度でも誓いの口付けをさせることを考えました。弟の逞しい男根を淡い色合いの柔らかな唇でねぶり、鈴口からあふれる蜜をソーが喜びながらなめ取るようになるまで、何度でもです。雷神の肉付きのいいとても大きな白尻は悲鳴とともに自分の長大な肉棒を根元までくわえこみ、その柔らかな尻たぶをぶるぶると震わせました。熱く絡みつく内壁は<空を飛ぶ者>を翻弄し、 あまりの心地よさに革ひもを噛み切るのが惜しいとすら思うほどでした。巨人をまた一人殺した神として賞賛とともに迎えられたソーは、悲しみを隠し、堂々とした足取りで王宮へと戻っていきました。彼はまだ知る由もありません。自分が今宵どこへ赴き、誓いの口付けをささげ、足長の若者に伸し掛かられ辱めを受けるのかを――。