「怒ってる?」
そう尋ねると無言で横を向き、伸び始めた髭を指でなぞる。
快活な印象を与えるクリスだが、実際は酷く穏やかで滅多に彼は激高したりはしない。昨日は少し激しく求めすぎてしまったように思う。恋人になってから自分でも驚くほど独占欲が強くなってしまっていた。彼が誰かに笑いかけるのも嫌だし、あの形のいい手で誰かの肩に触れるのも不快感を覚えてしまう。昨夜彼は嫌だと言い続けた。僕よりも力があって、多分喧嘩をしても負けることはないだろう。なのに彼は抵抗したりはしない。恋人である僕を傷つけるのが怖くて、いつも無抵抗で抱かれ続ける。結合した部分は泡立った精液がたっぷりと垂れて、ぐちゃぐちゃと音を立て続けていた。僕が興奮した声を漏らすたび、不快そうに彼の力強い眉はひそめられた。合意のない行為だったといっていい。酷く大きな肉尻は最後僕の中出しした精液でいっぱいになって、萎えたペニスを抜かずに暫く彼の大きな身体に覆い被さり続けた。彼は事後自分の手で自分の顔を覆っていた。ぬるくなって形が崩れ始めたゼリーのように肉尻が床にだらしなく密着して、精液の白いしぶきが何度も収縮する肉穴から垂れ続けた。短く謝ったけれど彼には聞こえなかっただろう。恋人にレイプされたのだという事実にクリスは打ちのめされてしまっているようだった。
「暫くは来ない」
年に数度会う為だけに用意されたマンションでそっけなく彼はそういう。
「駄目だよ、それは」
とっさにソファに座る彼の手を握る。今でさえ彼には十分会えていない。これ以上空白の期間が増えればどうにかなりそうだった。
「君は俺に酷いことをしたんだ」
「謝るよ」
柔らかな声で謝罪を告げる。反省していないことはお互いに分かっていた。常に彼が欲しいし、独占したい。不安になるとどうしても彼の中に入りたくなる。自分のものにして焦燥を解消したかった。
「……」
クリスが無言で横を向く。脇ぐりの大きく空いたタンクトップから白くむっちりとした胸が見える。ハーフパンツから伸びる足はすらりと長く、だが腿はあまりにも肉感的な太さだった。無理やり手に入れた昨日の夜を思い出す。タンクトップを引きちぎるようにして剥いで、彼の重く大きな太ももを抱え上げた。行為の最中、クリスの押し殺した息遣いと自分の荒い呼吸だけが響いていた。
「頼むから…」
床に跪き、彼を見上げる。常に強者である彼は、弱者の懇願に弱い。
"トムは実際、ロキのように狡猾な部分があるんだ"
ソー・ダークワールドのインタビューで彼が語っていた言葉を思い出す。自分の中の"ずるさ"が日毎に増していく。そうまでして彼が欲しいのか。考えるまでもない問いかけだった。
「……」
少し斜視気味のアイスブルーの瞳が僕を見下ろす。この後の展開はよく分かっている。不安げな僕を彼は抱き寄せる。そうして恋人として赦しと温かな言葉を掛ける。僕は頷き、もう一度謝罪の言葉を告げる。この関係が終われば、自分はどうなるのか。それが現実にならないことを祈るばかりだった。