夜航
オーディンの最初の娘、死の女神であるヘラによって奪われた片目を見つめる。黒いアイパッチは今は亡き父を彷彿とさせるものだった。
昔からずっと対等でありたかった。兄の栄光の影でしかない人生は辛苦に満ちたものだった。
羨望と憎しみの対象。いつもその自信に満ち溢れた姿を目で追っていた。優しく接せられると胸が震えた。初めて抱いたのは娼館の男娼だった。鬘(かつら)とマントを与えると聞き分けのいい男はすぐに第一王子の扮装をした。兄だと思いながらその男娼を抱き、事後は部屋に漂う梵香の煙を虚しさとともに見つめ続けた。
「…ん…」
小さく呻く声と共にすぐ傍にある身体が身動く。身体を与えられたのはアスガルドを脱出した後だった。ずっと欲していたことを兄は見抜いていたのだろう。薄っすらと上気した肌に浮かぶ汗が綺麗だった。もう無理だ、そう諭されるまで肉付きのいい肢体を抱き尽くした。
事後は味わったことのない幸福が待っていた。兄は私を優しく抱きしめ、眠りに就いた。兄の肌からはサフランと乳を混ぜたような香りがした。それは私を酷く煽るものだった。眠る兄が気付き、私を窘める。だが根元まで"あれ"を埋めてしまえば、後は力なく喘ぐだけだった。
それから何度も私達は身体を交わらせた。今もこうして私に凭れかかり、兄は事後の身体を休ませていた。注がれた残滓はまだ兄の体内に残されたままだった。兄は注がれる時が一番嬉しそうな顔をした。あんなに精悍な面立ちと筋骨逞しい体躯にも関わらず、最奥に種を植え付けられると多淫な兄はすぐに達してしまう。肉の悦びに溢れた兄の顔を見ると征服欲が高じ、より深く行為に没頭してしまう。酷く大きな肉尻はそのはざまに亀頭を押し当てるだけで淫らに震えるようになっていた。長い間欲していた兄が私に犯されることを望んでいる。それは喜びと新たな飢餓を生んでいた。私の手に堕ちた兄を誰にも味合わせたくはなかった。事後に頬を紅潮させ、注がれた残滓の感触を味わう淫蕩な顔を見つめることが出来るのは私だけで良かった。
厚みのある肩を手でさする。整った小さな顔に唇を落とす。アスガルドと父を失った。だが故国の民と一番大切なものは守り抜くことが出来た。ヴァルハラへと旅立った父は褒めてくれるだろうか。応えのない問いを私は繰り返した。