ソアーベ
「ロキ、食事だぞ」
「嬉しいね。また虫の足が入ったホットワインとサンドイッチもどきなんだろう」
「文句をいうな。ここまで荒廃した惑星なんだ。食べられるものがあるだけいいだろう」
ワカンダでの決戦後、俺とロキは消息不明のサノスを見つける為に旅を続けていた。トニー達は地球での捜索を、同時期に惑星探索に向かったガーディアンズ・オブ・ギャラクシー唯一の生き残りであるロケット、姉であるガモーラを殺されたネビュラとは時折連絡を取り合い、広大な宇宙での捜索に奔走し続けた。だがサノスの行方は杳として知れず、焦燥ばかりが募る日々を過ごしていた。
「ビンゴ」
グリーンイエローの極彩色に塗られたベンチに座ったロキがサンドイッチに似た食べ物の中からせわしなく動く虫を摘まみだす。
「ひとつ前の惑星でも見たな。宇宙版の害虫なのか…?」
「…それは俺が食べる。お前はもう一つの方を食べればいい」
「ワインで済ませるよ。幸いこっちは無事みたいだ」
湯気の出るアルミカップを掲げ、皮肉げにロキが笑う。
サノスの宇宙船"サンクチュアリU"による襲撃。悪夢としかいいようのない虐殺の中で弟も死んだ筈だった。
だが悪戯の神でもあるロキは幻影を使い、難を免れた。惑星ニダベリアでの再会は自分に希望の焔を与えるものだった。もう二度と唯一残された大切なものを無くしたくはない。そう思う強い気持ちから長年拒み続けていた求愛も受け入れた。
"対(つい)の雨空みたいな目が好きだったんだ"
義眼になった片目を見て、弟は言葉を漏らした。それに何か答えようとして初めて肉尻を犯され、後は痛みと快楽でぐちゃぐちゃになるだけだった。
あれからずっと兄弟で旅を続け、時には恋人のように時間を過ごした。弟がいれば復讐心で暗く翳る心も安らぐことが出来た。密かにエイトリに作らせていたエンゲージリングのようなものを渡された時は流石に拒んだ。まるで結末が分かっていたかのように、ロキは返された指輪に革紐を通し俺の手に握らせた。
"私の心を捧げるよ――"
そう言って首飾りとなった指輪を渡され、以来着衣の下に常にそれを身に着けるようになっていた。
「見ろ、雪だ」
湯気の立つ銀のカップに口をつけながら、今夜の宿である廃墟の部屋にある薄汚れた窓硝子をロキが指さす。
「どこかを思い出さないか」
砂漠と廃墟が広がる荒涼とした景色。灰色の空から落ちてくる無数の雪。荒廃した土地に降る雪は、また傲慢だった自分が降り立ったある国を想起させるものだった。
「――ヨトゥンヘイムか」
「ああ。……なあ、兄上」
「…?」
「――私とともにそこへ行かないか」
「ははっ。二度も国を滅ぼそうとした俺達を奴らが受け入れるか?」
「私は正当な王位継承者だ。アンタは確かに憎むべきアスガルド人だが、王である私の義兄でもある」
「だが、行ってどうなる…?」
「統治するのさ。父であるオーディンのように優れた王としてね」
「ロキ、この旅が辛いならいつでも――」
「二人でなきゃ意味がないんだ」
「……」
もう一度、窓の外に目を向ける。深い海に隔てられた氷と霜の大地。あの凍てついた世界でも弟と二人ならば幸せに暮らせるのかもしれなかった。巨人達の反発は当然のように起こりうるだろう。だが知略に長けた新たな王と雷神としての自分の力は、軍備の増強として受け入れられる未来も十分に予測出来るものだった。
「…魅力的な提案だが――」
「分かっているよ」
興味を無くしたようにロキが視線を戻す。部屋の中央に置かれた、ドラム缶で作った即席の暖炉の中で様々なものが燃えていく。市場で買った食べ物を咀嚼しながら、それを見つめる。もう一度失った人々を取り戻せるかは分からなかった。だがサノスを倒し、インフィニティストーンを手に入れれば新たな未来を見出すことが出来るかもしれなかった。
「ロキ、寒くはないか」
「いや、私は…」
言いかけて言葉の含む意味に弟が気付く。
後は互いに視線を絡ませあうだけだった。