Lean On




「君は私の母だ」

 スタークが新たに生み出した人工生命体ヴィジョンはそう言って俺を見た。

「ははっ。おもしろいことを言うな。ジョーク好きな所も父親譲りなのか?」
 スターク・タワーから眺める摩天楼の夜景はいつ見ても良いものだった。スカイラインが夜空に浮かび上がり、無数の窓明かりが宝石のように煌いている。室内の仲間たちの顔には久方ぶりに希望という明るい光が輝き、その高揚感は自分の心をも照らし出すものだった。
「トニー・スタークが父親?御幣があるな。私は彼とバナー博士によって創り出された存在だ」
「確かに軽口を好まないのはもう一人の父親の影響かもな」
 にやりと笑いながら相手を見ると相変わらず感情を表さない面立ちが自分を見つめる。セプターに内包されていたマインド・ストーンとバナーの友人でもあるチョ博士の人工皮膚テクノロジー、特殊金属であるヴィブラニウムから作られたヴィジョンはロボットとも人間とも言えぬ不可思議な存在で、自分のムジョルニアを操った事といい、彼には驚かされてばかりだった。

「クレードルの中で機能停止寸前だった私に君が雷神として力を与えた。私が目覚めて一番初めに見たものは何だと思う?君の姿だ。ハンマーを携え、期待を込めた瞳で私を見つめる君の姿。ソー、君がいなければ私はここに存在しなかった」
 抑揚のない語り口で告げられた内容は一応彼にとって感謝の意味があるのだろう。ねぎらうように軽く彼の肩をたたいてみる。
「ハグしてもいいだろうか」
「ん?」
 俺が彼の言葉に一瞬固まるのと素早く自分の体が滑らかな人工皮膚に包まれるのは同時だった。

「…おい、ヴィジョン…?」
 ミッドガルドでは中々出会うことのない、自分と同じ身の丈の体躯に抱き締められる。
 それと同時に窓越しに見える室内でバナーの背後に置かれていたロキの杖が何故か爆発し、動揺した博士に縋り付かれながらカールした彼の髪についた火の粉を必死にナターシャが消し始める。

「親しい相手にはこういった行動を取るのだろう?ソー、君は戸惑っているな。私は間違っているのだろうか」
「い、いや…あってはいるが…男同士で密接な抱擁はあまりしない気がするぞ…しても一瞬だ」
「そうか」
 ぱっ、と素早く身体が離される。妙な奴だという印象は否めないが、ヴィジョンはまだ誕生したばかりだ。いろいろと戸惑いもあるのだろう。ここは年長の者らしく年少者を導いてやらなければならない。うんうんと一人頷きながら兄として慣れ親しんだ使命感が自分を包む。
「ヴィジョン、分からないことがあったらいつでも俺に聞いてくれ」
「ありがとう。ソー。だが今夜はもう大丈夫だ。君への感謝を胸に私は夜を過ごすよ。勿論、二人の父への感謝もね」
「ふふっ。大げさだな、お前は」
「私の母、私に生命を与えた存在…ソー・オーディンソン。君にはいくら感謝しても足りない位だ…」
 戦傷が刻まれた自身の無骨な手を捕まれ、皮膚と同系色の赤い唇が手の甲に押し当てられる。窓越しのスタークがこちらを見つめたまま、飲んでいた酒を盛大に噴出し、何事かを喚きながら隣のスティーブを揺さぶり始める。
 意気消沈していた仲間たちが今はあんなに皆元気だ。そう思うと喜びの涙が滲みそうになる。
 まだ口付けたままのヴィジョンに優しく語りかけ、それは女性に対する仕草だと教えてやる。
 頷いた彼が手を離し、別れのハグをしようと提案してくる。それに頷き、お互いに軽く抱きしめあう。室内では爆発後のロキの杖が今度は何故か緑色の稲光を放ち始め、おおかた誰かの仕掛けた悪戯なのだろうと判断した俺は逃げ惑う仲間たちを暖かな眼差しで見つめながら新しい友との抱擁を交し合うのだった。