Merry Christmas!@
アスガルドの人々が一年で最も心浮き立つ日、降誕祭。家々は柊と青い葉で飾られ、赤土で作られたまぶねの飾りが訪れる客の目を楽しませ、庶民的かつ伝統的な祭り騒ぎが国の至る所で繰り広げられる。大講堂では祈りを捧げる者たちの行列が、神なる幼子の元に赴く羊飼いと東方の博士の有様を真似て演じられていく。わらで作った山羊の飾りが街中に置かれ、妖精たちが人々が眠りについた深夜に望む贈り物を携えてやってくる。
「今年は何を願おうか――」
鵞鳥の羽がついたペンを指で弄びなら、そう俺は独りごちた。
去年は民の幸せと上等な葡萄酒一瓶を。
「みなが心穏やかに暮らせるよう、恒久の平和を願うのもいいかもしれないな…」
平和や豊かさに裏打ちされた幸福は、願えば手に入るものではない。多くの犠牲と努力の上にそれらが成り立っている。
だがそれでも、もしも願いが適うのならば。
弟からは頭の鈍い兄上らしいくだらない願いだと笑われたりもしたが毎年そう愚かにも願わずにはおれなかった。
「そういえばロキは何を願ったんだろうか?」
毎年降誕祭が終わると『妖精のやつめ、今年も私の願いを無に…』などと顔色悪く呟いていた気がする。ちょうど今は広場で行われる闘鶏を見に出かけているはずだった。
「ふむ…」
少しの好奇心が俺を刺激し、侍従たちの目に触れぬように大柄な身体をこそこそと隠しながら廊下を渡り弟の部屋へと向かう。
願い事を書いた羊皮紙を真新しい木靴の中に隠すのが降誕祭の慣わしだった。テーブルの下に置かれたそれを見つけ、無骨な手でごそごそと掴み上げ、こっそりと開いてみる。
毛色が白く若い動物から作られた上質の羊皮紙。かすかな褐色の模様があるその紙の上には流れるような流暢な文字で以下のことが書かれてあった。
田亀源五郎漫画の主人公みたいな目にあってる兄上か
むらかみてるあきアニメの主人公みたいな目にあってる兄上を下さい
ロキ
「タガメ…?ムラカミ…?聞いたことのない単語ばかりだが、ロキの奴め、兄上、兄上、と俺のことばかりだな。まったく…」
愛しい弟の意外な望みにでれっとやにさがった顔をしてしまう。まさか日頃自分を避けがちな弟がこんなにも兄弟として自身を慕っているとは思いもしなかった。頭が鈍い、乱暴だ、傲慢だ、とがみがみと口うるさく説教されからかわれ馬鹿にされ、子供の頃はもう少し可愛げのある弟だったのに、と密かに嘆く日々だった。
「ふふっ。今年は奴の願いを叶えてやるのもいいかもしれないな…」
そう俺は一人呟き、にっと口端を吊り上げた。
「おい、ロキ。おきろ、おい…」
ゆさゆさと寝台の上で眠る細く白い身体を揺さぶってみる。脇に抱えた秘蔵の白葡萄酒は弟と飲み、語り明かす為のものだった。
妖精に願うほど自分との繋がりを請うロキが愛しくて仕方がない。その思いのまま弟を揺り動かすとやがてうっすらと灰緑の瞳が開かれた。
「兄上…?」
自室に侵入した自分を叱るのかと一瞬身構えた俺はすぐに冷やりとした体に抱きつかれた。小さな頃はよくこうして暖をとるために互いの身体を抱き締めあった。久方ぶりの温かな兄弟の抱擁にじん…と感激で鼻頭が熱く痺れそうになる。
「ああ、やっと。やっとだ。この日をどんなに願ったか…」
「ロキ、そんなにも俺を慕って…」
「縛られてるアンタでも高速口淫中のアンタでもないが、これはこれから素の兄上をそういう風にしつけていけという妖精の啓示なのだな…なんという深さ…!」
「…?」
「さあ兄上、アヘ顔失神するまで私が可愛がってやるからな」
「??」
その華奢な身体のどこにそんな力があったのか。軽々と抱きかかえられた俺はぼすんと寝台に落とされ、伸し掛かる鼻息の荒い弟によって着衣をびりびりと破かれ始める。
「えっ!おいっ!ちょっ…!」
「ああ、そうそう。まずはキス責めでとろんとさせる所から始めよう」
こんなにも浮き立つ弟の声は聞いたことがない。はっきりいって怖い。怖すぎる。
「んぐうっ!」
怯える俺をよそにれろっ…と血のように紅い唇に口付けられ、弟を傷つけることの出来ない俺はろくな抵抗もできず、ぐちゅぐちゅぬるぬると巧みな舌使いで口腔を嬲られてしまう。
「はっ…」
酒場女よりも技巧に長けたそれに否応なく青い瞳が潤み、肌が熱でほてり、弟が口を離すころには口内は嬲られじんじんと疼き、たっぷりと飲まされたロキの唾液がぬるりと喉元をこぼれ伝ってしまっていた。
「はっ…あっ…はっ…」
愛しい弟に唇を奪われた事実が思いのほか衝撃が大きく、呆然とする俺を嬉々としたロキが抱き締め、まだ唯一身体に残されていた腰布に手を伸ばされ剥ぎとられそうになる。
「ロキ、やめろ!いやだっ!嫌だっっ!!」
「ふふっ。兄上の傷つく顔や嫌がる声ほど私を興奮させるものはないよ…さあもっと聞かせてくれ…私の筋肉質なお姫さま…」
「まっ!待て待て待てまてっっ!!ぎゃーーーーーッ!!!」
聞き捨てならない呼び名で呼ばれながらバッと腰布を引き剥がされる。でろりと垂れた一物に白い手が伸び、ごしごしとしごかれ、怨嗟の声が甘やかに溶けていく。
その夜、何度も俺の悲鳴がロキの部屋に響き渡り、弟への信頼と自身の初物を失った俺は翌朝以降、恨みがましい目で上機嫌の弟をにらみ付ける様になるのだった。
降誕祭――。
全ての祝日の中でもっともめでたいその日に慈悲の心を示すのは、俺の邪神すぎる弟に対してだけは止めなければならない…。