昔はもっと単純だったのに。




召使を介して贈られた両刃の長剣と第二の剣である片刃の短剣を見ながらそう考える。
数日前に贈られたものは合戦用に訓練された軍馬だった。その前には白い菫(すみれ)と水仙、ツルニチニチソウの実を組み合わせた香しい香りを放つ花冠。

『悪かったよ。少し兄上を揶揄っただけなんだ』
いつもの皮肉気な笑みを称えながらロキは答えた。自分の憤りを感じ取り、饒舌な舌をすぐに隠すのも狡猾な弟らしい態度だった。心からの言葉があれば解決できることだ。何故そうしない。問いかけると短い沈黙の後、抑揚のない謝罪の言葉が紅い唇から漏らされる。
まるで聞き分けのない子供だ。いやそれ以上に始末が悪い。近習の者がすぐそばにいる状況でロキを受け入れさせられた。淫らにひだ奥を突かれながら会話することを強いられ、まるで性奴のように弄ばれた。   

『俺はお前が思っているほど鈍くはないぞ』 
そう告げると玲瓏な美貌に陰りが滲む。叱責はしなかった。反省は自分で気付かなければ意味がなかった。
無言で扉を指し、退室を促す。雪のように白く冷たい指に手首を捕まれる。自分を見返すことはないと知るまで弟は柔らかく手を握ったままだった。もう一度謝罪の言葉が漏れ、遠ざかる靴音とともに扉は閉ざされた。



子供の頃ならばロキの悪戯も年相応のもので、十分に許容できる範囲だった。咎めればすぐに弟は笑みながら謝罪の言葉を口にする。そうして俺に甘く縋り付く。兄上、と幼い声で呼ばれるとそれだけですべてを許すことが出来た。自身が注げるだけの愛情を注いできたつもりだった。それがどこで、少しずつ歪にゆがんでしまったのか。

弟に毎夜といっていいほど身を捧げてきた。離れている時間が長ければ長いほど激しく求められ、すべてを貪られた。自分の栄光の影に沈んだロキを救う為だ、と。そう言い聞かせながら何度も大きな肉尻を逞しい肉棒で貫かれ、びゅくびゅくと肉穴から中出し音が漏れるほどたっぷりと種をつけられ、まるで膣肉のような淫蕩な媚肉に穴ひだの中を変えられていった。性交が終わると必ず弟に強く抱きしめられる。荒く息をつき、両足を広げ、とろとろと穿たれた肉穴から種付け済みの男の子種を垂らしたまま、女のように抱かれる自身の姿は酷く惨めなものだった。だが満ち足りたロキの顔を見るとその惨めさもすぐに影を潜め、いつも愛情とともに大きな手のひらで弟の頭を撫でてしまっていた。父母がすぐ側にいる場所で耳を食まれ、情熱に満ちた愛の言葉を囁かれることもあった。柔らかな声音で名を呼ばれると、それだけで肌が熱を帯び、ロキを見つめる碧玉の瞳が濡れてくる。愛を囁き返すことは陥落の証に思えて最初は戸惑いがあった。だがもう弟を恋人として愛してしまっていた。想いを告げると酷く嬉しそうな笑みをロキは浮かべ、そのまま唇を奪われる。それすらも大きな喜びだった。

不安があるのなら拭ってやりたかった。弟からの贈り物を眺めながら、心からの言葉たった一つを俺は待ち続けていた。













夜の眠りは浅いものを望むようになっていた。
深く眠れば夢を見る。逞しい筋骨を持つ浅黒い男の上で肉尻を揺らされる真白い肌と眩い黄金の長い髪を持つ私の雷神。私が躾けた通りの言葉と性技で兄は男を陥落させ、笑みながら嬌声を上げ、ぶびゅぶびゅと大量の中出しをされ続ける。種を付けた後も男は勃起した男根を抜かず、びくびくと自分の上で受精に震えるソーの肌を食んでいく。何度も味わったことのあるその肌は、滑らかで木の実のように香ばしく、噛めばほんのりとミルクに似た甘みがある筈だった。汗の匂いさえも淫靡で雄を欲情させる匂いをむんむんと放つ兄は、女のように大きくむちむちとした肉尻と酷く具合のいい肉厚な肉穴といい、本人の自覚はないものの、私に貫かれる前から紛うことのない"雌"だった。食い尽くし足りない男が肌を食みながら勃起したままの男根で肉尻の中をぐちゅぐちゅにかき回し始める。中出しで敏感になった媚肉をこすられるのに弱いソーはそれだけで甘い声を上げ、自分の勃起した肉棒からびゅくびゅくと精を垂らし、肉穴にもたらされる激しい抽挿に夢中になってしまう。"王子"と呼ばれながら猛々しい配下の男に貪られる兄の姿は制止する声をかけるのもためらうほど淫らなものだった。何故私のものではないんだ。そんなことをぼんやりと夢の中で私はいつも考えるようになっていた。

中庭に行けば鍛錬に励むソーを眺めることが出来た。慕う兵たちの姿も。あの見目良い新兵の若者は相変わらず兄を守るようにひっそりと側に仕えていた。二人が対峙する近さにまたじりりと心のどこかが燻っていく。
私に反省を促した後もソーの態度は以前と何も変わらなかった。兄弟として言葉を交わし、国王である父・オーディンを交えて政事について話し合うこともあった。だが私が触れることは禁じられたままだった。あの暖かく、肉付きのいい身体を抱きすくめながら眠りにつきたい。肌に触れたい。甘い口づけを交わしたい。何より兄からの自分を想う言葉を聞きたかった。そうして恋人として身体を繋げ、自分のものだと安堵したかった。






幾つかの日々が過ぎた。
まるで寵姫のように俺の部屋の中にはロキからの贈り物が増えていった。自身ほどではないにせよ、どこか敏い弟にも不器用な部分があった。それが今の現状を招いているのかもしれなかった。
まだ想いを受け入れる前、ロキはいつもどこか暗く沈んだままだった。自分が戦士として、アスガルドの王子として、賞賛を受けるたび、益々その闇は色を増していった。いつか弟が自分の前から消えてしまうのではないか。そんな不安を俺は常に抱えるようになっていた。初めて自身をロキが欲した時、大きな戸惑いが自分の中にはあった。だがまるで冬の曇天のように、暗く陰り、悲しみを湛えた灰緑の瞳を見るとそんな戸惑いはすぐに消え去っていった。
初夜の晩、緊張で震える指では上手く着衣を脱ぐことができなかった。柔らかな手が自分の指に触れ、背後から甘く唇を吸われていく。そうして齎されたふわふわとした心地に茫としたまま、弟の手によって俺の着衣は脱がされていった。寝台の上では舌で肉穴を何度も執拗に嬲られ、その刺激ではしたなく分泌した腸液で中のひだひだがぬるぬるになった後に激しく俺の身体は貫かれた。
"幸せだよ、兄上"
そう小さな声で弟は呟いた。嬉しさでぼろぼろとみっともなく俺は涙をこぼしてしまっていた。貫かれた身体は酷く熱く痛かった。だがそれすらも凌駕するほどの喜びが自分の中では生じていた。

侍女へ言伝を頼み、大切な恋人が部屋に来ることをじっと待つ。贈り物の一つである少し枯れてしまった花冠を掲げ、自身の頭に載せる。菫の優しい香りが柔らかく周囲に漂う。望む言葉を持つ弟がここにやって来ることを願いながら、バルコニーから臨む荘厳な黄金の国を眺め続ける。





逸る気持ちを抑えながら足早に進み、兄の部屋の扉を開ける。絹で出来た金糸のように艶やかで緩くうねる黄金の髪がこちらを振り返ることでふわりと揺れ、深い海の色をした蠱惑的な瞳が自分を見つめる。贈られた花冠を厳かに被るソーの姿は自分が誰のものなのかを主張するかのようで、ますます心がただ一人の兄弟へと傾倒していく。

「反省はしたのか。ロキ」
「――ああ、十分過ぎるほどにね」
雄々しく美しい兄の側に跪き、幾多の戦いで傷と厚みを増した武骨な手を取り、そこに口づける。
「誓うよ、二度とあんなことはしない。ただ私の焦燥はどうやっても消えないんだ…だから時折不安に思うことがあってもどうか許してほしい」
自分の正直な想いを打ち明ける。力強い眉が寄せられ、短いため息が薄紅色の唇から漏れる。
「こんなに愛していてもか…?」
「ああ。兄上はとても魅力的だからね…いつ誰かに奪われてしまうんじゃないかと心配なんだ」
「すべてを与えてもいいと思う相手はお前だけだ」
「その言葉が聞けて嬉しいよ…時々でいいから、私にまたその言葉を聞かせて…」


ひそやかな笑みとともに、子供の頃のように白い頬が自分の手の甲に擦りつけられる。たった一人の兄を求め、甘える。昔と何も変わらない弟の姿がそこにあった。愛おしさが溢れ、僅かに残る憤りが清冽な小川の底にある砂のようにさらさらと流され消えていく。

同じように跪き、唇をそっと開く。眼前にある灰緑の瞳に幸福の光が灯り始める。
それを見つめながら齎される口づけの甘さを俺は欲し続けるのだった。