花柄の短いクロッカスの花束が俺の手に渡される。
バターを溶かしたような黄色に大きな花びら、甘い香り。最近心が読めなくなった弟はよくこんな贈り物をするようになった。
小さく華奢な身体はいつの間にか俺の身の丈とほぼ変わらなくなり、澄んだ灰緑の瞳は憂いを帯びた光で俺を見つめる。
弟に関する良くない噂が流れてきたのは半年ほど前のことだった。娼館で黄金の髪を持つ"娘"や"息子"ばかり侍らせ、怠惰な日々を過ごしている、と。長い金髪と青い瞳を持つ者を特に寵愛し、悪趣味な金冠や深紅のマントで着飾らせ淫らな行為をさせている。日陰者としての鬱憤をまるでそこで晴らしているようかのようだ、と――。
「嬉しくはないのか」
戸惑う俺にそう弟が声をかける。
「その顔はおおかた私に関する醜聞でも聞いたのだろう?市井の者たちの噂など気にしなければいい」
花束を持つ手が持ち上げられ、ゆっくりと紅い唇を落とされる。冷やりとして濡れて、官能を呼び覚ますもの。回廊で行われるべきではない行為に、強く手を引き、顔を背ける。
「つれないな、兄上。酒に酔ったアンタはあんなに奔放だったのに」
グランヘル艦隊の残骸で作った樽で寝かせた千年物の銘酒。上等な酒を手に現れた弟とともに夜を過ごした。小さな盃に仕込まれていたものの"正体"を知らず、上機嫌で俺は何度も杯を重ねた。
『なんて重くて大きな腿なんだ』
深い酩酊と痺れで動けなくなった身体は逃げることが出来ず、弟は足を持ち上げ、強引に身体を繋げた。酒と血の匂いが充満した部屋の中で俺は叫びながら犯され続けた。中で熱く種がはぜるたび、滑稽なほどびくびくと身体は震え、肌に滲んだ汗は何度もねっとりと弟の舌でなめとられた。自分を辱めた者を何故責めなかったのか。今でも問うことがある。あれから幾度も弟は身体を求めた。その度に俺は拒絶を続けた。だが誰よりも愛しいただ一人の兄弟を完全に拒むことは出来ず、贈られる花束と時折乞う様に触れる唇は受け入れたままだった。
「――分かっているよ。私の王宮外での振る舞いが不満なのだろう?ならばもうしないよ」
弟に辱められることは酷く屈辱的なことだった。誰よりも最強だと自負していた俺を弟は貪り、孕むほどの種を注ぎ続けた。痛みと理解しがたい熱があった。抱かれるうち、その熱は全身に広がり、やがて俺は弟と淫らに唇を吸いあいながら尻奥を激しく突かれ続けた。
「――…」
ゆっくりと青白く優美な手が俺の腰をなぞる。切り立った崖の上に自分が立っているように思える。落ちることを弟は待っている。兄弟の肉欲を受け入れ続ければ、いずれ自分の肉体も変化してしまうだろう。あの館の"娘"や"息子"たち以上にあさましい仕草で奉仕し、弟に肉の悦びをもたらすようになるのかもしれなかった。
これ以上、醜聞を広めさせたくはなかった。貝殻に似た形のいい耳に口を寄せ、夜の逢瀬をそっと囁く。僅かな笑みが弟の玲瓏な面立ちに浮かび、白い指が絡めとるようにして自分の腕に絡みつく。献身という言葉が浮かぶ。だがこれから自分がすることは、それよりももっと混沌を帯びたものに思えていた。