「珍しいな、兄上。アンタから私に会うことを望むとは」
 玉座に座し、運命の槍グンニグルを携えたロキが俺を見据える。

「お前にではない…子供たちに会わせてくれ…」
「ふふっ…同じことさ。私への謁見がなければあの子達には会えぬのだからな…」

 七年前、オーディンの眠りについた父上に対し、ロキは謀反を起こした。母上を王宮から遠く離れた神殿に幽閉し、ただ一人の兄弟も同じように王宮の地下牢に閉じ込め、王の玉座を奪った。だが狼藉はそれだけには止まらなかった。深い睡眠を誘う薬を強引に飲まされ、全てが終わり目覚めた時には俺の腹には新たな命が宿っていた。ロキの子供。やがて出産が近付くと弟の前で俺は無理やり足を広げられ、産婆によって愛らしい娘を産んだ。俺によく似た黄金の髪と青い瞳を持つ子供。だがその娘も自分の手から奪われ、養母と同じように俺もまた遠い神殿に幽閉された。年に幾度か逢瀬を許され、娘にあうための条件はただ一つ。またこの身にロキを受け入れることだった。その忌まわしい案を自身が拒否できる筈もなかった。そうして娘を産んだ二年後、俺は新たな命を宿した。取り上げられた赤子はロキに似た灰緑の瞳と黒髪を持つ男児だった。だがその子も弟に奪われ、今もこうして自分を陥れた相手にすがることでしか子供達には会えないままだった。

「二人とも健やかに育っているよ。娘は兄上に似てお転婆なんだ。人形遊びよりも棒馬遊びが大好きでね。良く自分が罰せられるのではないかと顔を青くした侍従に連れられて傷だらけになって帰ってきては私を困らせる…。息子は私に似て大人しく少し気弱なんだ。書物に目を通す事を何よりも好んでいて…私が母上から譲り受けていた魔術書を渡すとまだ意味も分からぬだろうに興味深そうに何度も紙面をめくっていたよ」
「…っ…」
 話を聞くだけでも愛慕が募る。自身の境遇を知らぬ子供たちはいつも何故ここを去るのかと悲しげな顔ですがりついていきた。少し舌足らずの幼い声で俺を母と呼び甘える大切な子供たち。ずっと一緒に暮らし成長を見守りたかった。何故ロキはこうして俺に苦しみを与えるのか。同じように愛しかった筈の弟に対して強い憎しみが沸いてくる。

「そろそろ話だけではなく、会いたくなってきただろう?幸い人払いはしてある。すべてを脱いで私の元にくるんだ、兄上…」
 蠱惑的な色がロキの涼やかな声に混じる。玉座の上で抱かれることは初めてではなかった。眠りについた父がこの行為を見ればどう思うか。いつも嘲りに満ちた問いを囁かれながら激しく抱かれ、時にはその行為で弟の子を宿した。また孕んで奪われることが怖かった。妊娠しやすい身体だということは自分でもよく分かっていた。ロキがいつも俺を孕ませるために抱いているのも。だがどうしても子供たちに会いたかった。憤りに震える指で衣服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿で弟の前に立つ。邪悪な笑みをその美しい面立ちに浮かべながらロキが槍の柄尻を地面に軽く打ちつける。それが合図だった。俺は観念してひざまずき、眼前の男の脚衣の中からぶるりと弾けるほど猛ったものを取り出し、ゆっくりと顔を近づけた。






「母上!」
 愛らしい二つの声が俺を呼ぶ。弟を受け入れたばかりの身体が熱く重かった。だが暖かく柔らかな小さな二つの身体にすがりつかれ、惨めな辛苦が一瞬で解けてしまう。

「どうして来ることをいってくれないの?分かっていたら父上にとっておきのドレスを仕立ててもらったのに」
 娘の薔薇色の頬が不満で愛らしく膨れ、すぐにそれが崩れると満面の笑みが自分に良く似た面立ちに浮かぶ。
「僕たちいつも話してるんだよ。次はいつ母上に会えるかなって…姉上は男の子が泣いちゃ駄目だって叱るけど…僕時々すごく寂しくなっちゃって…」
 自分に向けられる愛しい子供たちの真っ直ぐな思慕にぼろぼろとみっともなく涙が瞳から溢れそうになる。
「ああ、俺も会いたかった…二人とも元気にしていたか?なにも変わりはないか…?会いたかったぞ…」
 強く抱きしめると苦しいと明るい笑い声とともに不満が漏れる。
「あのね、母上…」
 抱き上げた腕の中で、秘密をうちあけるように弟の幼い頃に生き写しの息子が小さな赤い唇をそっと自分の耳元に近づける。
「父上もね。僕たちには言わないけれど母上に会うとすごく嬉しそうなんだよ…」
「そうか…」
 複雑な想いとともに子供たちを抱え、与えられた子供の部屋をぐるりと眺める。広い室内は居心地の良い温かさと華美ではないものの、上質な調度品で飾られ、ロキの子供へ向ける愛情を十分に信じることが出来るものだった。
「母上、今日は帰らないでいてくれる?私の輪回しはどの男の子たちよりも早いのよ!それを見て欲しいの」
「母上、ぼっ、僕も…大好きなお話を読んでくれる…?」
「……」
 ここに一夜留まることを願えば弟は了承するだろう。だが誰の元で夜を過ごすかもよく知っていた。自身の竿を激しく抜かれ、熱い奔流をそそがれながら淫らに身体を開かれるのかも。呪詛のように何度も孕めと囁かれながら肉尻をうがたれ、今度こそ本当に弟の子を宿してしまうかもしれなかった。逡巡する自分をきらきらと光る無垢な二対の瞳が見つめる。自分に良く似た娘とロキによく似た息子。一筋の涙が頬を伝ってしまう。二人がどうしようもなく愛しかった。はじめから選択する余地など俺には残されていなかった。

「ああ…もちろんだとも。ロキに伝えよう」
 幼い歓声がそれぞれの口から上る。甘い蜜菓子のにおいのする唇が左右から自身の頬に押し付けられる。この瞬間が永劫に続けばいい。そう願う俺の耳に六時課の鐘が厳かに流れ、無情にも時の推移を伝えるのだった。